ふだんは海の中をのんびり泳ぎ、バクテリアをこして食べているだけの小さな単細胞生物。その集団の中から、ときどき2倍以上に膨れ上がった「巨大な個体」が現れて、まわりにいる自分とそっくりな仲間を次々に飲み込みはじめる——。そんな生き物が、新しい種として報告された。
名前はエウプロテス・ギガトロクス(Euplotes gigatrox)。カリブ海のキュラソー島で、海水をろ過する設備の中から見つかった繊毛虫(せんもうちゅう)の一種だ。繊毛虫は、体の表面にびっしり生えた細かい毛(繊毛)を動かして泳いだり食べたりする、単細胞の原生生物のなかま。ゾウリムシと同じ仲間、といえばイメージしやすいかもしれない。
この生き物の面白いところは、同じDNAを持つクローンの集団——つまり全員が遺伝的にまったく同じ細胞の中で、ごく一部だけが「スーパージャイアント」と呼ばれる巨大な姿に変身し、共食いを始めるという点にある。しかもその変身は、多細胞の動物の発生でしか見られないと思われていたような、きちんと制御された変化だった。カナダ・ブリティッシュコロンビア大のパトリック・キーリングや、米レンセラー工科大のベン・ラーソンらの研究チームが、米科学アカデミー紀要『PNAS』に発表した。

繊毛虫エウプロテスという生き物
まず、ふだんの姿から。エウプロテスの仲間は、顕微鏡が使われはじめた初期のころから研究者の注目を集めてきた、ありふれた繊毛虫だ。細長い楕円形の小さな細胞で、繊毛を動かして水の流れをつくり、そこに乗ってきたバクテリアを口へ運んで食べる。いわば「水中のものをこして食べる」タイプの、おとなしい生き方をしている。
共食いする巨大個体への変身そのものは、実はほかの繊毛虫でも知られていた現象だ。ただ、このエウプロテス・ギガトロクスの場合は、その変わりようが桁違いに劇的だった。同じ集団の中で、姿も、動き方も、食べ方も、まるで別の生き物のように切り替わる。
クローン集団に現れる巨大な捕食者
研究チームは、見つけた細胞を人工の海水で培養し、バクテリアなどの栄養を十分に与えて育てた。数か月のあいだは、これといったことは起きない。ところが、ある時点から集団の中にぽつぽつと、普通の細胞の2倍以上の長さに育った個体が現れる。体つきは横に広く、口にあたる部分も大きい。これがスーパージャイアントだ。
この巨大個体は、もう水をこして食べたりはしない。顕微鏡の下で観察すると、まわりにいる小さな仲間の上に乗りかかるように近づき、そのまま丸ごと飲み込んでしまう。そのペースは、およそ10分に1匹。相手は、自分と一文字たがわぬ同じDNAを持つクローンである。
ただし、共食いする姿にはコストもある。巨大個体は普通の細胞より速く動けるものの、水の中を自由に泳ぎ回ることはできず、面の上をぐるぐると歩き回るような動き方に限られる。一方、普通サイズの細胞は自力で長い距離を泳いでいける。大きくなって捕食力を得るかわりに、行動範囲の自由を手放している、という関係だ。
変身を制御する遺伝子の切り替え
この変化は、細胞がその場の勢いで暴走しているわけではなかった。普通の姿と巨大な姿とでは、どの遺伝子をどれくらい働かせるかが大きく違っていて、変身のそれぞれの段階が遺伝子レベルできっちり制御されていた。スーパージャイアントの段階では、確認された遺伝子のうち4割を超える(42%以上)ものが、普通の細胞とは異なる働き方をしていたという。
ひとつの細胞が、遺伝子の使い方を大きく切り替えることで、体の形も動きも食べ方も別物に作り替える。これは、細胞の集まりである動物が発生の過程でやっていることに近い。研究者たちが「単細胞なのに、動物のような発生をしている」と驚くのは、この点にある。
元に戻れる、一方通行ではない変化
もうひとつ興味深いのは、この変身が一方通行ではないことだ。スーパージャイアントは、そのまま等分に分裂して巨大な姿を増やすこともできるし、非対称な分裂——つまり大小そろわない分かれ方をして、普通サイズの細胞へ戻ることもできる。1個の巨大個体は、24時間で最大9個もの普通サイズを生み出せる。
ただし、巨大な状態から戻ったばかりの細胞は、しばらくのあいだ、ふたたびスーパージャイアントになる力を持たない。もともと普通だった細胞から生まれたものに比べると、変身しにくいのだ。研究チームは、変身から戻ったあとに一種の「冷却期間」のようなものが働くのではないか、と見ている。
ごく一部だけが変わる理由
不思議なのは、なぜ集団のごく一部——実験ではどの場合もスーパージャイアントは全体の5%を超えなかった——だけが変身するのか、という点だ。ここには、割に合うかどうかの微妙なバランスがあるらしい。
共食いする個体どうしは、おたがいを食べられない。だからもし全員がスーパージャイアントになってしまえば、食べる相手(普通サイズの仲間)がいなくなり、すぐに餌切れになる。それでは共食い作戦は成り立たない。集団の中の少数だけが巨大化するからこそ、この戦略は機能する、というわけだ。
研究チームは、この巨大化を、集団が増えて手狭になってきたところで、まれに起きる「一発逆転のような生き方の切り替え」ととらえている。環境の状況に応じて、集団の一部にだけ別の賭け方をさせておく——こうした「危険分散(ベット・ヘッジング)」の一種ではないか、という見方だ。ちなみに、餌不足や過密といった、いかにも原因になりそうな要因は、今回の研究では引き金として否定されている。なぜ一部だけが変身するのか、その本当のきっかけは、まだわかっていない。
単細胞の発生生物学という視点
この研究が示したのは、たった1個の細胞でも、動物の発生に匹敵するくらい複雑で、しかも制御された姿の変化を起こせる、ということだ。歩く、狩る、といった、ふつうは動物に結びつけて考える振る舞いを、膜1枚に包まれた単細胞がやってのける。
細胞がどうやって自分の形やはたらきを決め、切り替えているのか。その仕組みを問い直すための、新しい題材が手に入った。私たちのまわりの水の中では、ドキュメンタリー顔負けのことが、目に見えない小さなスケールで日々くり広げられている——そういう話でもある。
解釈上の留意点
いくつか、受け取り方に注意したい点がある。まず、今回の観察は培養という飼育環境で行われたものだ。自然の海の中で、この共食いがどれくらいの頻度で、どんな意味を持って起きているのかは、まだ直接わかっていない。ただ、似たような共食いへの変化が複数の繊毛虫の系統で別々に進化してきたらしいことから、こうした切り替えが生き物の一生の中で、そこそこ普通に起きている可能性はある、と研究者は考えている。
そして、なぜ一部の細胞だけがこの道を選ぶのか、その最終的な理由は研究段階のままだ。ベット・ヘッジングという説明は有力な仮説であって、確定した結論ではない。この記事のもとになった論文は査読を経てPNASに掲載されているが、「なぜそうするか」の部分は、これからの検証を待つ段階にある。
出典
Ben T. Larson et al., “Regulated development of cannibalistic supergiant cells in the ciliate Euplotes gigatrox,” Proceedings of the National Academy of Sciences (2026). DOI: 10.1073/pnas.2606891123
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2606891123
レンセラー工科大プレスリリース:RPI Researcher Discovers Single-Celled Organism That Transforms Into Cannibalistic Supergiant


コメント