脂肪を減らす薬は、この10年でずいぶん身近になりました。ただ困ったことに、脂肪と一緒に筋肉まで落ちてしまう。運動やダイエットで苦労した人ほど、筋肉を保ったまま脂肪だけ減らせたら、と思うはずです。
そこにひとつの手がかりが見つかりました。「Mitch(ミッチ)」と呼ばれるタンパク質のはたらきを止めると、細胞が脂肪をどんどん燃やし始め、しかも新しい脂肪細胞ができにくくなる——イスラエルのワイツマン科学研究所のチームが、そんな結果を報告しています。
Mitchとは何か
Mitchは、正式にはMTCH2という名前のタンパク質です。細胞の中でエネルギーをつくる「発電所」、ミトコンドリアの膜にくっついて働いています。
ミトコンドリアには面白い性質があって、たくさんつながって大きなネットワークをつくると、効率よくエネルギーを生み出せます。逆にバラバラに分かれていると、一つひとつの発電効率は落ちます。効率が落ちたぶんを補うために、細胞は脂肪や炭水化物、タンパク質といった燃料を、より多く使わなければならなくなる。Mitchは、このミトコンドリアの「つながり方」を決める主要なスイッチのひとつだった、というのがこれまでの研究でわかっていたことです。

マウスからヒト細胞へ
きっかけは、少し前の偶然の発見でした。研究チームがマウスの筋肉でMitchの発現を抑えたところ、そのマウスは肥満になりにくく、持久力が上がり、筋繊維まで増えたのです。ダイエットも筋トレもしていないのに体つきが良くなった、という予想外の結果でした。
ただ、なぜそうなるのかは謎のまま残りました。今回チームが確かめたのは、同じことがヒトの細胞でも起きるのか、という点です。博士課程の学生サビタ・チョウラシアさんらが中心となり、遺伝子操作でヒト細胞からMitchを取り除いて、その後の変化を追いました。
エネルギー不足が脂肪を燃やす
Mitchを取り除かれた細胞では、まずミトコンドリアのネットワークが崩れ、オルガネラ(細胞内の小器官)がバラバラに分かれました。エネルギーの生産効率が落ち、細胞は慢性的な「エネルギー不足」の状態に入ります。
一見すると困った事態ですが、狙いによっては都合がいい。食べすぎを打ち消したり、たまった脂肪を使わせたいときには、むしろこの「効率の悪さ」が味方になります。実際、チームが100種類以上の代謝物質を数時間おきに測ったところ、細胞呼吸——酸素を使って栄養からエネルギーを取り出す過程——が活発になっていました。マウスで見られた持久力の向上も、これで説明がつきます。
燃料をたくさん必要とする細胞は、脂肪や炭水化物、アミノ酸といった蓄えを次々に「燃やし」ます。ふつうの細胞は炭水化物やタンパク質をおもに使うのに対し、Mitchのない細胞は脂肪に大きく頼るようになりました。膜にあった脂肪が分解され、燃料として使われていく。研究チームのアタン・グロス教授は、Mitchが細胞の中で「脂肪の運命を決めている」と表現しています。
新しい脂肪細胞ができにくくなる仕組み
話はもう一段あります。以前から、肥満の女性ではMitchの量が多い傾向が知られていました。そこでチームは、Mitchが脂肪細胞そのものの成り立ちにも関わっているのでは、と考えます。
脂肪細胞は、いろいろな細胞になれる前駆細胞(まだ役割の決まっていない細胞)が脂肪をため込み、成熟していくことで生まれます。この前駆細胞からMitchを取り除くと、新しい脂肪を合成しにくい環境ができあがりました。膜をつくる材料が足りず、細胞が育って成熟する手前で止まってしまう。脂肪をため込むには大量のエネルギーが要るのに、そのエネルギーが不足している。結果として、新しい脂肪細胞への変化も、脂肪の蓄積そのものも抑えられていました。
つまりMitchを止めることは、いまある脂肪を燃やす方向と、これから脂肪細胞が増えるのを抑える方向の、両方に効いていたわけです。
肥満治療との関わり
いま広く使われている肥満治療薬は、体重を落とせる一方で筋肉量も減らしてしまう、という弱点があります。Mitchを標的にするアプローチが目指すのは、まさにこの弱点を避けること——筋肉を保ったまま、脂肪を燃やす方向にもっていく道筋です。参考までに、OECDのデータでは、米国の成人の68%が過体重または肥満で、これは先進国のなかで最も高い割合とされています(イスラエル55%、フランス45%、韓国30%)。それだけ、副作用の少ない選択肢が求められている分野です。
解釈上の留意点
期待の持てる結果ですが、段階はきちんと押さえておきたいところです。今回わかったのは、あくまでヒトの細胞と、先行研究のマウスでのはたらき方です。人に使える薬ができたわけでも、ヒトでの臨床試験が済んだわけでもありません。細胞や動物で効いたことが、そのまま人の体で安全かつ有効に働くとはかぎらず、ここから先の検証が必要です。
なお、この研究をまとめた論文は査読を経て学術誌に掲載されたもので、査読前のプレプリントではありません。研究チームには、ワイツマン科学研究所のほか、米ペンシルベニア大学、テキサス大学サンアントニオ校のメンバーが加わっています。
出典
ワイツマン科学研究所プレスリリース「Slimming with Mitch」:https://wis-wander.weizmann.ac.il/life-sciences/slimming-mitch
論文(The EMBO Journal):Chourasia S, et al. “MTCH2 controls energy demand and expenditure to fuel anabolism during adipogenesis.” https://www.embopress.org/doi/full/10.1038/s44318-024-00335-7


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