遺伝子治療の試験で子どもが2人亡くなっていた——1年後に明るみに出た2つの死

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遺伝子治療のニュースは、このところ明るい話が続いていました。生まれつきの病気を持つ赤ちゃんが、一人のために作られたゲノム編集薬で救われた、といった話です。その裏側で、上海の2つの臨床試験で子どもが2人亡くなっていたことが、この夏に相次いで明るみに出ました。2026年9月8日、科学誌Natureがこの2件をまとめ、遺伝子治療の分野がこれからどこへ向かうのかを整理する記事を出しています。

どちらも亡くなったのは2025年のことです。ところが公になったのは1年以上あとで、1件は米Science誌とRetraction Watchの調査報道によって、もう1件は外部からの問い合わせを受けた企業の発表によって、ようやく知られることになりました。亡くなったこと自体と同じくらい、「なぜ1年も伏せられていたのか」が問われている話です。

遺伝子治療につきまとう免疫反応のリスク

遺伝子治療の多くは、病気の原因になっている遺伝子の異常を、細胞の中で直接直そうとします。そのために欠かせないのが「運び屋」で、今回の2件ではどちらもアデノ随伴ウイルス(AAV)が使われました。人に病気を起こさないウイルスの殻に治療用の遺伝子を詰めて体内に送り込む、いま最も広く使われている運び屋です。

ただ、AAVは万能ではありません。体はこれをウイルスとして認識するので、大量に投与すると強い免疫反応が起きることがあります。とくに全身に高い用量を流し込む方法では、肝臓の障害や、免疫の暴走による多臓器の不全が報告されてきました。Natureによれば、過去30年ほどのあいだに、米国・欧州・ロシアの遺伝子治療の臨床試験で少なくとも12人が亡くなっています。

その最初の一人がジェシー・ゲルシンガーです。1999年、米ペンシルベニア大学の試験で、18歳だった彼はアデノウイルス(AAVとは別のウイルス)を使った遺伝子治療を受け、4日後に亡くなりました。彼の病気は日常生活に支障はあっても命に関わるものではなく、「治さなくても生きられる人に、死ぬかもしれない治療を試してよいのか」という問いが、このとき初めて突きつけられました。米FDAは責任者を5年間臨床試験の指揮から外し、被験者を守るためのルールを作り直しています。遺伝子治療の安全基準は、この一件を土台に組み立てられてきました。

上海で行われた2つの試験

1件目は、上海交通大学の神経科学者Zilong Qiu氏と、附属の新華病院の医師Yongguo Yu氏が進めた試験です。患者はCHD3という遺伝子に異常を持つ6歳の女の子でした。この異常はSnijders Blok–Campeau症候群と呼ばれる病気を引き起こし、発達の遅れや身体的な特徴が出ます。Qiu氏らは「塩基編集」という手法で変異を書き換える治療薬を作り、AAVに載せて背中から脊髄の中の液に注入しました。液は脳に届くので、脳の神経細胞の遺伝子を直そうという狙いです。脳を標的にしたゲノム編集治療を人に行ったのは、これが世界で初めてだったとされています。

投与は2025年3月。女の子はその7日後に、治療に関連した重い免疫反応で亡くなりました。Scienceの報道によると、両親はこの治療の開発費として約86万ドルを負担していました。

2件目は、上海のゲノム編集企業HuidaGene Therapeuticsが進めていた、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの試験です。筋肉が少しずつ壊れていく進行性の病気で、多くは10代で歩けなくなり、命に関わります。会社はCRISPRの一種で原因遺伝子を書き換える治療薬を作り、AAVに載せて点滴で全身に投与しました。参加したのは4歳から8歳の男の子4人。そのうち最後に登録された4人目が、2025年8月、高用量の投与のあとに急性呼吸窮迫症候群(肺が急に働かなくなる状態)で亡くなりました。会社の発表では、補体やサイトカインといった免疫の仕組みが激しく活性化した結果だとしています。

2つの試験には共通点があります。運び屋がどちらもAAVであること。どちらも中国の迅速審査の枠組み、「研究者主導臨床試験(IIT)」で行われたこと。そして、どちらも子どもの死が1年近く公表されなかったことです。

公表までの空白と、通っていた論文

今回の話で最も重いのは、亡くなったことそのものより、そのあとの1年です。

1件目の試験について、ScienceとRetraction Watchが報じた内容はこうです。投与に先立って行われたサルの毒性試験で、4頭すべてに肝障害が出ていました。研究チームがこの結果を受け取ったのは投与の1か月前で、それでも試験は進められました。カリフォルニア大学バークレー校で遺伝子編集治療を研究するFyodor Urnov氏は、動物で害の証拠が出ていたなら試験を進めるべきではなかった、と述べています。

加えて、治療薬を開発したQiu氏本人が、患者の家族と直接やりとりをしていました。自分が作った薬を試したい研究者と、わらにもすがる思いの家族が、第三者を挟まずに向き合っていたことになります。Urnov氏はこれを利益相反だと指摘しました。また、この病気を最初に特徴づけた研究者の一人であるモントリオール大学のPhilippe Campeau氏は、女の子の症状は軽かったと語っています。命に関わらない状態の子どもを、危険のありうる治療の最初の一人にしてよかったのか。ゲルシンガーのときと同じ問いです。

