英語とスペイン語をどちらも不自由なく使える人に、脳の活動をミリ秒単位で追える装置をつけてもらう。そのうえで、画面に出た名詞を単数形にしたり複数形にしたりして、声に出してもらう。すると、どちらの言語を話しているときも、脳の同じ場所が、ほとんど同じタイミングで動いていました。
ニューヨーク大学のチェン・シュエンイー氏とエスティ・ブランコ=エロリエタ氏が、2026年7月1日付の学術誌『Journal of Neuroscience』に発表した研究です。脳は言語ごとに文法の装置を用意しているのではなく、ひとつの「文法エンジン」を全部の言語で使い回しているらしい——というのが、この論文の結論でした。査読を通った論文で、全文が無料で読めます。
言語ごとにばらばらな複数形の作り方
ことばは、単語の形をほんの少し変えるだけで、伝わる中身をがらりと変えられます。英語なら book に -s を足して books にすれば、1冊が複数冊になる。日本語は名詞に単数・複数の区別を義務づけない言語なので実感しにくいところですが、多くの言語ではこの「形を変える」操作が文法の背骨になっています。
やっかいなのは、その変え方が言語ごとにまるで違うことです。アラビア語では、本を意味する kitāb の中身の母音を組み替えて kutub にする。ドイツ語は Mann → Männer のように語幹そのものが変わる。トルコ語だと ev → evler、kitap → kitaplar というふうに、語幹の母音に合わせて付ける語尾を選び直さなければいけません。「1つか、複数か」という同じ区別なのに、実現の手つきはてんでばらばらです。
こうした形の変化を、言語学では屈折(くっせつ)と呼びます。意味と音のあいだをつなぐ操作で、話し手の頭のなかで概念がことばの形に変わっていく過程を覗く窓になる、というのが研究者たちの見立てです。
共有説と分離説の対立
2つの言語が同じ頭のなかに同居しているとき、脳はこの違う仕組みをどうさばいているのか。ここには長らく、正面からぶつかる2つの立場がありました。
ひとつは、いったんある操作のための仕組みができあがれば、条件が合うかぎり別の言語にも使い回せる、とする考え方です(統一競合モデル)。もうひとつは、母語と第二言語は、形のうえでよく似た操作であっても別々の仕組みを使っている、とする考え方(浅い構造仮説)。前者なら文法のよく似た2言語では同じ場所が働くはずで、後者なら似ていようがいまいが別の場所が働くはずです。予測がきれいに割れます。
これまでの実験結果は、正直なところまちまちでした。2言語で活動する場所が重なったという報告もあれば、片方の言語でだけ活動が強くなったという報告もある。しかもその多くは、聞いたり読んだりして「理解する」場面を調べたものでした。これから口に出すために文法を組み立てる、その瞬間を捉えた研究はほとんどなかったのです。
23人に課したフレーズの穴埋め
研究チームが集めたのは、英語とスペイン語のどちらも高い水準で使う23人(18〜45歳、平均25.7歳)。聞く・話す・読む・書くの4技能すべてについて自己評価してもらったところ、平均でスペイン語が96.4%、英語が98.4%という水準でした。ふだんどちらが優勢かを計算すると、スペイン語寄りが12人、英語寄りが9人、完全に釣り合っているのが2人です。
課題は「フレーズの穴埋め」と呼ばれるものでした。画面に名詞が0.8秒映り(たとえば boats)、続いてヘッドホンから0.5秒の音声の合図が流れます。合図が one(スペイン語なら un)なら「boat」、two(dos)なら「boats」と声に出す。つまり画面に出た形を、耳から来た合図に合わせて作り直さなければいけません。
これに対して、合図が say(di)のときは、画面の形をそのまま繰り返すだけでよい。この2種類の試行を比べれば、「文法の操作をしたぶん」の脳活動だけを取り出せる、という設計です。
凝っているのは、まぎらわしい要素をひとつずつ切り離してあるところです。複数形にすると音が変わる語(boat → boats)だけでなく、単数形と複数形が同じ形の語も混ぜてある。スペイン語の tuna のように、two という合図が来ても音は変わらないケースです。逆に、複数形の boats を見せて one と言われれば、-s を取り除くことになる。足す・引く・変わらない、を全部そろえてあるので、「音が変わったから活動した」という説明を後で切り離せます。
