猫がごろごろと転がって喜ぶ、あの草。そこから採れた油を6%混ぜただけのローションが、市販の虫よけ(DEET 15%配合)とまったく同じ数字を出しました。英カーディフ大学とウガンダの研究者らが、ウガンダ東部の農村で行った野外試験の結果です。
論文は2026年3月にオープンアクセス誌『Scientific Reports』へ掲載された査読済みのもので、誰でも無料で全文を読めます。実験室のガラス管の中ではなく、実際に蚊が飛び交う夕暮れの屋外で、人が自分の脚を出して試した結果だという点が、この研究のいちばんの特徴です。

キャットニップに含まれる忌避成分
キャットニップは和名をイヌハッカといい、シソ科の植物です。マタタビと同じように、多くの猫がこの葉のにおいに強く反応します。その反応を引き起こしている主成分が「ネペタラクトン」で、この物質には昔から、虫を寄せつけない性質があることが知られていました。
蚊だけではありません。過去の研究では、マダニ、トコジラミ(南京虫)、ニワトリに付く赤いダニ、ハウスダストの原因になるチリダニ、家畜につくサシバエなど、血を吸ったり人の生活圏に入り込んだりする虫の多くに対して、この成分が有効だと報告されています。米国環境保護庁(EPA)も、イヌハッカ精油をヒトへの使用について安全と評価しています。
ではなぜ、これだけ効くと分かっていたものが、市販の虫よけとして広まっていないのか。理由のひとつは、植物由来の忌避成分は総じて効果が長続きしないとされてきたことです。そしてもうひとつ、マラリアが日常的な脅威になっている地域では、そもそも「地元で作れる虫よけ」という発想で実地検証された例がほとんどありませんでした。今回の研究は、そこを埋めにいったものです。
ウガンダ東部での野外試験の設計
舞台はウガンダ東部・ブダカ県の2つの地区(ムギティとカモンコリ)です。研究チームは現地の小規模な農園でイヌハッカを育て、乾燥させた葉と茎を水蒸気蒸留にかけて精油を取り出しました。蒸留液にヘキサンという有機溶媒を加えて油の層だけを分離し、ヘキサンを飛ばすと精油が残ります。分析にかけたところ、成分の約92.4%がネペタラクトンでした。
この精油を2%または6%の濃度でローションに練り込みます。残りの中身は、水、グリセリン、乳化ワックス、シアバター、オリーブ油、ココナッツ油など、市販のボディローションの成分表とほとんど変わりません。製造はカンパラのウガンダ工業研究所が担当しました。
比べる相手は3つです。キャットニップ油だけを抜いた同じ処方のローション(効果なしの基準)、ウガンダでもっとも広く流通しているDEET 15%配合の市販品「Peaceful Sleep」(効果ありの基準)、そして2%と6%のキャットニップ・ローション。参加者はどれを渡されたか知らされないまま、日ごとにくじ引きで振り分けられました。
人が囮になる「ヒト誘引捕集法」
効果の測り方が、この分野ならではです。ヒト誘引捕集法(Human Landing Catch)といって、参加者が自分のふくらはぎとすねを出して座り、そこに止まった蚊を吸虫管で1匹ずつ吸い取って捕まえる、というやり方をします。1933年に確立された古い手法ですが、野外で忌避効果を評価する方法としては今もこれが標準とされています。
試験は2025年5月と6月、それぞれ3日間ずつ。時間帯は18時から22時の4時間で、これは現地の人が家事をしたり近所と話したりして屋外にいる時間帯であり、同時に蚊がもっとも活発になる時間帯でもあります。ローションは約3グラムを片脚に塗り、それ以外の部分は服とフードと手袋で覆いました。参加者は家屋や家畜から離れ、互いに10メートル以上あけて座ります。
倫理面の手当ても書かれています。参加者は事前にマラリア検査を受け、陽性だった人は試験から外れて無償で治療を受けました。試験の各日終了後にも全員を再検査しましたが、陽性者は出ていません。