そして論文の問題があります。Qiu氏らは、同じ遺伝子異常を持つマウスでこの治療が効いたという前臨床研究を、2024年12月にNatureに投稿していました。掲載が決まったのは2026年1月、女の子が亡くなってから10か月後です。論文には、この治療がすでに人に使われ、その人が亡くなったことは一切書かれていませんでした。査読者の一人だったCampeau氏も、原稿のどこにもそうした記述はなかったと話しています。Nature編集部は、人での試験が計画中あるいは進行中だという情報は一度も共有されなかったとして、7月29日に論文に編集者注記を付け、調査を始めました。

つまり、子どもが亡くなったあとに、その治療の「動物ではうまくいった」という論文だけが、一流誌の査読を通って世に出ていたわけです。新華病院は2025年9月に地元の保健当局に約2万4千元(約50万円)の罰金を支払っていましたが、その理由が子どもの死だったことは公にされていませんでした。上海交通大学が調査を発表したのは、Scienceの報道から3日後の7月26日です。

HuidaGeneの側も、2025年5月に学会で最初の2人分のデータを発表したあと、CEOとCTOが相次いで退社し、臨床試験の登録情報は2026年2月に「完了」へ静かに書き換えられていました。死亡が発表されたのは、米STATの記者が問い合わせたあとの8月5日です。会社は詳しい調査結果を2026年1月に論文として投稿済みで、掲載されたら公開するとしています。

Nature誌の記事で英ケント大学の科学社会学者Joy Zhang氏は、この2件は中国の研究機関の信頼性を大きく傷つける、と言い切っています。ただ、その理由は「遺伝子治療で人が死んだから」ではありません。過去30年に12人が亡くなった米欧の試験は、少なくとも公に記録され、ルールの改定につながってきました。今回問われているのは、死亡そのものではなく、死亡が制度の中で見えなくなっていたことです。

迅速審査の制度と、5月に始まった新規則

2つの試験が使っていた研究者主導臨床試験(IIT)は、病院の倫理委員会の審査と国家衛生健康委員会への届け出があれば、薬の規制当局の審査を待たずに始められる仕組みです。大がかりな治験に進む前に、少人数で安全性や効果の手がかりを得るために使われ、細胞治療や遺伝子治療の分野ではこの経路の登録件数が2015年から2023年のあいだに11倍の207件に増えました。中国のバイオ医薬が短期間で存在感を増した原動力の一つと見られています。

裏を返せば、この経路には独立した安全監視委員会がないまま進む試験も含まれていました。HuidaGeneの試験の登録情報にも、データ監視委員会は設置されていないと記載されています。従来は幹細胞治療などについて一定水準以上の病院でしか行えない決まりがあったものの、監督が徹底されず、無許可の治療で事故が起きる例も出ていました。

実は、この状況に対する手当てはすでに動いています。2026年5月1日、「818号令」と呼ばれる新しい規則が施行されました。細胞治療、脳インプラント、ゲノム編集治療などを扱うIITは、最上位の教育研究病院に限って行えるようになり、国家衛生健康委員会は届け出後に二次審査を組み、問題があれば試験の停止や変更を命じられるようになりました。無許可で試験を始めた企業や病院には数百万元の罰金と3年間の試験禁止、責任医師には医師免許の取り消しという罰則も、初めて明文化されています。

2件の死亡はこの規則ができる前に起きたものです。ただ、Natureに登場した法学者Jiayou Shi氏は、これを受けて遺伝子治療の試験への規制がさらに強められる可能性が高いと見ています。Zhang氏はもう一歩踏み込んで、政府がゲノム編集研究そのものを一時停止したり、資金に厳しい条件を付けたりする展開まで視野に入れています。2018年に「ゲノム編集ベビー」を作った賀建奎氏の一件では、政府は法律を強化し、本人は3年の実刑になりました。ただ、賀氏は当時から異端の扱いだったのに対し、Qiu氏は成功した研究者であり、影響力のある科学コミュニケーターでもある。Zhang氏はそこに違いを見ています。

速さと安全の間で残る問題

デュシェンヌ型筋ジストロフィーは放っておけば命を落とす病気なので、リスクの大きい治療を試す倫理的な根拠は、症状が軽かった1件目より強い。Nature誌の記事でアジア・ソサエティ政策研究所のLizzi Lee氏はそう整理しています。それでも、HuidaGeneの試験には高用量のAAVを投与したという問題が残ると法学者のShi氏は指摘しました。会社側は、用量は他のデュシェンヌ型の遺伝子治療試験や承認済みの脊髄性筋萎縮症の薬と同程度で、低用量の安全性が審査委員会で確認され、高用量の最初の一人の経過も確認したうえで投与したと反論しています。同じ高用量を受けたもう一人の子どもと、低用量の2人は同じ症状を起こしていません。

この反論自体は筋が通っています。AAVの高用量投与で亡くなる例は米国でも起きていて、それで治験が止まったわけではありません。だからこそ、HuidaGeneの件で外部の専門家が問題にしたのは用量よりも「なぜ1年黙っていたのか」でした。1件目に至っては、動物で害が出ていた事実、家族と研究者の直接のやりとり、症状の軽い患者の選定、死亡に触れない論文と、問題がいくつも重なっています。

Natureが2本の記事を同じ日に出したのは、たぶん偶然ではありません。一本は事件の中身、もう一本は制度の話です。速く試せる仕組みは、成果を早く出す一方で、失敗も早く、そして見えにくく起こす。それをどう見えるようにするかが、5月から始まった新規則の本当の試金石になります。運用が甘ければ信頼は戻らず、厳しすぎれば、この分野で得ていた速さを失う。Lee氏はそう述べています。

上海交通大学の調査結果も、HuidaGeneが投稿したという詳しい報告も、まだ出ていません。Nature論文の調査も続いています。何が起きたのかの全体像は、これから明らかになっていくところです。

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