水は、私たちがいちばん身近に扱う液体なのに、じつは液体のなかではかなりの変わり者だ。ほとんどの物質は冷えて固まると縮むのに、水は氷になると逆にふくらむ。だから氷は水に浮く。この「あまのじゃく」ぶりは、水の分子がミクロのレベルでどう並んでいるかに根っこがある。ところが、その並び方をどう言い表すかについては、研究者ごとに別々の「ものさし」を持ち出していて、話がなかなかかみ合っていなかった。
大阪大学の研究チームが、学習させたAIにこの問題を解かせてみた。ばらばらだった16種類の「ものさし」を、一つの土俵の上で採点し、どれが水の変わり者ぶりをうまくとらえているかを見比べられるようにした——という研究だ。日本発の、AIを基礎科学の道具として使った成果で、2026年7月に学術誌 Communications Chemistry に発表された。
氷になるとふくらむ、水の変わり者ぶり
水の変な性質は、氷が浮くことだけではない。温めたり冷やしたりしたときの体積の変わり方、押し縮めにくさ、熱の伝わり方など、いくつもの点でほかの液体とちがうふるまいをする。こうした変な性質(専門的には「異常性」と呼ぶ)は、温度や圧力が変わると、水分子のミクロな並び方が移り変わることと結びついていると考えられてきた。
この「並び方」を生んでいるのが、水分子どうしをつなぐ水素結合だ。水の分子は、まわりの分子と手をつなぐようにゆるく結びつき、その手のつなぎ方が時々刻々と組み変わっている。ゆるくつながっては離れ、また別の相手とつながる——その全体像が、水のミクロな構造をかたちづくっている。
過冷却水と、二つの液体状態
水を、氷になる温度(0度)より下まで冷やしても、実は氷にならずに液体のままでいられることがある。水が氷に変わるには、分子が規則正しい結晶に並びはじめる「足場」——不純物のかけらや、容器の内側の細かい傷など——が要る。その足場がないきれいな水は、0度を割り込んでも凍らずに液体のままでいられる。この状態を「過冷却(かれいきゃく)水」という。
おもしろいのは、水の変わり者ぶりが、この過冷却の状態でいっそう際立つことだ。この奇妙さを説明する有力な考え方が、過冷却水のなかには性質のちがう二種類の液体が競い合って混じっている、という見方である。ひとつは分子がぎゅっと詰まった「高密度の液体」、もうひとつは分子がすき間をあけて広がった「低密度の液体」。温度が上がると詰まったほうが優勢になり、下がると広がったほうが増える——というイメージだ。ただし、この二種類が競い合うという描像は、いまのところ最も広く使われている説明ではあるものの、研究者のあいだで完全に決着がついたわけではない。

構造をはかる「ものさし」の乱立
では、水のなかのどこが「詰まった並び」で、どこが「広がった並び」なのかを、どうやって見分けるのか。ここで使われるのが、分子の局所的な並び具合を数値にする「構造記述子(こうぞうきじゅつし)」というものさしだ。たとえば、まわりの分子が正四面体のようにきれいに配置されているかの度合い、そのあたりの詰まり具合(密度)、いちばん近い分子の層と次の層との間隔——といった特徴を、それぞれ数字で表す。
ところが、こうしたものさしは、研究者がそれぞれ別々に考え出してきた。測っている対象も、単位も、目盛りの取り方もばらばらで、拾い上げている情報の中身もちがう。だから「どのものさしが、水の二つの状態を見分けるのにいちばん効くのか」を、横に並べて公平に比べるのが難しかった。ものさしは何本もあるのに、長さの単位がまちまちで比べようがない、という状態に近い。
AIに温度を当てさせる仕組み
大阪大のチームは、この「比べにくさ」をAIで乗り越えようとした。使ったのはニューラルネットワーク——人間の神経のつながり方をまねた、パターン読み取りが得意なAIの仕組みだ。
まず、コンピューター上で水分子の動きを再現する「分子動力学シミュレーション」で、いろいろな温度の過冷却水のデータをつくる。そのデータをAIに大量に見せ、「分子の並び方から、いまその水が何度なのかを当てる」という課題を、試行錯誤しながら解かせていく。温度がちがえば二つの液体状態の混じり具合も変わるので、温度を当てられるということは、AIが並び方のちがいを的確に読み取れている、ということになる。
責任著者のキムカン氏は、機械学習で構造データを分類・理解するやり方はこれまでも有効だと分かっていて、今回はそれを、人間の認識に近いかたちでものさしの良し悪しを評価するために取り入れた、と説明している。
16の記述子の一括評価
この仕組みを使って、チームは16種類の構造記述子を一つの土俵に乗せた。上席著者の松林伸幸氏によれば、AIが学んだ内容をもとに、それぞれの記述子が高密度・低密度の並びを温度ごとにどれだけうまく区別できるかを比べ、いちばん効率のよいものさしを見つけ出したという。
つまりこの研究がやったのは、水の奇妙さを測るために乱立していた「ものさし」を、AIという共通の採点者の前に横並びにして、どれが本当に効くのかを一つの枠組みで見比べられるようにしたことだ。個々のものさしを新しく作ったというより、ものさしそのものを評価するための土俵をこしらえた、と言ったほうが近い。
基礎研究としての意義
この成果がすぐに何かの製品や技術につながるわけではない。あくまで、水という身近なのに謎の多い物質を理解するための、基礎研究の道具立てだ。それでも、構造のゆらぎと水の状態(温度や密度)との関係を、これまでより見通しよく調べられるようになる意味は小さくない。水の変わり者ぶりがどこから来るのかという長年の問いに近づく手がかりになり、より優れたものさしを設計するための足がかりにもなりうる、とチームは見ている。
解釈上の留意点
いくつか押さえておきたい点がある。まず、この研究は実際の水を新しく測定したものではなく、コンピューター上のシミュレーションで作ったデータをAIに評価させたものだ。シミュレーションがどれだけ本物の水を忠実に写せているかには、前提となるモデルの限界がついてまわる。
また、土台にある「高密度・低密度の二つの液体が競い合う」という描像自体が、有力ではあるものの、まだ議論の続いているテーマである点も忘れないでおきたい。今回の成果は、その描像のもとでものさしを比べる枠組みを整えたものであって、水の謎そのものを解き明かした、という話ではない。派手な見出しで語られがちなテーマだが、地に足のついた基礎研究の一歩として受け止めるのがちょうどよい。
出典・もっと知りたい人へ
元になった論文は、Communications Chemistry に掲載された査読済みの研究「Machine learning evaluation of structural descriptors for supercooled water」。著者は大阪大学の吉川康平・四方心・キムカン・松林伸幸の各氏。
- 論文(Communications Chemistry, DOI):https://doi.org/10.1038/s42004-026-02097-1
- 大阪大学プレスリリース(EurekAlert!):Out of order: using AI to decode the bizarre personality of water


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