いま世界で話されている言語は、手話も含めておよそ7,500。ところが2,000年前ごろには、その3倍から10倍にあたる数の言語が使われていたかもしれない——そんな推定が、7月23日付の科学誌Scienceに載りました。しかも、その豊かさが崩れはじめたのは大航海時代よりずっと前だ、というところまで踏み込んでいます。

農耕以前の言語数の推定
言語がいくつあったかを直接たどれるのは、文字が現れたあと——およそ6,000年前より新しい時代だけです。それより古い時代の言語は、話されて消えただけで、証拠を何も残していません。だから「昔はいくつの言語があったのか」は、長らく答えようのない問いでした。
研究チームがまず取り組んだのは、完新世(かんしんせい/約1万2000年前に始まった、いま私たちがいる地質時代)の入り口の姿です。手がかりに使ったのは、食料生産をする集団との接触で暮らし方が大きく変わっていない、狩猟採集と漁労の171の社会についての民族誌(みんぞくし=人類学者が各地の社会を記録したデータ)でした。ひとつの言語集団がどれくらいの人数で成り立つのか、その分布をここから見積もります。
そこへ、1万2000年前の世界人口を約440万〜700万人とする独立した推定を重ねます。いまの東京都の人口(およそ1400万人)の半分にも満たない数です。当時は言語集団と言語がおおむね一対一だったと仮定すると、そのころ話されていた言語は4,500〜6,200ほど。仮定の幅を広くとっても3,300〜7,800の範囲に収まりました。
つまり、農耕が始まる直前の世界は、言語がとくべつ豊かだったわけではなく、むしろ今より少なかったらしい、ということです。筆頭著者のダミアン・ブラシ氏(ICREA/ハーバード大)は、言語の多様性はその後、人口の増加とともに何千年もかけて育っていったと説明しています。
増加の一万年と、二千年前の頂点
農耕と技術の広まりで人口が急に増えていくと、言語の数も増えていきます。ただし、同じ方向にばかり働く力ではありません。社会が大きくなれば、ひとつの言語を共有する人数も増えていくので、そちらは言語の数を減らす方向に効きます。
この二つのせめぎ合いを取り込んだうえでモデルを走らせると、細かい経路はさまざまに揺れながらも、共通する形が繰り返し現れました。多様性は完新世のほとんどの期間で増え続け、およそ1,000〜3,000年前——紀元前1000年から紀元1000年ごろにピークに達し、そこから急に減っていく、という形です。
ピーク時の数は、完新世の入り口の10倍ほど。数万という桁になります。報道では2万から7万5000という幅で紹介されており、幅の広さがそのまま推定の粗さを表しています。それでも、いまの7,500と比べれば、けた違いに賑やかな世界だったことになります。
研究チームはこの時期を言語の「黄金時代」と呼んでいます。イェール大のクレア・バワーン氏は、いちばん意外だったのはピークがこんなに最近だったことだ、と述べています。言語がもっとも多様だったのは遠い旧石器時代ではなく、国家や初期の帝国が広がっていく時代だった、というわけです。
この時代がこれまで話題にならなかった理由も、研究チームは指摘しています。残っている歴史記録の大半は、勢力を広げて言語も残した側の社会が書いたものだからです。消えた側の言葉は、記録そのものを残していません。
文字のない時代を推定する手法
手法をもう少し整理しておくと、この研究は「発掘して見つけた」タイプの成果ではありません。民族誌のデータ、古い時代の人口推定、そして統計モデルと社会シミュレーションを組み合わせ、完新世の入り口の推定値と現在の7,500とを結ぶ道筋を、何千通りも計算で引いたものです。
その際、1言語あたりの話者数が時代とともに増えていくことを許し、世界人口の変動については別の研究による復元を当てはめました。個々の経路は仮定しだいで動きますが、条件を大きく変えても「増えて、ピークを迎えて、急に減る」という全体の形は崩れなかった、というのが研究チームの主張です。
減少の始まりと植民地主義の位置づけ
今回の結果でとくに効いてくるのが、減少の始まった時期です。
いま進んでいる言語の消滅は、500年ほど前に始まったヨーロッパの植民地拡大がきっかけだ、という見方がよく知られています。ところがモデルが示したのは、それよりさらに1,000年以上さかのぼる時点で、すでに大きな減少が始まっていたという姿でした。ローマ帝国のような大きな国家や多民族の帝国が広がるとともに、支配的な言語が政治制度や技術、文化、そして病原体と一緒に運ばれていった時代です。

