火星では今の宇宙服が重すぎる——NASAが出した上限104キログラム

宇宙開発
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月面用に開発が進んでいる最新の宇宙服を、そのまま火星に持っていくわけにはいきません。着た飛行士が動けなくなってしまうからです。NASAと協力企業の技術者チームが、火星で使う宇宙服に許される重さを計算し、上限は104kg——いまの設計から4割ほど削る必要があるという結果を、7月にプエルトリコで開かれた学会で発表しました。

火星の重力が生む重さの問題

火星の重力は地球の8分の3で、月の2.3倍あります。月なら軽く感じるものが、火星ではそれなりに重くのしかかる。この「中途半端に強い重力」が、今回の話の出発点です。

いま月面用に開発されているのが xEMU(Exploration Extravehicular Mobility Unit)という宇宙服です。硬い上半身、交換しやすいモジュール構造、脚まわりの高い可動性を備えていて、月での作業を想定した現時点の基準設計になっています。ただし地球で量ると約170kg。平均的な男性飛行士の体重(82kg)の2倍近くあります。

この170kgは、体を包む加圧服の部分(PGS=プレッシャー・ガーメント・システム)が約76kg、背中に背負う生命維持装置(PLSS=ポータブル・ライフサポート・システム。酸素の循環、体の冷却、電源、通信をひとまとめにした装置)が約95kg、という内訳です。

重力が6分の1の月では、この170kgは28kgの荷物を地球で背負うのと同じ感覚まで軽くなります。ところが火星では64kg相当。しかも今回の計算で基準に置かれた小柄な飛行士(体重49kg)を想定すると、宇宙服だけで自分の体重より重い、という状態になります。

宇宙服は世代を追うごとに重くなってきました。アポロの服が約77kg、スペースシャトルとISSで使われてきたEMUが約114kg、ロシアのオルランが約105kg、そしてxEMUが約170kg。発表チーム自身が、その理由を率直に書いています。消耗品を再生して使い回せる仕組みを増やし、部品を交換・整備しやすいモジュール構造にし、故障が起きても耐えられる余裕を積み上げてきた——そうした要求を満たすにあたって、質量は大きな設計上の制約として扱われてこなかった、というのです。月までなら、それで通用していました。

上限104キログラムの導き方

では104kgという数字はどこから出てきたのか。考え方の骨格は、いちばん条件が厳しい人でも動けるように上限を決める、というものです。

宇宙服の重さは、体重の軽い飛行士にとっていちばん厳しくなります。そこでチームが基準に置いたのが、体重が軽いほうから5%目にあたる女性の体重49kgと、船外活動に求められる体力の下限です。体力の指標には最大酸素摂取量(VO2max=1分間に体重1kgあたり取り込める酸素の最大量)が使われ、地表での船外活動にはNASAの基準で毎分36ml/kgが必要とされています。これは一般的な30代女性の中央値(35)をわずかに上回る水準で、同年代の男性なら下から4分の1あたりに位置します。

ここに、いくつかの足し引きが入ります。人が安全に持ち上げられる重さの上限として、米国労働安全衛生研究所(NIOSH)が定める約23kg。加圧された服が風船のように体を支えてくれる分として、歩行中は約22kgぶんが肩から逃げます(立っているときは約37kgぶん逃げるのですが、歩くと脚がまっすぐでなくなるため小さくなる。この力は重力の大きさに関係なく働きます)。逆に差し引かれるのが、加圧服を着て動くこと自体のコストです。同じ重さを服なしで背負う場合と比べると、加圧服では酸素消費が毎分10〜18ml/kg増えることが過去の試験で測られていて、チームは平均の14を使って「体力の目減り分」として計算に組み込みました。さらに、工具や採取した試料を運ぶぶんとして23kgを確保しています。月面用の基準では67kgまで持てるとされていますが、火星ではそこまで持ち上げられないと判断した数字です。

これらを組み合わせて出た答えが104kg。xEMUの6割ほど、つまり約4割減です。内訳は、過去の宇宙服で一貫していた6対4の配分をあてはめて、生命維持装置に62kg、加圧服に42kgと割り振られました。現状の約95kgと約76kgから、それぞれ3割強と4割強を削る計算になります。