使った名詞は96語(英語48語、スペイン語48語)。-s で複数形を作る語、-es で作る語、単複同形の語を16語ずつという内訳です。スペイン語側は英語と手順がぴったり並ぶよう、すべて男性名詞でそろえてあります。
ここにさらに2種類の単語が加わりました。ひとつは同根語(どうこんご=cognate)16語。2つの言語で語源が同じで、意味もつづりも発音もよく似た単語です。もうひとつは、どちらの言語にも存在しない作り物の単語16語。paple のような、英語としてもスペイン語としても発音できる形に作ってあります。1言語あたり672回、全16ブロックで、通しでおよそ72分の実験になりました。
その間の脳活動を記録したのが、脳磁図(のうじず=MEG)という装置です。神経細胞が電気信号をやりとりするときに生じるごく弱い磁場を、頭の外から拾います。体を傷つけず、fMRIが「どこが働いたか」を秒単位で見るのに対して、MEGは千分の1秒きざみで「いつ働いたか」まで追えるのが強みです。今回使われたのは157個のセンサーを備えた全頭型で、参加者ごとのMRI画像と重ね合わせることで、信号が脳のどのあたりから出ているかを推定しています。

英語とスペイン語で重なった反応
結果から言うと、単語の形を文法に合わせて作り直すとき、左脳の前のほう(前頭葉)と横のほう(側頭葉)をつなぐ一帯が働きました。しかも、耳に合図が届いてからおよそ100ミリ秒(0.1秒)という早さで立ち上がっています。
肝心なのは、この反応が英語のときもスペイン語のときも同じ場所で起きていたことです。研究チームは、それぞれの言語で有意に活動した領域がどれくらい重なるかを、0(まったく重ならない)から1(完全に一致)までの数値で測りました。前頭側で0.94、側頭側で0.91。ほぼ同じ場所だと言っていい水準です。
ただ、活動する場所が重なっているというだけでは、まだ弱い。近くにある別々の神経細胞が、たまたま隣り合って働いているだけかもしれないからです。そこで研究チームは、機械学習を使った別の角度からの検証を重ねました。
「いま文法の操作をしている脳」と「ただ繰り返しているだけの脳」を見分けるように、英語の試行のデータだけで分類器を訓練する。そのうえで、一度も学習させていないスペイン語のデータを判定させる。すると、ちゃんと当たったのです。訓練と判定を入れ替えて、スペイン語で覚えさせて英語で試しても同じでした。片方の言語で覚えた「文法をしているときの脳のかたち」が、そのままもう片方でも通用した。同じ場所というだけでなく、同じ表し方をしている、ということになります。
ひとつだけ、はっきり差がついたところがあります。タイミングです。スペイン語のほうが、英語よりおよそ110ミリ秒早く反応が立ち上がっていました。声に出すまでの時間も、スペイン語が平均886ミリ秒、英語が957ミリ秒とスペイン語のほうが速い。論文はこの差について、スペイン語の複数形はほぼ例外なく規則的なのに対し、英語には不規則な複数形があり、-s の発音も語によって /s/ /z/ /ɪz/ と揺れることを理由に挙げています。装置が別なのではなく、同じ装置の回りかたが言語によって少し違う、という説明です。
作り物の単語にも働いた仕組み
ここからが、この研究のいちばん面白いところです。
まず同根語。語源が同じで形もよく似ているのだから、2言語の重なりはもっと強く、もっと早く出そうなものです。ところが実際には、まったく似ていない単語と比べて、重なりが強くなることも早くなることもありませんでした。単語のレベルでの共通点は、文法の操作には効いていない。
次に作り物の単語です。辞書に載っていないのだから、複数形を記憶から引っぱってくることはできません。それでも参加者はきちんと複数形を作れましたし、そのとき脳では、本物の単語のときと同じ反応が出ていました。本物の単語で訓練した分類器に作り物の単語のデータを見せても、やはり当たっています。
この2つを合わせると、見えてくる姿はかなりはっきりしています。この仕組みは、覚えた単語の一覧を参照して動いているのではない。どんな形が来ても適用できる「手続き」として働いている。だから初めて見る単語にも、語源のつながりがない単語にも、そして言語の違いにも、同じように効く——それが、この研究の芯にある主張です。

