重力崩壊しても特異点はできないかもしれない──「小さなビッグバン」がブラックホールを止める理論

科学・宇宙
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「ブラックホールは、じつはブラックホールではないかもしれない」——そんな言い方をしたくなる理論研究が発表されました。巨大な星が自分の重さで潰れきったとき、その中心には必ず特異点(とくいてん)ができて、それを事象の地平線(じしょうのちへいせん)が覆い隠す。これが教科書どおりのブラックホールの姿ですが、崩壊の途中で星の内側に“ちいさな宇宙”が生まれ、それが押し返してくることで、特異点も地平線も作らずに終わる——という別のシナリオを、ドイツの研究者たちが数式の上で描いてみせた、という話です。

ただ、見出しが強くなりすぎないよう先に断っておくと、これはあくまで理論モデルです。観測でこういう天体が見つかったわけではありません。それでも、長年ふわっとしていた「ある疑問」に初めて具体的な答えを出した点で、なかなか面白い研究です。

そもそも特異点の何が問題なのか

とても重い星が燃料を使い果たすと、外へ押し返す力(核融合が生む放射圧)が弱まり、自分の重力を支えきれなくなります。星は一気に縮み、理屈のうえでは、すべての質量が大きさゼロの一点に押し込まれる。これが特異点です。密度も、空間の曲がり方も無限大になる点で、そこでは今わかっている物理法則がまるごと通用しなくなります。

太陽の何十億倍もの質量が、大きさゼロの点に収まる——文字で書くと簡単ですが、物理としては相当に居心地が悪い状態です。しかもブラックホールには事象の地平線という“一方通行の膜”があり、そこを越えたものは光さえ二度と出てこない。中で何が起きているのかを、私たちは原理的にのぞけません。この二つの厄介さがあるので、「ブラックホールとされている天体の一部は、本当は別のものなのでは?」と考える研究者が以前からいました。

グラバスターという“ブラックホールのそっくりさん”

その候補の一つが、グラバスター(gravastar)と呼ばれる仮想の超高密度天体です。外から見ると質量も大きさもブラックホールとほとんど区別がつかないのに、中身がまるで違う。特異点も事象の地平線も持たず、外側は薄い普通の物質の殻でできていて、その内側はダークエネルギーで満たされている、と考えます。ダークエネルギーは外向きに押す圧力を生むので、これが重力の潰す力とつり合えば、完全な崩壊を止められる——つまり、特異点を作らずに踏みとどまれる、というアイデアです。

グラバスターは、特異点も地平線もないぶん、物理法則との折り合いがブラックホールよりつけやすい。魅力的な考えではあるのですが、四半世紀ものあいだ、大きな宿題が残っていました。「では、そんな都合のいい天体は、実際どうやってできるのか?」——ここに、誰も納得のいく答えを出せていなかったのです。

崩壊のさなかに“小さなビッグバン”が起きる

今回この宿題に挑んだのが、ゲーテ大学フランクフルト(ドイツ)のダニエル・ヤンポルスキー氏とルチアーノ・レッツォラ教授です。二人は、アインシュタインの一般相対性理論の方程式に対して、崩壊しつつある星がグラバスターへと変わっていく過程を表す「動的な解」を初めて示しました。これまでのグラバスター研究は、できあがった状態を描く解はあっても、「どう生まれるか」を時間を追って記述する解がなかった。そこを埋めたのが新しさです。

彼らの解によると、星が崩壊してブラックホールになる寸前まで縮んだところで、その内部に、私たちの宇宙を生んだビッグバンの縮小版のような現象が起きる。生まれたばかりのこの“ちいさな宇宙”は、ダークエネルギーに駆られて膨張しはじめ、外向きに押し返してきます。すると、内へ潰そうとする星の物質と、外へ広がろうとする内側の宇宙とがつり合い、崩壊がそこで止まる。この釣り合いが保たれた状態こそが、安定したグラバスターだ——というわけです。

ヤンポルスキー氏はこう説明しています。星がすでにブラックホール一歩手前まで潰れきった、まさにその極限的な密度のところで“ビッグバン”が起きると考えるほうが、むしろ自然に想像できる、と。物質がそこまで極端に圧縮された領域でどうふるまうかは、いまだよくわかっていません。だからこそ、そこに新しい物理が入り込む余地がある、という見立てです。ちなみにこの解は、彼が修士論文で見つけたものだそうです。

「ブラックホール否定」ではない

ここは誤解されやすいので、研究者自身の言葉を借りて書いておきます。レッツォラ教授は、代替案を探すことはブラックホールを疑うことではない、とはっきり述べています。重力崩壊の行き着く先として、ブラックホールはいまも最も自然でシンプルな答えであり、それは揺らいでいません。そのうえで、まだわかっていないことに対しては、定説も“もっと風変わりな解釈”も、先入観なく両方調べておくのが科学者の仕事だ——という姿勢です。過去には、風変わりだったはずの説が定説になった例も少なくない、とも。

実際、「特異点のないブラックホール」をめぐる理論は今回のグラバスターだけではありません。事象の地平線は持ちつつ中心の特異点だけをなくした「正則ブラックホール(regular black hole)」と呼ばれるモデルなど、いくつもの方向から研究が進んでいます。今回の成果は、そうした“特異点を避ける”試みの一つに、崩壊から誕生までの筋書きを与えた、と位置づけるのがちょうどよさそうです。

解釈上の留意点

面白い研究ですが、受け取り方には少し注意が要ります。

  • これは理論モデル(数式の上での解)です。論文自体は査読を経て学術誌『Physical Review D』に掲載されていますが、グラバスターが実在するという観測的な証拠が得られたわけではありません。
  • 崩壊の途中で“小さな宇宙”が生まれるという描像は、極端に圧縮された物質のふるまいという、まだよくわかっていない領域を前提にしています。そこに「新しい物理があるかもしれない」という余地込みの話である点は、押さえておきたいところです。
  • 外から見るとブラックホールとそっくりなので、仮に実在しても両者を見分けるのは簡単ではありません。将来的に重力波や事象の地平線望遠鏡のような観測で違いを探れるか、が次の焦点になります。

「ブラックホールの中心は本当に特異点なのか?」という問いに、まだ決着はついていません。ただ、その問いに正面から数式で答えようとする試みが、こうして一つずつ形になってきている——今回の話は、そのうちの手応えのある一歩だと言えそうです。

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