32億年前の酵素を”復元”――地球最初期の生命と、その痕跡の読み方を確かめる

化学・生命の起源
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32億年前に使われていた酵素を”復元”して、現代の微生物の中で働かせた——そんな研究が発表されました。しかもそれによって、岩石の中に残る「大昔の生命の痕跡」を読み解く手がかりが、ちゃんと信頼できるものだと確かめられました。地球にまだ単純な微生物しかいなかったころの生き物の姿を、化石ではなく“よみがえらせた酵素”からのぞき見た、という話です。

すべての生き物を支える窒素固定

窒素は、私たちの体をつくるタンパク質やDNAに欠かせない元素です。しかも空気のおよそ8割は窒素なので、量そのものはありあまるほどあります。ところが空気中の窒素(N₂)は、二つの窒素原子ががっちり結びついていて、ほとんどの生き物はこのままの形では利用できません。まわりに山ほどあるのに手をつけられない、やっかいな栄養なのです。

その”固い結びつき”をほどけるのが、ごく一部の微生物です。「窒素固定」と呼ばれるはたらきで、空気中の窒素を、アンモニアのように生き物が使える形に変換します。こうした微生物は細菌が中心で、単独で暮らすものもいれば、植物の根や地衣類(ちいるい)、シロアリの腸の中などにすみついて暮らすものもいます。彼らが窒素を”使える形”にしてくれるおかげで、めぐりめぐって地球上のあらゆる生き物が窒素を受け取れています。

この変換のかなめになっているのが、「ニトロゲナーゼ」という酵素です。酵素(こうそ)は、体の中の化学反応を進める手助けをする物質のこと。ニトロゲナーゼがなければ、いまの形の生命は成り立たない、と言ってよいほど重要な酵素です。

岩石に刻まれた「窒素の指紋」

研究チーム(ウィスコンシン大学マディソン校のベチュル・カチャール教授らと、ユタ州立大学のランス・シーフェルトさんら)が知りたかったのは、この大事な酵素が大昔にどんな姿だったのか、ということでした。窒素固定は生命の歴史のかなり早い段階、まだ単細胞の微生物しかいなかったころに始まったと考えられています。

やっかいなのは、酵素そのものは化石には残らないことです。ただし、手がかりはあります。窒素には、重さのわずかに違う兄弟(同位体)がいます。軽い窒素14と、少しだけ重い窒素15です。窒素固定をする微生物は、反応のときに軽いほうの窒素14を好んで取り込むため、体の中の窒素は「軽いほうにかたよった」比率になります。微生物が死んで岩石にとりこまれると、この“かたより”がそのまま何十億年も残ります。これが、大昔に窒素固定をする生き物がいた証拠——いわば岩石に刻まれた「窒素の指紋」です。

この指紋を読むことで、研究者は「窒素固定がいつごろ始まったのか」を推し量ってきました。ただ、ここにひとつ、確かめられていない前提がありました。

祖先型の酵素を復元する手法

その前提とは、「大昔の酵素も、今と同じ指紋を残していたはず」というものです。でも酵素は、生き物と同じように進化します。最初のニトロゲナーゼは、いまのものより小さく単純だったと考えられています。姿がこれだけ違うのなら、残す指紋も違っていたかもしれない——もしそうなら、岩石の読み方そのものが揺らいでしまいます。

そこでチームは、酵素を大昔の姿まで“巻き戻す”ことにしました。使ったのは合成生物学の手法です。現代のニトロゲナーゼの設計図(遺伝子)を出発点に、進化の積み重なりを一枚ずつはがしていって、大昔に存在したであろうより単純な版を推定します。そうして推定した祖先型の遺伝子を、現代の窒素固定菌(アゾトバクター)に組み込み、実際に酵素として働かせて、そのふるまいを観察しました。

ここで大事なのは、これは化石として残っていた酵素そのものではない、という点です。現代の酵素から逆算して「たぶんこういう形だっただろう」と推定した“もっともらしい祖先”を、実験室で作り直したものです。チームはこの手順で、最も古いもので約32億年前まで、およそ20億年分の進化の各段階にあたるバージョンを一そろい作り上げました。

数十億年、変わらなかった痕跡

復元した酵素を微生物の中で働かせて、残る同位体の指紋を調べた結果は、はっきりしていました。DNAの配列も、酵素の立体的な形も、大昔の版は現代のものとかなり違っている。それなのに、残す窒素同位体の指紋は、何十億年たっても同じだったのです。

つまり、岩石に残る最古級の「窒素の指紋」は、確かに初期の生命の活動を映したものだと裏づけられました。長いあいだ仮定にとどまっていた前提が、実際に酵素をよみがえらせて確かめられた、というわけです。筆頭著者のホリー・ラッカーさんは、配列も形も変わったのに、化学のふるまいだけは同じままだった点に驚いたと語っています。なぜこの部分だけが保たれたのかは、これからの課題です。

地球最古の生命と、火星探査への波及

この結果は、地球の歴史の解釈だけにとどまりません。窒素の同位体という“生命のサイン”が信頼できると分かったことで、同じ手がかりを別の天体でも使える見込みが出てきます。研究はNASAの支援を受けており、火星のような岩石の惑星で似たサインが見つかれば、かつてそこに生命につながる代謝があった可能性を示す材料になり得ます。

「今の地球の生命だけを基準にしていては、地球の外の生命は見つけられない」とカチャール教授は言います。大昔の地球は、今とはまるで違う、ある意味“異星のような”環境でした。その時代の生き物がどうやって栄養をまかなっていたかを知ることは、生命がどこで、どんな形でありうるのかを考えることにつながります。

解釈上の留意点

いくつか、押さえておきたい点があります。まず「復元」といっても、大昔の酵素を化石から取り出したわけではなく、現代の酵素から推定した祖先型を作り直したものです。推定にもとづく“もっともらしい姿”であって、当時の酵素そのものと完全に一致するとは限りません。

また、この研究が確かめたのは「初期の生命が残した痕跡の読み方」であって、生命がどうやって無から生まれたのか(生命の起源そのもの)を解いたわけではありません。あくまで、すでにいた初期の微生物がどう窒素を使っていたか、そしてその痕跡をどこまで信じてよいかを明らかにした研究です。今回はっきりしたのはニトロゲナーゼについてで、ほかの酵素にも同じことが言えるかどうかは、これからの検証を待つことになります。

出典・もっと知りたい人へ

この研究は2026年1月22日付で学術誌Nature Communicationsに掲載されています(査読済み)。

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