狙いにくい「タウ」を減らして進行を遅らせた、アルツハイマーの実験薬

医学・健康
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アルツハイマー病の薬というと、この数年で承認されたものはどれも「アミロイドβ」というタンパク質を狙うものでした。もうひとつの犯人とされながら、これまで薬で減らすのがとても難しかった「タウ」を標的にした実験薬が、早期のアルツハイマー病で認知機能の低下を遅らせた——そんな第2相試験の結果が、ロンドンで開かれた学会で発表されました。開発したのは米バイオジェン。薬の名前はジラナーセン(diranersen)です。

ただし、期待できる材料と首をかしげる材料の両方があります。順番に見ていきます。

「アミロイド」と「タウ」、二つの標的

アルツハイマー病の脳では、二種類の異常なタンパク質がたまることが知られています。ひとつは神経細胞の外側にこびりつく「アミロイドβ」の塊。もうひとつが、神経細胞の内側にたまって糸くずのようにもつれる「タウ」です。この「もつれ」は英語でタングル(tangle)と呼ばれ、脳の傷み具合を予測する手がかりとしては、アミロイドよりむしろタウのほうが当てになるという研究もあります。

それなのに、これまで薬で狙われてきたのは主にアミロイドのほうでした。2023年に承認されたレカネマブ(商品名レケンビ)、2024年のドナネマブ(商品名ケサンラ)は、どちらもアミロイドの塊を取り除くタイプです。いっぽうタウを狙う薬は、開発が試みられては失敗を重ねてきました。細胞の中にたまるタウは、薬で手をつけるのが難しかったのです。今回のジラナーセンは、その難しかったタウを標的にした点で注目されています。

タウの減少と認知機能への効果

試験(CELIAという名前です)には、早期のアルツハイマー病の患者416人が参加しました。軽度認知障害の段階の人と、軽度の認知症になった人が対象で、アミロイドを狙う薬をそれまで使っていない人ばかりです。この人たちを4つのグループに分け、3種類の用量のジラナーセンか、効き目のない偽薬(プラセボ)のどれかを投与して、18か月にわたって追いかけました。

まず生物学的な指標は、はっきりと動きました。どの用量でも、脳や脊髄の液に含まれるタウが、投与前とくらべて50〜65%減っていました。131人を対象にした脳画像の調査でも、調べたすべての脳の部位で、どの用量でもタウのもつれが減っていました。細胞の中と外の両方のタウを、実際に減らせたことを示せた薬は、今回が初めてだといいます。

そして肝心の認知機能も、低下がゆるやかになりました。もっとも効果が大きかったのは、認知機能や生活の様子を総合して測る「CDR-SB」という指標での比較で、偽薬とくらべて低下を26%抑えられていました。記憶やことばの検査でも、それぞれ42%、50%という数字が出ています。タウを減らすことが、実際に認知機能の面での効果につながりうると示した、という意味で研究者たちは手ごたえを語っています。

用量と効果の逆転

ところが、ここで予想と逆のことが起きました。ふつうは薬の量を増やすほど効きが強くなると考えます。この試験も、もともとは「用量を増やすほど効果が上がるか」を主に確かめる設計になっていました。ところが結果は逆で、いちばん量の少ないグループ——半年に一度、60mgを投与——がもっとも大きく認知機能の低下を抑えたのです。

さきほどの26%はこの最低用量のグループの数字で、量を増やした中間のグループは14%、いちばん多いグループは9%と、量が増えるほど効果が下がっていました。しかも最低用量のグループは、タウの減り方はいちばん小さかったのに、認知機能への効果はいちばん大きいという、ねじれた組み合わせになっています。この「用量を増やすほど効果が上がる」という当初の狙いは確かめられず、その意味では試験の主な目標は達成できませんでした。

薬の仕組み

ジラナーセンは、アンチセンス核酸(ASO)と呼ばれるタイプの薬です。タウを作るための設計図にあたる遺伝情報(MAPTという遺伝子のmRNA)にくっついて、タウそのものが作られる量を大もとから減らす、という働き方をします。できてしまったタウを取り除くのではなく、蛇口を少し閉めて出てくる量を減らすイメージに近い薬です。細胞の内側と外側、どちらのタウにも効くように設計されているのが特徴とされています。

飲み薬ではありません。背骨の隙間から脊髄の周りの液に直接注射する方法で投与します。最低用量のグループは半年に一度の注射でした。

効果の大きさをめぐる慎重な見方

この結果を、試験に関わっていない専門家たちは、期待しつつも慎重に受け止めています。認知機能の検査で出た数字の変化そのものは「かなり小さい」もので、それが実際の生活のなかでどれくらいの意味を持つのかはまだ分からない、という指摘があります。抑制率のパーセントは大きく見えても、日常でどう体感できる差になるのかは、これからの話だということです。

用量と効果が逆転したことも、参加人数が少なめだったことや、そもそも効果の幅が小さいことによる見かけ上のばらつきかもしれない、という見方が出ています。別のタウ標的薬を手がける研究者は、今回の結果を「ホームランではなく、二塁打」と表現しています。

副作用にも気になる点があります。全体としては比較的よく耐えられ、試験を終えた参加者の9割以上がその後の延長試験に進むことを選んでいます。ただ、注射のあとに起きる痛みなどと並んで、一時的に頭が混乱する状態が報告されました。多くは投与から数日以内に起きて1週間ほどでおさまりましたが、用量の多いグループでは最長で1週間ほど続いた例もあったといいます。この混乱が、薬が本来狙っていないところに作用したせいなのか、それともタウを減らすこと自体と結びついているのか——後者だとすると少しやっかいだ、と懸念する研究者もいます。「タウを減らすと、何かしらの影響なしにはすまないのかもしれない」というわけです。バイオジェンは、この混乱は一時的なものだと説明しています。

今後の見通し

バイオジェンは、この結果をふまえて、より多くの参加者で確かめる第3相試験へ進む計画です。うまくいけば、アミロイドを狙う薬とタウを狙う薬を組み合わせて使う、という発想も現実味を帯びてきます。実際、両方を組み合わせる試験もすでに動き始めています。

今回はっきり言えるのは、これまで手をつけにくかったタウを実際に減らせて、しかも認知機能への効果らしきものが見えた、というところまでです。効果がどれくらい確かで、どれくらい生活の役に立つのかは、規模の大きな追試を待つ必要があります。学会で発表された段階の結果であり、断定するにはまだ早いテーマですが、長く行き詰まっていたタウという標的に光が差した一歩ではあります。

出典

Biogen プレスリリース(2026年7月14日、AAIC発表):Biogen Presents Phase 2 CELIA Data at AAIC Demonstrating Meaningful Clinical Outcomes and Robust Tau Reduction with Diranersen in Early Alzheimer’s Disease

Alzheimer’s Association(AAIC 2026、2026年7月14日):Detailed Phase 2 Results From the CELIA Clinical Trial of Tau-Targeting Therapy Diranersen (BIIB080)

Smithsonian Magazine(2026年7月23日、独立した専門家のコメントを含む):Experimental Alzheimer’s Drug That Fights a Tough-to-Target Protein Shows Promise at Slowing Cognitive Decline in a Clinical Trial

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