アルツハイマーに「抵抗する」脳がある——未成熟な神経細胞が鍵か

医学・健康
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脳の中にアルツハイマー病の変化がしっかり出ているのに、記憶もはっきりしていて、生前は認知症の症状がほとんど出なかった——そんな人が、実は少なくないことが知られています。アルツハイマー病になった高齢者のおよそ3割が、症状を経験しないまま過ごすとされます。その脳の中で何が起きているのか。オランダの研究チームが、死後に提供された脳の組織を細かく調べたところ、「未成熟な神経細胞」と呼ばれる若い細胞が、病気のダメージに対して生き延びる側に回っているらしい、という手がかりが見つかりました。

症状の出ないアルツハイマー

アルツハイマー病というと、記憶が失われて認知症へ進む、という流れをイメージしがちです。ところが、同じように脳へアミロイドなどの病理(病気による変化)がたまっていても、人によって症状の出方は大きく違います。多くの人が記憶障害や認知症を発症する一方で、同じくらい病変があるのにほとんど衰えを見せない人がいる。この「なぜ人によってこんなに違うのか」は、アルツハイマー研究で最大級の未解決問題のひとつです。

この、病気があっても脳が働き続ける力のことを「認知的レジリエンス(cognitive resilience)」と呼びます。近年、神経科学で注目が集まっているテーマです。研究の最終著者であるオランダ神経科学研究所(Netherlands Institute for Neuroscience)のエフゲニア・サルタ氏は、この3割という数字を「大きな謎で、とても重要な謎だ」と表現しています。病気がどう進むかだけでなく、なぜ一部の脳が持ちこたえるのか——研究の視点そのものが、少しずつそちらへ移りつつあります。

未成熟な神経細胞という手がかり

レジリエントな脳が持ちこたえる理由のひとつとして考えられているのが、「傷ついたネットワークに、新しい神経細胞を足して修復できているのではないか」という見方です。ここで関わってくるのが、大人の脳でも新しい神経細胞が生まれる「神経新生(adult neurogenesis)」という現象。マウスなどの動物ではよく確かめられていますが、人間の脳でも本当に起きているのかは、長年ずっと議論されてきたテーマでもあります。

チームが調べたのは、オランダ脳バンク(Netherlands Brain Bank)に提供された、ヒトの死後脳の組織です。病理のない対照群、アルツハイマー病の患者、そしてアルツハイマー病の病変があるのに認知症へ進まなかったレジリエントな人——この3つのグループを比べました。狙いを定めたのは、記憶をつかさどる海馬(かいば)のごく小さな一角。新しい神経細胞が生まれうる、数少ない場所です。目的の細胞はとても数が少なく壊れやすいため、動物研究の前提に頼りすぎない新しい解析手法を用意して、ピンポイントで探したといいます。

数ではなく振る舞いの違い

探した細胞は、実際に見つかりました。若く、まだ完成しきっていない見た目の「未成熟な神経細胞」です。平均で80歳を超える脳でも、どのグループにもこの細胞が残っていた——つまり、成人の、それもかなり高齢の脳でも神経新生が続いていることを裏づける結果でした。

ただ、意外だったのはその先です。チームはもともと、レジリエント群では未成熟な神経細胞がずっと多いだろうと予想していました。ところが、細胞の「数」の差は、思ったほど大きくなかったのです。違いが表れたのは、数ではなく細胞の振る舞いのほうでした。レジリエントな人では、これらの細胞が生き延びてダメージに対処するための遺伝子のプログラムを動かしていて、炎症や細胞死に関わるシグナルが低く抑えられていた。つまり、決め手になっていたのは「どれだけあるか」ではなく「どう働いているか」だった、という話です。

「肥料」としての新しい細胞

この結果は、当初思っていたより込み入った物語を示しています。失われた神経細胞を新しい細胞で1対1に置き換えて数を補う、という単純な図式ではないらしい。サルタ氏は、これらの若い細胞が周囲の組織を支え、脳を機能的で「若々しい」状態に保つ働きをしているのではないか、と見ています。崩れ始めた庭にまく肥料のように、細胞そのものが植え替えの苗というより、周りを元気に保つ土壌側の役割を担っている、というイメージです。

もしこの見立てが正しければ、レジリエンスを守っている仕組みを解き明かすことは、記憶を保つための新しい治療の入り口になりうる、というのがチームの期待です。研究として調べた組織は死後の脳ですが、そこから浮かび上がったのは、加齢した脳がこれまで考えられていたよりも、ずっと柔軟で複雑かもしれない、という見取り図でした。

解釈上の留意点

気をつけたいのは、これが死後脳の遺伝子の働きを読み取った観察研究だという点です。使われたのは、細胞1個ずつでどの遺伝子が働いているかを読む「単一核RNAシークエンシング」という手法。細胞が実際にどんな機能を果たしているかは、その発現データから推測したもので、この種の研究では直接確かめることはできません。サルタ氏自身、話題化にともなう過熱を警戒して、結論に飛びつかないよう慎重な言い方をしています。「データから細胞の働きを推測しているが、この研究では確認できていない」というのが正確なところです。

あわせて、レジリエンスを説明する要因がこれ一つに絞られるわけでもありません。研究者は、これを「非常に大きなパズルの1ピース」と位置づけ、レジリエンスを説明する単一の答えは存在しないだろう、とくぎを刺しています。ヒトの神経新生そのものが長く議論されてきたテーマでもあり、ここで見えたのはあくまで、レジリエントな脳と病気の進んだ脳で細胞の状態が違う、という関連です。今後は、これらの未成熟な神経細胞がほかの脳細胞とどうやり取りし、それが持ちこたえる力にどう効いているのかを詰めていく、という段階になります。

出典・もっと知りたい人へ

論文は査読を経て、専門誌 Cell Stem Cell に掲載されています(本文は有料)。あわせて、研究機関の公式発表とニュース記事も、無料で背景を確認できます。

Giorgia Tosoni ほか「Transcriptional profiles of immature neurons in aged human hippocampus track Alzheimer’s pathology and cognitive resilience」Cell Stem Cell (2026)
https://doi.org/10.1016/j.stem.2026.04.002

オランダ神経科学研究所(NIN)公式発表
https://nin.nl/news/not-all-alzheimers-leads-to-dementia/

ScienceDaily(2026年7月3日)
https://www.sciencedaily.com/releases/2026/06/260626125709.htm

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