髪は根元でつくられて、下から上へ押し出されて伸びていく——学校の理科でも、たいていの本でも、そう説明されてきた。毛の根っこにある工場で新しい細胞が次々に生まれ、古い細胞を上へ押し上げていく。ベルトコンベアのようなイメージだ。
ところが、生きた毛包の中を立体的に撮影してみたら、どうやら話はそう単純ではないらしい。新しい研究は、髪は下から押し出されているというより、毛包の中の細胞が協調して動くことで上へ「引き上げられている」可能性を示した。フランスのロレアル研究イノベーション部門と、イギリスのロンドン大学クイーンメアリー校の共同研究で、学術誌『Nature Communications』に発表されている。

ベルトコンベア式の教科書モデル
まず、これまでの説明をおさらいしておく。毛包(もうほう)は、皮膚の中に埋まっている袋のような器官で、一本一本の髪をつくって支えている。その底には毛球(もうきゅう)と呼ばれる膨らみがあって、ここで細胞がさかんに分裂している。
従来の考え方はこうだ。毛球でつくられた新しい細胞が、先にできていた細胞を上へ上へと押し上げる。押された細胞はやがて硬くなって毛の繊維になり、頭皮から顔を出す。つまり髪が伸びる原動力は「根元での細胞分裂」であり、あとはところてんのように押し出されるだけ——という理解だった。
髪を引き上げる「見えないモーター」
研究チームが注目したのは、外毛根鞘(がいもうこんしょう)という、伸びていく毛の繊維を筒のように取り囲んでいる組織の層だ。生きた毛包の中でこの層の細胞を追いかけたところ、細胞たちがらせんを描くように協調して動いている様子が見えてきた。そして、その動きが起きている場所こそ、毛を上へ引き上げる力が生まれているらしい場所と重なっていた。
研究者の一人、クイーンメアリー校のイネス・セケイラ博士は、毛包の中では細胞たちがひとつの振り付けのように動いていて、髪は押し出されるのではなく、周りの組織が小さなモーターのように働いて能動的に上へ引き上げている、と説明している。細胞をただ増やすだけでなく、細胞が動いて生み出す物理的な力が、髪を伸ばす仕組みの一部になっている、という見方だ。
細胞分裂を止めても伸びた髪
面白いのは、その説を確かめるための実験だ。チームは「細胞が生まれること」と「細胞が動くこと」の効果を切り分けようとした。
まず、毛包の中の細胞分裂を止めてみた。もし昔ながらの説明が正しければ、新しい細胞が生まれなくなるのだから、髪の成長はガクッと落ちるか、止まるはずだ。ところが実際には、毛包はほとんど変わらない速さで髪をつくり続けた。押し出しだけが原動力なら、こうはならない。
次に、細胞が動いたり形を変えたり力を出したりするのに欠かせないアクチンというタンパク質のはたらきを妨げてみた。すると今度は、髪の伸びる速さが80%以上も落ち込んだ。細胞が「動くこと」「力を生み出すこと」が、成長にとって欠かせない要素だとわかったわけだ。コンピューターによる計算でも、外側の層の細胞が協調して動くと、観察された毛の動きを説明できるだけの引き上げる力が生まれることが裏づけられた。
生きた毛包を立体で追う撮影法
この発見を支えたのは、撮影技術そのものだ。ふつうの顕微鏡写真は、いわば止まった一枚絵で、細胞がどう動いているかまではわからない。チームは、培養して生かしておいた人の毛包を、時間を追いながら立体的に撮影できる手法を使った。生きたまま細胞の動きを追えたからこそ、これまで見えなかった細胞の流れやふるまいをとらえられた。
第一著者であるロレアルのニコラ・ティソ博士は、静止画が孤立したスナップショットにすぎないのに対し、立体のタイムラプス撮影は毛包の中で起きている複雑な動きを解き明かすのに欠かせず、この手法によって局所的に生まれる力をモデル化できた、と述べている。
薄毛研究や再生医療への波及
髪が「押される」のか「引き上げられる」のかは、ただの言葉づかいの違いではない。もし引き上げる力が成長の鍵なら、薄毛の治療や毛髪の再生を考えるときの発想が変わってくる。これまで「細胞をもっと増やす」方向で考えられてきたものを、「髪を動かす仕組みそのものを立て直す」という角度からも探れるようになる。
別の主著者であるロレアルのトーマス・ボルンシュレーグル博士は、髪の成長が細胞分裂だけで動いているのではなく外毛根鞘が能動的に髪を引き上げていること、この毛包の力学の新しい見方が、髪のトラブルの研究や薬の評価、組織工学や再生医療に新たな道を開く、と話している。生きた毛包が薬にどう反応するかをリアルタイムで観察できれば、育毛の候補を試す道具としても使えるかもしれない。
近年は、体の組織が遺伝子や化学的な信号だけでなく、物理的な力によっても形づくられていることが、少しずつ注目されている。ありふれた髪の成長という現象の裏側にも、細胞が動いて力を出す精巧な仕組みが隠れていた、というわけだ。
解釈上の留意点
ひとつ押さえておきたいのは、この実験が実際の人の頭皮ではなく、培養して生かしておいた毛包で行われたものだという点だ。論文のタイトルも「引き上げる仕組みを示唆する」という慎重な言い回しになっていて、研究チーム自身も、今後の検証で確かめられれば、という前提で語っている。教科書の説明が丸ごとひっくり返ったと決めつけるより、「押し出しだけでは説明しきれない部分があり、引き上げる力がそこに加わっているらしい」と受け取るのがちょうどよさそうだ。それでも、これほど身近な現象の見方が更新されうるというのは、なかなか面白い話だと思う。
出典
元論文:Nicolas Tissot ほか「Mapping cell dynamics in human ex vivo hair follicles suggests pulling mechanism of hair growth」Nature Communications, 2025; 16(1). DOI: 10.1038/s41467-025-65143-x
プレスリリース・解説:Queen Mary University of London/ScienceDaily


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