電線を引かずに、レーザー光に電気を乗せて遠くまで届ける——そんな技術で、アメリカのDARPA(国防高等研究計画局)が新しい記録を出しました。2025年、8.6キロメートル離れた場所から、800ワットを超える電力を無線で送り届けた、という実証です。距離も電力も、これまでの記録を大きく上回りました。
電線も燃料タンクも使わずに、光だけで電気を運ぶ。SFのように聞こえますが、宇宙で発電した電気を地上へ送る「宇宙太陽光発電」や、災害時の給電につながる基礎技術として、現実の研究が進んでいます。

送電線を引かずに電気を送る発想
電気を遠くへ運ぶ方法は、長いあいだ「電線を張る」か「燃料を運んで現地で発電する」かのどちらかでした。無線で電気を飛ばすという発想自体は、20世紀初めのニコラ・テスラの時代からある古い夢ですが、実用になるほどの電力と距離を両立するのは難しく、なかなか形になりませんでした。
この「電気を届けにくさ」がとくに深刻なのが、戦場や被災地のような場所です。ケーブルは敷けず、燃料は人力やトラックで運ぶしかない。DARPAはこの「最後のひと区間」を、レーザー光で飛び越えることを目指しています。名前はPOWER計画(Persistent Optical Wireless Energy Relay、光を使った無線エネルギー中継の意)。今回の記録は、その計画の一環として達成されました。
達成した記録の中身
テストはニューメキシコ州で行われました。レーザーの光源から8.6キロメートル(約5.3マイル)離れた受信装置へ向けてビームを飛ばし、800ワットを超える電力を30秒間にわたって届けたのが今回の記録です。テスト全体を通しては、1メガジュールを超えるエネルギーを送りました。
800ワットというのは、家庭用の電子レンジ1台をまかなえるくらいの電力です。DARPAのチームは、この記録を祝って、送った電気で実際にポップコーンを作ってみせました(あるSF映画の有名なシーンにちなんだ演出だそうです)。数字だけだとピンときにくい成果を、身近な形で見せた一幕でした。
これまでの記録は、1.7キロメートルで平均230ワットを25秒間、そして3.7キロメートルで(公表されていない)ごく少量、というものでした。つまり今回は、距離も電力も一気に倍以上に伸ばしたことになります。計画のプログラムマネージャーは、これまで報告されてきた光による送電の実証を大きく上回った、と手応えを語っています。
受信機PRADの仕組み
今回のテストはPRAD(POWER Receiver Array Demo)と呼ばれ、新しく作った「受信機」の性能を確かめるのが目的でした。ボールのような形をした装置で、その仕組みは意外とシンプルです。
まず、装置の中心にある小さな開口部(ビームの入り口)からレーザー光を取り込みます。入り口を小さくしてあるのは、いったん入った光を外へ逃がさないためです。中に入った光は、お椀のような形をした反射鏡(パラボラ鏡)に当たって広がり、内側にずらりと並んだ数十個の太陽電池へと注がれます。太陽電池がその光を受け止めて、ふたたび使える電気に戻す——という流れです。太陽光のかわりに、狙って飛ばしたレーザー光で発電させる、と考えると分かりやすいかもしれません。
この受信機は、企業や大学が組んだチームが約3か月という短期間で設計・製作しました。より大きな電力にも対応できる設計で、将来的には無人機(UAV)などに載せることも視野に入れています。
あえて分厚い大気を通したテスト
今回のテストには、わざと条件を厳しくした狙いがあります。送信側も受信側も地上に置いたため、レーザー光は地表近くの、もっとも分厚い大気の層を横切ることになりました。空気中のゆらぎや塵は、光を散らして送電の効率を下げる原因になります。
チームによれば、まっすぐ上や下に向けて送るほうが、通り抜ける大気が薄くてずっと楽なのだそうです。それをあえて避け、現場で起こりうる不利な状況を再現するために、地上どうしの長距離という難しい設定を選んだ、というわけです。
効率については、短い距離でレーザー光から電気への変換が20%あまりでした。ただし今回は効率の高さそのものが目的ではなく、まず「どこまで距離を伸ばせるか」を素早く確かめることを優先した設計になっています。効率を上げる工夫は、これからの段階の課題です。
見込まれる応用先
POWER計画は3つの段階に分かれていて、今回の成功で最初の段階を終えました。次の段階では、光を中継してつなぐ「リレー」や、上下方向への送電の実証に進みます。計画の先には、200キロメートルほど離れた場所へ、最大10キロワットの電力を届けるという目標が掲げられています。
実現すれば、電線のいらない「電力の網」を空間に張るような使い方が考えられます。軍事や人道支援の現場で、危険を冒して燃料を運ぶ必要を減らせるかもしれません。宇宙で太陽光発電をして地上へ電気を送る構想や、飛行中の無人機への給電など、これまで電源の制約でできなかったことへの応用も期待されています。
現時点での限界
派手な記録ではありますが、受け止め方には注意も要ります。変換効率は20%あまりで、送った光のエネルギーのうち電気になる割合はまだ小さめです。今回はその効率よりも距離を優先した実証であり、3段階の計画のいちばん最初を終えたところ、という段階です。
私たちの暮らしの中で電線がレーザーに置き換わる、というにはまだ道のりがあります。無線で電気を運ぶという長年の課題に対して、実用化へ向けた土台が一つ固まった——いまはそのくらいの距離感で見ておくのがちょうどよさそうです。


コメント