ノルウェー南部の山岳地帯ヨツンヘイメンで、3週間の調査のあいだに先史時代の矢が48本見つかりました。見つかったのは遺跡を掘った結果ではありません。山の氷が解けて、中に閉じ込められていた矢が地表に出てきたのです。
いちばん古いものは5,000〜6,000年前と見られる粘板岩(ねんばんがん)の鏃(やじり)で、矢柄(やがら)の破片も一緒に残っていました。3,600年ほど前の矢は、鏃が淡水の二枚貝の殻でできています。骨の鏃もあれば鉄の鏃もあり、新しいものは1,000年前くらいまで。ひとつの山域から、5,000年ぶんの矢がまとめて出てきたことになります。
発表したのは Secrets of the Ice というプロジェクトで、インランネ県とオスロ大学文化史博物館が共同で進めている氷河考古学の調査です。今回の内容は9月23日に公式サイトで公表された報告で、査読を受けた論文ではありません。年代も、過去に見つかった矢との形の比較で推定した段階です。
氷が保存庫になる理由
木や皮、腱(けん)、布のようなものは、ふつう土の中では長くもちません。微生物に分解されて、数か月から数年で消えてしまいます。ところが氷の中では話が別で、低温で酸素も届かないため、分解がほぼ止まります。矢の木の部分や、矢柄に巻かれた動物の腱、白樺の皮といった素材がそのまま残るのはこのためです。
Secrets of the Ice は2006年から20年にわたってこの地域の氷を調べていて、これまでに73か所の遺跡から5,000点以上の遺物を回収しています。矢や弓などの狩猟道具が多く、トナカイ猟の跡と考えられています。ほかにも衣服や靴、荷を運んでいた馬の骨、日用品まで出ていて、山の氷の上で人が何をしていたかがかなり細かく分かる場所です。
なぜ矢がそんなに落ちているのかというと、夏の暑い時期にトナカイが虫を避けて氷の上に集まる習性があり、そこを狙って狩りをしていたからです。外れた矢は雪に埋もれ、そのまま氷になりました。今年の発見ぶんを足すと、ひとつの氷の塊だけで100本を超える鏃と矢柄が見つかっていることになります。

今年の48本の内訳
調査が行われたのは、ヨツンヘイメンのクヴィティングショーレン山域にある Langfonne、Storfonne、Handklefonne という三つの氷の塊のまわりです。「fonne」は氷河とは少し違って、谷を流れ下らず、山の斜面に居座ったまま何千年も残っている万年雪のような氷を指します。遺物が出るのは主にこちらのほうです。
最古の矢は、細かい粒の粘板岩でできた鏃と、矢柄の一部2点のセット。年代の目安は5,000〜6,000年前で、日本でいえば縄文時代の前期から中期にあたります。
3,600年ほど前の矢は、淡水の二枚貝の殻を削った鏃が見つかっています。もろくて、すでに割れはじめているそうです。同じ年代の矢柄の後端部分も出ていて、弦をかける切り込みのまわりが動物の腱と白樺の皮で補強されていました。石や骨だけでなく貝殻まで鏃に使っていたこと、矢柄の細工がこれだけ分かること、どちらも氷の中だからこそ残った情報です。
骨の鏃は複数あり、約5,000年前のものから、約1,800年前の木の矢柄がついた完全な一本まで幅があります。鉄の鏃はさらに新しく1,000〜1,500年前。年代だけ並べると、石器時代から青銅器時代、鉄器時代を経てヴァイキング時代の手前まで、一つの山で切れ目なくつながります。
遺物の年代が映す氷の深さ
ここからがこの報告のいちばん面白いところで、研究チームは48本という数よりも、年代の分布の変化のほうを強調しています。
調査が始まった2006年ごろ、氷から出てくる遺物の大半は2,000年より新しいもので、特にヴァイキング時代のものが多かったそうです。2,000年より古いものは珍しかった。それが今では逆転していて、出てくるものの多くが2,000年より古く、石器時代や青銅器時代の遺物が目立つようになっています。
理由は単純で、氷は上から順に解けていくからです。山の氷は雪が年ごとに積み重なってできているので、表面に近いほど新しく、底に近いほど古い。20年前に出てきたのは上のほうの若い層に含まれていた遺物で、いま出てきているのは底に近い古い層のものです。つまり、見つかる矢の年代がどんどん古くなっているという事実そのものが、氷がどれだけ深く解けたかを示す目盛りになっています。
研究チームの推定では、この場所の氷は6,000〜7,000年前からずっと残ってきたものです。5,000〜6,000年前の鏃が出てきたということは、その氷の底がもう見えかけている、ということでもあります。

発見と消失が同時に進む現場
プロジェクトを率いる Espen Finstad は、ノルウェーの科学ニュースサイト Science Norway の取材に対して、この仕事に最初から矛盾があったことを認めています。探すのは楽しいし、何かが見つかれば単純にうれしい。けれど、見つかる理由は氷が消えていることにある。その二重性は20年前から分かっていたけれど、今年は初めてそれが感情の面でこたえた、と話しています。
かつて大きな氷の塊だった場所に、今は切れ切れの氷が残っているだけ。Finstad はその光景を「残酷だ(brutal)」と表現しました。Langfonne は2006年には一つの大きな氷の塊でしたが、今はいくつかの小さな塊に分かれていて、チームの見立てでは20年以内に完全に消える可能性があります。遺物が出ている氷の多くについて、同じことが言えるそうです。
氷から出た遺物は、そのまま放っておくと今度は急速に傷みはじめます。氷の中で止まっていた分解が、外に出た瞬間に再開するからです。見つけたらすぐ回収して記録する必要があり、調査シーズンの一回一回が貴重だという書き方をしています。
今回の発見の行き先
今年見つかった矢のいくつかは、ロムにあるノルウェー山岳センターで公開されています。冷蔵の展示ケースに入れた「とれたて展示」という扱いで、氷から回収して数日後にはもう人の目に触れる形です。12月にはオスロの文化史博物館に移され、本格的な処理と保存作業に入る予定です。
調査シーズン自体はまだ終わっておらず、冬が本格化する前にもう一度現場に入って、残っている遺物を回収する計画です。年代の確定も含めて、まとまった分析は今後の論文を待つことになります。
氷が解けることで遺物が出てくる氷河考古学は、北欧だけでなくアルプスやロッキー山脈でも同じ構図で進んでいます。今回の報告は、その現場が「新しいものから古いものへ」という段階に入ったことを、矢の年代という具体的な数字で示したところに価値があります。
出典
Year of the Arrows – Now the Stone Age Is Melting Out(Secrets of the Ice、2026年9月23日)


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