大気の二酸化炭素(CO2)が増えている、という話はよく聞きます。気候変動の原因として語られることがほとんどですが、その影響は空の話にとどまらないかもしれません。オーストラリアの研究チームが、過去20年あまりのアメリカ人の血液データを調べたところ、大気中のCO2が増えるのと並ぶように、血液の化学組成がじわじわ変わってきていた、というのです。
研究は査読つきの学術誌『Air Quality, Atmosphere & Health』に2026年2月に発表されました。全文が無料で読めます。
血液に残るCO2の痕跡
呼吸で体に取り込まれたCO2は、血液の中でそのままの形では運ばれません。大部分は重炭酸(じゅうたんさん/HCO3−=血液の酸性・アルカリ性のバランスを保つ物質)に変わって運ばれます。血液が酸性に傾きすぎないよう、体はこの重炭酸の量を調整してpH(酸性・アルカリ性の度合い)を一定に保っています。
研究チームが着目したのは、この重炭酸を「大気CO2にどれだけさらされてきたかの目印」として使えるのではないか、という点でした。空気中のCO2が増えれば、呼吸を通じて体に入る量も増える。それが血液の化学バランスに表れているなら、血液の数値を追うことで間接的にその影響を読み取れるのではないか、という発想です。
20年で見えた変化
使ったのは、アメリカの国民健康栄養調査(NHANES)という大規模なデータです。1999年から2020年まで、2年ごとに集められた約7,000人分の血液結果を分析しました。
すると、血液中の重炭酸の平均値が1999年以降でおよそ7%上昇していました。同じ期間に、カルシウムとリンの平均値は逆に下がっていました。カルシウムは約2%、リンは約7%の低下です。
この動きが、大気中CO2の上がり方とよく重なっていました。大気のCO2は2000年ごろの約369ppm(ppm=100万分の1の割合)から、現在は420ppmを超えるところまで増えています。年あたりの増え方も近年は加速していて、過去10年の平均は年約2.6ppm、2024年には3.5ppmの上昇が記録されています。

体が「合わせにいっている」可能性
なぜ重炭酸が増えるのか。研究チームの説明はこうです。大気のCO2が増えると、人はそれを多く吸い込むことになり、血液はわずかに酸性へ傾きやすくなる。それを打ち消すため、腎臓がより多くの重炭酸を作って血液にとどめ、pHを保とうとする。つまり、増えた重炭酸は体が環境の変化に合わせようとしている代償の表れではないか、というわけです。
論文の筆頭著者で呼吸生理学が専門のアレクサンダー・ラーコム准教授(キュリア/The Kids Research Institute Australia、カーティン大学)は、大気CO2の上昇に血液の化学が徐々に追随している、と述べています。人類が進化してきた長い時間、大気のCO2はおおむね280〜300ppmで安定していました。私たちの体はその範囲に合わせて調整されてきた可能性が高く、現在の420ppm超という水準はこれまで一度も経験したことのないものです。
50年後の見通し
研究チームは、このトレンドがこのまま続いた場合の見通しもモデルで試算しています。重炭酸の平均値は、今から50年ほどで、現在受け入れられている健康な範囲の上限に近づく可能性があるとしています。カルシウムとリンについても、今世紀の後半には健康範囲の下限に届きうる、との見立てです。
研究チームはこの結果を、熱波や異常気象、海面上昇といった従来の気候リスクとは別の、新しい側面として位置づけています。大気のCO2を環境の問題としてだけでなく、長期的にモニタリングすべき公衆衛生の指標としても見る必要があるかもしれない、という提案です。特に子どもや若い世代は、これから最も長くこの環境にさらされることになるため、影響を受ける累積時間が長い点で関わりが大きいとしています。
解釈上の留意点
ここは冷静に押さえておきたいところです。この研究は、大気のCO2が血液の変化を直接引き起こしたと証明したものではありません。血液の重炭酸を、大気CO2曝露の間接的な目印として使い、両者が並行して動いていたことを示した相関の研究です。著者自身も、直接の因果は証明できていないと明記しています。
また、ラーコム准教授は「ある値を超えた瞬間に人が急に体調を崩す、という話ではない」とも述べています。示されているのは、集団のレベルで少しずつ起きているかもしれない生理的な変化であって、それを今後追っていく価値がある、という指摘です。過度に不安を抱く必要はなく、むしろ気候変動対策を人の健康という角度からも考える材料として受け止めるのが、研究の趣旨に近いといえます。
出典
Bierwirth, P., Larcombe, A. 「Carbon dioxide overload, detected in human blood, suggests a potentially toxic atmosphere within 50 years」Air Quality, Atmosphere & Health(2026年)DOI: 10.1007/s11869-026-01918-5
https://link.springer.com/article/10.1007/s11869-026-01918-5
The Kids Research Institute Australia プレスリリース「Rising carbon dioxide levels detected in human blood, new study finds」
https://www.thekids.org.au/news–events/news-and-events-nav/2026/march/rising-C02-levels-detected-in-human-blood/


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