カビに絵を描かせる、という工作の話です。
寒天を流し込んだ皿の上に、カビの胞子をまく。カビは中心から円を広げるように育っていくので、その少し先の位置を、細いレーザーの光でぐるりとなぞってやる。カビは光の当たった場所を避けて伸びるため、その線の手前で足を止める。結果として、線の内側だけがカビで埋まっていき、あらかじめ設計した図形が、カビそのものの姿で浮かび上がる——。
「Funguy」と名付けられたこのプロジェクトは、インクの代わりに生き物が絵を仕上げるプリンターです。しかも思いつきの工作ではなく、コンピュータグラフィックスの国際会議で査読を通った研究がそのまま形になったもの。裏側では、カビの育ち方を学習したニューラルネットワークが「次にどこまで伸びるか」を先読みし、レーザーを当てるべき場所を決めています。

光を避けて伸びる菌糸
そもそもカビは、皿の上でどう育つのか。胞子から菌糸(きんし=カビの体をつくる細い糸)が伸び、枝分かれしながら養分を求めて広がっていきます。放っておけば、だいたい丸く広がる。ここに何か「壁」を置ければ、形をコントロールできるはずです。
その壁として使えるのが光でした。カビの中には、光が当たった場所では菌糸が伸びにくくなるものがあります。物理的な仕切りを立てるのではなく、光の線を引くだけで進行方向を制限できる——これが今回の出発点です。
研究チームはまず、どの光ならきちんと止められるのかを実験で確かめました。使ったのはテンペ菌(Rhizopus oligosporus)。インドネシアの発酵食品テンペをつくる、食品にも使われるカビです。ポテトデキストロース寒天という培地に胞子を植え、24℃で48時間、5回ずつ繰り返して観察しています。
試したレーザーは、青紫から赤外まで6種類(405 / 450 / 520 / 650 / 808 / 980ナノメートル)。出力も4段階(12.5〜20ミリワット)に振りました。結果はきれいに傾向が出ていて、波長が短いほどよく効く。520ナノメートルを超えると、ほとんど止まらなくなります。そして405ナノメートル・20ミリワットの組み合わせだけが、菌糸の漏れをゼロにできました。つまり、カビを閉じ込める「壁」の正体は、青紫のごく弱い光だったわけです。
成長を先読みするモデル
ただ、光で止められると分かっても、それだけでは狙った形にはなりません。いま菌糸がどこまで来ていて、次にどちらへ伸びるのか。それが分からないと、レーザーをどこに当てればいいかも決まらない。
ここでAIが登場します。とはいえ「カメラで見張って、はみ出したら撃つ」という単純な仕組みではありません。使われているのは、カビの育ち方そのものを学習して先に予測してしまうモデルです。
作りは三段構えになっています。
- まず画像分割モデル(E-ViT)が、時間をおいて撮ったカビの写真から輪郭だけを切り出す。カビと背景の色の差が小さくても、境目をとらえられるように調整されています。
- 次にTCN(時間方向の畳み込みネットワーク)が、その輪郭の列を見て「次の一手」を学ぶ。直近5枚の画像から、次の瞬間の輪郭を1枚描き出すモデルです。
- 最後に、そのTCNの予測をお手本にして、セルオートマトン(マス目の集まりが、隣のマスの様子を見て自分の状態を更新していく仕組み)を訓練する。
三段目がこの研究の要です。ふつうのセルオートマトンは「隣に3つ生きたマスがあれば自分も生きる」といった固定のルールで動きますが、カビの広がりは規模が大きくなるほど複雑になり、固定ルールでは追いつかなくなる。そこで各マスの中に小さなニューラルネットワークを入れ、ルール自体を学習させています。1つのマスが持つのは、生きているかどうか・まわりの栄養の残り・分裂した回数・世代・座標の5つの値。周囲8マスの様子を合わせて45個の数字として受け取り、次の状態を出力します。
つまり、カビの動画を見せるだけで、そのカビの「育ち方の癖」を再現するシミュレーターができあがる。プログラムを書く必要がないので、生物学にもコードにも詳しくないアーティストが扱える——というのが、研究者たちの狙いでした。実際、枝を直線的に伸ばすタイプ、網目状に絡むタイプ、じわっと均一に広がるタイプという性質の違う3種を学習させ、それぞれの広がり方を再現できています。
エンジンはRustで自作され、GPUも使うようになっていて、ノートPCでも10万マス規模なら滑らかに動く速さが出ています。
レーザーを消すという判断
予測モデルがあると、うれしいことがもう一つあります。撃たなくていい場所が分かるのです。
寒天の栄養は無限ではありません。カビが十分に広がった領域では栄養が尽き、そこから先へは伸びなくなる。そういう「もう動かない」領域の縁をレーザーでなぞり続けても、意味はない。ただ電力を捨てているだけです。
そこで研究チームは、シミュレーション側に光を担当するマスを追加しました。毎回の更新で、活発に広がっている領域と、止まった領域を自動的に選り分け、活発な側の境界にだけ光をつける。点灯すべきマスは探索アルゴリズムで線分にまとめられ、ベクトルデータに変換されたあと、G-code(工作機械への指示書き。3Dプリンターやレーザー加工機でおなじみの形式)としてレーザー装置へ送られます。
この方式のいいところは、カメラでカビを監視していない点です。予測が当たっている限り、機械は目をつぶったまま正しい場所を照らし続けられる。実際、中抜きの形やループする通路、ロゴ、網目状の構造といった込み入った図形でも、シミュレーション通りの形がシャーレの中に現れました。
DVDドライブから生まれた装置
肝心のレーザー装置ですが、これがレーザー加工機の小型版のような自作機です。XY方向に動く機構について、HackadayはDVDドライブのフレームを流用したように見えると書いています(あくまで見立てなので、そこは差し引いて読むところ)。ドライブのピックアップを動かすレール類は、まさに小さな2軸ステージそのものなので、この手の自作機ではよく使われる手です。

