発症したばかりの1型糖尿病を、マウスで逆転させた——そんな報告が出ました。米サウスカロライナ医科大学(MUSC)のチームが、手を加えた幹細胞を1回入れることで、血糖をコントロールするのではなく、糖尿病そのものの原因に働きかけて病気を巻き戻した、という研究です。カギは「毎日のインスリン注射で血糖を管理する」発想から一歩踏み込んで、暴走した免疫のほうを立て直した点にあります。

1型糖尿病という病気のしくみ
1型糖尿病は、すい臓のなかでインスリンを作っている細胞(ベータ細胞)が、自分自身の免疫に攻撃されて壊されてしまう病気です。インスリンは血糖を下げる唯一のホルモンなので、これが作れなくなると血糖のコントロールがきかなくなります。原因が「体の外の何か」ではなく「自分の免疫の暴走」にある——ここが2型糖尿病との大きな違いです。
今の標準的な治療は、足りなくなったインスリンを注射で外から補うやり方です。命を守るうえで欠かせない治療ですが、あくまで血糖を管理しているだけで、免疫がベータ細胞を攻撃する動き自体は止められません。研究チームのHongjun Wang氏も、インスリン注射は免疫の攻撃を止められず、長期的な合併症も防げない、という点を今回の出発点に挙げています。つまり「症状を抑える」から「原因に手を打つ」へ、狙いを移そうという話です。
幹細胞に持たせた二つの役割
使ったのは、間葉系幹細胞(かんようけいかんさいぼう/MSC)と呼ばれる大人の幹細胞です。もともと組織を修復したり免疫を落ち着かせたりする性質を持っていて、これまでの臨床試験でも、1型糖尿病の患者さんに残っているインスリン産生を守るのに役立つことが示されてきました。ただ、発症後の体では免疫の炎症があまりに激しく、ふつうのMSCではその勢いに飲み込まれてしまい、病気を巻き戻すところまでは届きにくいという弱点がありました。
そこでチームは、このMSCに遺伝子操作を加え、アルファ1アンチトリプシン(AAT)というタンパク質を自前で作れるようにしました。AATは炎症から体を守る「盾」のような働きをするタンパク質です。この改良版(AAT-MSC)は、二つの仕事を同時にこなせるようになります。ひとつは、生き残っているインスリン産生細胞を炎症からかばうこと。もうひとつは、過剰にたかぶった免疫の反応そのものを抑えること。守りと鎮めを一台で兼ねることで、ふつうの幹細胞治療より強く効く、というのが今回の設計の肝です。
免疫の組み替えという効き方
チームはさらに、この治療が細胞のレベルでどう効いているのかを調べました。免疫細胞を一つひとつ、何千個も解析していくと、AAT-MSCを入れたあとの免疫は、単に活動を抑え込まれていたのではなく、性質そのものが組み替えられていたことが見えてきました。
関わっていたのは、免疫のなかの対立する二つの勢力です。ひとつは制御性T細胞(せいぎょせいティーさいぼう)で、インスリン産生を守ろうとする「調停役」。もうひとつはCD8陽性のキラーT細胞で、ベータ細胞を壊しにかかる「攻撃役」です。1型糖尿病では、調停役はもともとすい臓にいるものの、押し寄せてくる攻撃役の数に押し切られ、防ぎきれずにインスリン産生が失われていきます。ところがAAT-MSC治療のあとでは、調停役の数がはっきり増え、攻撃役のほうは減っていました。攻撃役は治療によって“疲弊”へと追い込まれたように見えた、とされています。攻める側と守る側の力関係が、丸ごとひっくり返ったわけです。
細胞が消えても続く効果
この治療がほかと違うのは、効果の持続の仕方です。入れた幹細胞そのものは、数時間から数日のうちに体から消えてしまいます。それなのに、免疫を組み替えた効果のほうは残り続けました。
Wang氏は、病気に効かせるうえで幹細胞がずっと体に居座っている必要はない、と述べています。ほかの病気を対象にしたMSCの臨床試験では効果が半年から2年ほど続いた例があり、同じように長く効く可能性がある、という見立てです。理由については、AAT-MSCが目に見えないほど小さな因子を分泌し、それが幹細胞そのものが消えたあとも体の組織を守り続けるからではないか、とチームは考えています。ここは今回のマウス実験で確定した数字ではなく、これまでの知見をもとにした期待値である点は押さえておきたいところです。
この研究の意味とこれから
今回あえて狙いを絞ったのは、発症して間もない「新規発症」の段階でした。この時期はまだインスリンを作る細胞が体に残っていることが多く、うまくすれば救い出せる見込みがあるからです。実際、Wang氏のチームは、新規発症の1型糖尿病の患者さんを対象に、(今回の改良版ではない)標準的なMSCの安全性と有効性を確かめる臨床試験をすでに進めています。
さらにチームは、この「免疫を組み替える」考え方が、糖尿病以外の炎症性・自己免疫性の病気——たとえばループス(全身性エリテマトーデス)や慢性すい炎——にも応用できないかを探り始めています。Wang氏は、1型糖尿病を長く患ってきた人でも機能するインスリン産生細胞がまだ残っているという研究があることに触れ、うまくいけば発症から時間が経った患者さんにも広げられるかもしれない、と期待を語っています。
読むときの注意点
心強い結果ですが、受け止め方には注意がいります。まず、今回うまくいったのはマウスでの実験、つまり前臨床の段階です。動物で効いたことが、そのまま人でも同じように効くとは限りません。研究チーム自身も、今回の改良版(AAT-MSC)治療を臨床試験に進めるには、さらに研究を重ねる必要があると述べています。効果が半年から2年続くという話も、他疾患でのMSCの実績から見込んだもので、この治療で確かめられた数字ではありません。原因に手を打つという方向性は魅力的ですが、「もう治せる」と受け取るのはまだ早い段階です。
出典
研究のくわしい内容は、サウスカロライナ医科大学(MUSC)のプレスリリースと、査読誌『Molecular Therapy』に掲載された論文で確認できます。


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