語学学習との関わり
ブランコ=エロリエタ氏は大学の発表のなかで、この結果を学習の側から見た場合について触れています。言語に共通する仕組みがひとつあるのなら、すでに1つの言語を知っている人にとって、新しい言語を学ぶのはそのぶん楽になるはずだ、という見通しです。装置をゼロから組み立てるのではなく、すでに動いている装置に新しい材料を通すことになるから、という理屈になります。
ただ、ここは慎重に受け取っておきたいところです。今回の実験は学習の過程を追ったものではありませんし、参加者は全員、すでに両方を高い水準で使いこなしている人たちでした。学びやすくなるかどうかを測った研究ではないので、あくまで結果から導かれる予想の段階にとどまります。
研究としての意味は、むしろもう少し手前にあります。バイリンガル研究はこれまで、「言語ごとに部屋が分かれている」という見取り図と「ひとつの部屋を共有している」という見取り図のあいだで揺れてきました。今回のように、話す直前の脳を0.1秒きざみで捉えて、場所の重なりと表し方の共通性の両方を示した研究は、その天秤を共有側に傾ける材料になります。言語という単位ではなく、計算の中身で脳が整理されているのではないか——という方向へ、この分野が動きつつあるということです。
解釈上の留意点
いくつか、線を引いておきます。
いちばん大きな留保は、選ばれた言語の組み合わせです。英語とスペイン語は、複数形の作り方がほとんど同じ(-s、-es、変化なし)。研究チームはこれを「またとない一致」と呼び、言語だけを入れ替えて音の形はそろえたまま比べられるという理由で、あえてこの組み合わせを選んでいます。裏を返せば、共有が見つかるとしたら最も見つかりやすい組み合わせでもある、ということです。
ですから、この結果を日本語と英語のように離れた組み合わせにそのまま当てはめることはできません。論文自身も末尾で、形態の仕組みの豊かさが大きく異なる言語どうしでも同じことが言えるかは今後の課題だ、と書いています。今回の研究に関わっていないケンブリッジ大学のミルヤナ・ボジッチ氏も、有益で強い証拠だと評価しつつ、この分野のこれまでの流れに沿う結果で意外性はない、と述べています。
手がかりがまったくないわけではありません。論文が引いている2025年の脳波(EEG)研究では、韓国語と英語という文法の作りがかなり違う組み合わせでも、「数」の情報が言語をまたいで読み取れたと報告されています。ただしこちらは読む場面の実験で、今回のように話す直前を捉えたものではありません。
規模も押さえておきたいところです。参加者は23人。MEGを使った研究としては珍しくない人数ですが、大規模とは言えません。調べたのも名詞の単数・複数という文法のごく一部で、文の組み立て全体ではありません。文法という言葉から連想する範囲より、この研究が実際に見ているものはずっと狭い、というのは頭に置いておくとよさそうです。
それでも、まったく知らない単語を渡されても複数形が作れてしまう、あの何気ない能力が、言語をまたいだ同じ回路の上で動いているらしい。0.1秒きざみでそこまで見えるようになった、という点だけでも十分に面白い話です。
出典
元になった論文(オープンアクセスで全文が読めます):
Chen XJ, Blanco-Elorrieta E. “A Shared Neural Mechanism for Abstract Grammatical Computations across Languages in Bilinguals.” Journal of Neuroscience, 2026, 46(26): e2341252026. DOI: 10.1523/JNEUROSCI.2341-25.2026
学会のプレスリリース(英語):A universal brain mechanism for different languages(Society for Neuroscience)
紹介記事(英語):Smithsonian Magazine


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