植民地主義が言語の置き換えを桁違いの規模に押し上げたこと自体は、研究チームも否定していません。ただ、それは引き金ではなく、すでに動いていた流れを加速させたものだった、という位置づけになります。
なお、このモデルは「どの帝国が」「どの地域で」「どの出来事で」多様性を削ったのかまでは特定していません。分かるのは、そう遠くない過去に、とても大きな減少が起きたはずだ、というところまでです。
現在の言語が「生き残り」である意味
この見立てが正しいとすると、いま研究されている7,500の言語の扱いも変わってきます。
言語学では、ある文法の仕組みや音が世界中でよく見られると、「覚えやすいから」「伝えるのに効率がいいから」「人間の認知に合っているから」広まったのだろう、と説明されてきました。ですが、広がった集団の言語が生き残っただけなら、その特徴が優れていた証拠にはなりません。
共著者のラッセル・グレイ氏(マックスプランク進化人類学研究所)は、いまある言語は大規模で偏りの強い「ボトルネック(狭い通り道)」をくぐり抜けた生き残りであり、絶滅のほうが言語の姿を大きく形づくってきたのかもしれない、と述べています。つまり、いま手元にある言語は、人類が話してきた言葉の一部であるだけでなく、偏った一部でもある、ということです。
失われたのは言葉だけではない、とも研究チームは書いています。言語は宗教の作法や親族の呼び方、社会のしきたりといった知識と一緒に受け継がれるものなので、記録を残さないまま消えた文化の伝統も相当あったはずだ、という指摘です。
いま進行している減少
減少は過去の話ではありません。Scienceの編集部による要約では、現在も年に少なくとも4つの言語が使われなくなっているとされています。専門家の予測では、今世紀の終わりまでにさらに1,500ほどが使われなくなる可能性がある、という数字も挙がっています(こちらは今回の研究そのものの推定ではなく、言語の消滅危機に関する別の見積もりです)。
ただ、バワーン氏はここに一言添えています。政治の流れは一方向にしか進まないものではないので、危機にある言語が消えることは決まった運命ではない、と。過去2,000年の減少を政治的な動きの結果として説明できるなら、その裏返しもまた成り立つ、という話です。
解釈上の留意点
数字の派手さのわりに、押さえておくべき前提は多い研究です。
研究チーム自身が強調しているのは、これが「大まかな全球の復元であって、先史時代の言語の国勢調査ではない」ということです。推定は、昔の言語集団がどれくらいの規模だったか、人口と言語数の関係が長期的にどうだったか、という仮定に依存します。地域ごとの歴史は当然ちがっていたはずですし、戦争や疫病、環境の激変による短期的な落ち込みは、このモデルでは一つひとつ再現できません。
外部からの慎重な見方もあります。今回の研究に関わっていないハワイ大学マノア校の言語学者ライル・キャンベル氏は、方向としては当たっているかもしれないとしつつ、この研究はかなり思弁的だとScientific Americanに述べています。しっかりした足場を得るのが難しい遠い過去を相手にしている、というのがその理由です。
「2万〜7万5000」という幅の広い数字も、確定した値ではなく、いくつもの仮定を通した推定の幅として受け取るのが妥当なところです。それでも、言語の多様性が旧石器時代から一本調子で減ってきたわけではなさそうだ、という点は、条件を変えても残った結果でした。
出典・もっと知りたい人へ
- 論文:Damian E. Blasi, Marcus J. Hamilton, Russell D. Gray, Claire L. Bowern, “The rise and fall of language diversity through the Holocene,” Science, 23 July 2026. doi:10.1126/science.adx4343
- The lost golden age of language diversity(マックスプランク協会プレスリリース)
- Study uncovers lost ‘golden age’ of languages(Yale News)
- Three Millennia Ago, Humans May Have Spoken Thousands More Languages Than We Have Today(Smithsonian Magazine)


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