カエルのお腹の中にいた細菌を、たった一度マウスに注射しただけで、大腸にできたがんが跡形もなく消えた——北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の研究チームが、そんな結果を報告しています。まだマウスでの実験段階ですが、腸内細菌そのものを「生きた薬」としてがんに差し向けるという、これまでとは毛色の違うアプローチです。
研究は査読を通ったうえで国際誌Gut Microbesに発表されており、その点は結果の下支えになります。ただし確かめられたのはあくまでマウスまで。人で効くか、安全に使えるかはこれからの話、という前提で読んでください。
両生類・爬虫類の腸内細菌という着眼
腸内細菌とがんの関係は、この10年ほどで一気に注目を集めてきた分野です。ただ、これまでの多くの研究は「腸内細菌の全体のバランスを整える」「便微生物を移植する」といった、間接的なやり方が中心でした。今回の研究はそこから発想を変え、細菌を一株ずつ分離して培養し、その菌を直接、血管から注射して腫瘍を攻撃させる、という直球の戦略をとっています。
目のつけどころがユニークでした。両生類や爬虫類は、過酷な環境や病原体だらけの場所で暮らしているのに、自然にがんができることがめったにありません。ならば、その腸内にすむ細菌に、がんに対抗する何かが隠れているのではないか——チームはそう考えました。
そこでニホンアマガエル(Dryophytes japonicus)、アカハライモリ、ニホンカナヘビの腸から、合わせて45種類の細菌を分離。片っ端からがんへの効き目を調べたところ、9種類に腫瘍を抑える働きが見つかり、そのなかで飛び抜けて強かったのが、ニホンアマガエル由来のエウィンゲラ・アメリカーナ(Ewingella americana)という細菌でした。
マウス大腸がんでの単回投与の結果
マウスの大腸がんモデルに、この細菌を血管から一度だけ注射しました。すると、投与したマウスすべてで腫瘍が完全に消えた——完全奏効(CR=検査で腫瘍が確認できなくなる状態)が100%、という結果でした。
比較のために、いま標準的に使われている治療も同じモデルで試しています。免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-L1抗体)と、抗がん剤(リポソーム化ドキソルビシン)です。これらは4回投与しても腫瘍の成長を遅らせる程度にとどまったのに対し、カエル由来の細菌は1回の注射で腫瘍を消し去りました。単純な比較ではありますが、既存の治療を大きく上回ったわけです。

二つの攻撃をあわせ持つ仕組み
この細菌が強い理由は、がんへの攻め方が二段構えになっている点にあります。
ひとつは、細菌が直接がん細胞を壊す働きです。エウィンゲラ・アメリカーナは、酸素があってもなくても増えられる「通性嫌気性菌」という性質を持ちます。腫瘍の内側は、増殖の速いがん細胞が酸素を奪い合っていて酸素が薄い環境になりがちですが、この菌はそこでこそよく増える。注射から24時間で、腫瘍内の菌の数はおよそ3,000倍にふくれ上がり、内側からがん組織を攻めていきました。
もうひとつは、免疫を呼び覚ます働きです。腫瘍のなかに細菌が入り込むと、それを排除しようと免疫が強く反応します。T細胞・B細胞・好中球といった免疫細胞が腫瘍に集まり、そこで作られる炎症性の伝令物質(TNF-αやIFN-γ)が反応をさらに増幅し、がん細胞を自死(アポトーシス)へ追い込みました。直接たたく力と、免疫をたきつける力。この二つが同時に効いたことが、完全に腫瘍を消せた背景だと考えられています。
腫瘍だけを狙える理由
気になるのは「なぜ正常な臓器ではなく腫瘍にだけ集まるのか」という点です。実際、この菌は腫瘍組織に選択的にたまり、正常な臓器への住み着きはゼロだったと報告されています。チームは、いくつかの条件が重なって腫瘍が菌にとって居心地のよい場所になっていると説明しています。腫瘍内部の酸素の薄さが嫌気性の菌の増殖を後押しすること、がん細胞が「自分を食べるな」という信号(CD47というタンパク質)を出して周囲の免疫を抑え込み、菌が生き延びやすい隙間を作っていること、腫瘍の血管がすき間だらけで菌が漏れ出しやすいこと、腫瘍特有の代謝物が菌の栄養になること——こうした要素が合わさっているといいます。
安全性の評価
マウスでの安全性のデータも示されています。血液中の菌は速やかに減り(半減期はおよそ1.2時間、24時間後には検出できなくなる)、肝臓・脾臓・肺・腎臓・心臓といった正常な臓器への定着は見られませんでした。炎症も一時的で軽く、72時間以内に落ち着き、60日間の長期観察でも慢性的な毒性は確認されなかった、とされています。
ただし、これはあくまでマウスでの結果です。エウィンゲラ・アメリカーナは、まれにですが人に感染症を起こすことのある菌としても知られています。生きた細菌を体内に入れる治療である以上、とくに免疫が弱っている人での安全性は、これから慎重に確かめていく必要があります。
解釈上の留意点
期待の持てる結果ですが、段階はきちんと押さえておきたいところです。今回わかったのは、マウスの大腸がんモデルで、自然由来の細菌ががん治療の候補になりうるという「概念実証」まで。人のがんで同じように効くのか、安全に使えるのか、どんな投与法が適切なのかは、これからの検証を待つ段階です。マウスと人ではがんの性質も免疫のしくみも違うため、そのまま当てはまるとは限りません。
研究チームは今後、乳がん・膵臓がん・メラノーマなど他の種類のがんでの効き目を調べるほか、投与量を分けて打つ方法や腫瘍への直接注射といった、より安全で効果的な届け方の開発、既存の免疫療法・化学療法と組み合わせたときの相乗効果の検討を進めるとしています。「まだ手の打ちようが少ないがん」に対して、新しい入り口が一つ示された意味は小さくありません。
なお念のために付け加えると、これは実験室で精製した細菌を静脈から投与した研究の話です。「カエルを食べればがんに効く」といった民間療法とはまったく別物なので、そこは取り違えないようにしたいところです。
出典・もっと知りたい人へ
Seigo Iwata, Nagi Yamashita, Kensuke Asukabe, Matomo Sakari, Eijiro Miyako「Discovery and characterization of antitumor gut microbiota from amphibians and reptiles: Ewingella americana as a novel therapeutic agent with dual cytotoxic and immunomodulatory properties」Gut Microbes, 2025年, 17(1). DOI: 10.1080/19490976.2025.2599562
JAISTプレスリリース:Gut Bacteria from Amphibians and Reptiles Achieve Complete Tumor Elimination


コメント