6%配合とDEETの比較結果
結果を、いちばん分かりやすい数字で示します。何も効かないローションを塗った人の脚には、4時間で中央値9.5〜21.5匹の蚊が止まりました。場所と時期でばらつきがありますが、多い日には1人あたり80匹を超えた参加者もいます。
対して、6%キャットニップを塗った人に止まった蚊は中央値で1〜2匹。DEET 15%の市販品も、中央値1〜2匹でした。何も入っていないローションを基準にした忌避率は、場所と時期に応じて79%、91%、89%、95%。そしてDEETの忌避率も、同じ4回の試験で79%、91%、89%、95%。4回すべてで、6%キャットニップとDEETは同じ数値でした。
2%のほうは忌避率68〜91%で、こちらも「効かないローション」に比べれば明確に蚊を減らしていますが、統計的にはDEETよりわずかに劣る場面がありました。低いほうの濃度でも実用域には届く、ただし6%のほうが確実、という読み方になります。
もうひとつ、思い込みの影響を潰すための試験も行われています。2024年6月に、ネペタラクトンを含まない別の植物精油を「これがキャットニップです」と伝えて配り、同じように測ったのです。結果、この偽ローションを塗った人と何も塗らなかった人のあいだに差はありませんでした。つまり、観測された効果は「効くと思って塗った気分」ではなく、キャットニップ油そのものによるものだった、ということです。
捕まった蚊は形態で種類を判別しており、マラリアを媒介するガンビエハマダラカ、日本でもおなじみのイエカ属、マンソニア属などが確認されています。ネッタイシマカはごくわずかでした。これはネッタイシマカが朝と昼過ぎに活発な種で、夜間に行われた今回の試験ではもともと出会いにくかったためと説明されています。
輸入品に頼らない虫よけという狙い
この研究が目指しているのは、「DEETより優れた虫よけ」ではありません。論文の言葉を借りれば、輸入品の置き換えです。
ウガンダでは、DEET配合の市販虫よけは輸入品で、100グラムあたり5〜50ドルと価格の幅が大きく、蚊が媒介する病気のリスクが高い地域に住む人ほど手が届きにくいという現実があります。屋内には蚊帳や殺虫剤の散布という対策がありますが、夕方に屋外で過ごす時間はどうしても無防備になります。
キャットニップはサハラ以南アフリカの広い範囲で栽培でき、必要な濃度が2〜6%と低いため、同じ量の精油からたくさんのローションが作れます。原料を現地で育て、現地で蒸留し、現地で製品にできる。試験後に119人へ実施した利用者調査では、97%が「市販されたら買いたい」と答え、その半数以上が30グラム入りで300〜2,000ウガンダシリング(日本円でおよそ十数円〜百円弱)という価格帯を挙げました。この安さで成立するかどうかが、実用化の分かれ目になります。
猫を引き寄せる性質
気になるのは、猫がどう反応するかです。論文の責任著者であるサイモン・スコフィールド氏は、英ガーディアン紙の取材に対し、猫を惹きつけるかどうかの実験はしていないと断ったうえで、有効成分に猫を引き寄せる性質があることはよく知られているので、猫はこれをかなり気に入るだろうと思う、と答えています。
塗って外に出た人が、道すがら近所の猫に囲まれる。そういう絵が浮かびますが、実際にどうなるかは誰もまだ確かめていません。
ただし、こちらは笑い話にできない話です。精油というものは、原液に近いかたちだと猫にとって有害になりうると一般に考えられています。今回の製品はローションに数%まで薄められたものですが、それとは別に、精油の原液を家に置いたり、ディフューザーで焚いたりすることについては、猫のいる家庭では慎重になったほうがよいとされています。ペットがいる環境で何かを試すなら、獣医師に確認するのが確実です。
解釈上の留意点
効果が確認されたのは、あくまで塗ってから4時間のあいだ、夕方から夜の時間帯、ウガンダ東部にいる蚊を相手にした条件下でのことです。それより長い時間もつのか、朝や昼でも同じなのかは、この試験からは分かりません。
日本の夏にそのまま当てはめられるかも、まだ言えません。日本で刺してくる主役はヒトスジシマカやアカイエカで、今回もっとも多く捕まったガンビエハマダラカとは種類が違います。ヒトスジシマカに近縁のネッタイシマカについては、同じチームが以前に行った実験室での試験で2%でも忌避効果が出ていますが、野外での確認はこれからです。
測定方法にも限界があります。ヒト誘引捕集法は「脚に止まった蚊のうち、捕まえられたもの」を数える方法なので、止まってすぐ逃げた蚊は数に入りません。暗い野外でそこまで数えるのは無理があるためで、研究チームもその前提を明記しています。また、比較相手のDEETは特有のにおいがあるため、渡された参加者にはそれと分かってしまった可能性がある、という点も論文中で認められています。
そして当然ながら、このローションはまだ商品ではありません。市販の精油を自分でローションに混ぜれば同じものになる、という話でもない点は押さえておきたいところです。今回使われたのは、ネペタラクトンを9割以上含む特定の系統(Chemotype A)を栽培して蒸留した精油で、市販のキャットニップ精油が同じ組成とはかぎりません。
出典
- Batume, C. et al. “Evaluating repellence properties of a catnip essential oil-based mosquito repellent using the human landing catch method in Eastern Uganda”, Scientific Reports 16, 13272 (2026)(オープンアクセス)
- The Guardian「Catnip lotion as effective as Deet at repelling mosquitoes, study finds」
- Hackaday「Keeping Mosquitoes Away With Catnip-Based Repellent」


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