この研究は、いまでは組み立てキットとして販売されるところまで来ています(FunguyLabの「funguy kit / Mycelian Micro」)。レーザーCNCを自分で組み、寒天の皿に胞子を植え、ソフトで形を描いて印刷する。育つのは1〜2日ほどで、部屋の温度(18〜26℃)で済む。キットの説明ではケカビ属(Mucor)の菌を使うとされており、テンペや発酵食品で使われる仲間で食用にもなる、という安全面の説明が添えられています。レーザーはクラス1、対象年齢は13歳以上。ソフト側には、論文のセルオートマトンをもとにした「印刷前に仕上がりを予習できる」シミュレーターも入っているそうです。
2026年7月時点で、Makerエディションが179ドル、シミュレーターや教材を含むStudioエディションが289ドル(早割価格)とアナウンスされています。価格や販売条件は変わりうるので、実際に買うときは公式サイトで確認してください。
解釈上の留意点
いくつか、そのまま鵜呑みにしないほうがいい点を並べておきます。
- 「AIがカビを操っている」わけではない。AIがやっているのは成長の予測と、光をどこに当てるかの計算まで。実際に形をつくっているのは、光を避けるというカビ自身の性質です。
- 菌の種類は一つではない。論文で封じ込め実験に使われたのはテンペ菌(Rhizopus oligosporus)、キットの説明はケカビ属(Mucor)。どちらもケカビ目という近い仲間ですが、同じものではありません。学習で再現した3種にいたっては、うち1つ(モジホコリ)は厳密には菌類ではなく変形菌です。論文はそれらをまとめて扱っているので、「どのカビでも同じように制御できる」と読むのは行き過ぎです。
- 発表の場は芸術系のトラック。この研究はSIGGRAPH Asia 2024(2024年12月・東京)のArt Papersで発表されたもので、査読は経ていますが、生物学の実験論文とは評価の軸が違います。実験規模も、48時間・5回の繰り返しという小さなものです。
- 用途はいまのところ、作品と教育。菌類から電子部品をつくる研究もあるので、いずれ実用的な使い道が出てくる可能性はありますが、この装置自体はまだそこまでは行っていません。
とはいえ、光の線を引くだけで生き物に絵を描かせるという発想は、それだけで十分におもしろい。設計するのは形だけで、線を埋める仕事は生き物に任せる——そういう作り方のプリンターが、机の上に置ける大きさで成立している、という話です。


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