探査車の故障と歩いて帰る距離

この上限を強く縛っているのが、「歩いて帰る」場面です。加圧されていない開放型の探査車で出かけて、それが基地から離れた場所で壊れたら、飛行士は自分の足で戻らなければなりません。この最悪の場合に間に合うかどうかが、そのまま行動半径を決めます。

アポロ計画では、探査車が故障したときの歩行速度を時速3.6kmと想定していました。地球での平均的な歩行速度は時速5kmですから、それよりゆっくりです(アポロ15号の飛行士が実際に月面で歩いた速度は、初回の船外活動で時速1.1〜1.6km、2回目で1.6〜2.2kmでした)。この時速3.6kmで、帰るのに30分かかる距離までとするなら1.8km、1時間までなら3.5kmです。

論文は、どちらを採るかは装備の能力とミッションの優先順位で決まると書いたうえで、質量の制約を考えると30分側(1.8km)のほうが設計として成立させやすい、としています。予備の装置や移動手段を別に用意しない限り、1時間・3.5kmを超える範囲までは離れられない見込みです。

歩いて帰るあいだの体の負荷も試算されています。時速3.6kmで歩くと、平均的な体格の飛行士で約500W、95パーセンタイルの大柄な男性なら約670W相当のエネルギーを消費します。宇宙服の設計で想定している平均値は352Wですから、それを大きく上回ります。移動はもともと重い作業なので、休憩や軽い作業と合わせれば平均はならされる、というのがチームの説明ですが、非常時の予備系統はこの高い値に合わせて作らなければなりません。

この見積もりには、心強い裏づけがあります。2009年にNASAが行った10km歩行試験では、120kgのMKIIIという試作宇宙服を着て、火星相当まで体重を打ち消した状態でトレッドミルを歩く試験が行われました。結果は厳しいものでした。少し速歩きしただけで被験者は最大酸素摂取量の限界近くまで達し、速度をわずかに上げると消費が急激に跳ね上がりました。同じ服で月相当の条件にすると、余裕をもってもっと速く歩けています。この試験のデータから逆算すると、114kgあたりまで軽くできれば歩行帰還は成り立ちそうだと見込まれ、今回のモデルが出した104kgと近い値になりました。まったく違う道筋から近い答えが出たわけです。

転倒からの復帰という別の制約

重さが問題になるのは歩くときだけではありません。転んだあとに起き上がれるかどうかも、命に直結する条件です。

メリーランド大学が2025年に報告した試験では、加圧服なしの服装で背中に70kgと100kgの重りを付け、ひざ立ち・うつ伏せ・仰向けからの復帰や段差の昇降を、地上と中性浮力プールの両方で試しました。100kgでは、乗員の体格として上位2割にあたる大柄な男性でも明らかに苦労し、70kgでもかなりの困難がありました。今回の推奨値である生命維持装置62kgは、その70kgより軽い側にあります。ただしこの試験には加圧服そのものの重さや重心の位置が入っていないので、両方を合わせた検証はこれからです。

ここで、話の向きが少し変わります。1998年に放物線飛行を使って行われた試験では、アポロのA7LB、シャトル用のEMU、そしてMKIIIを月と火星相当の重力で比べたところ、いちばん重いMKIIIがうつ伏せ・仰向けからの復帰でいちばん良い成績を出しました。理由は可動性です。重い分だけ慣性を克服する力は要りますが、関節が動くぶん起き上がる動作そのものが成立した。一方、股や腰、肩の動きが限られたアポロの服は、うつ伏せから起きるのに何度も放物線を要し、被験者は「非常に難しい」と報告しています。微小重力向けに作られたシャトルのEMUは、そもそも起き上がれませんでした。

別の試験でも同じ傾向が出ています。MKIII(64kg)、リアエントリーIスーツ(43kg)、デモンストレーター(27kg)の3種を比べたところ、いちばん軽いデモンストレーターの代謝コストが最大で60%高かったのです。つまり、軽くすれば楽になる、という単純な話ではありません。動きやすさを削って軽くすると、かえって余分な体力を使う。論文自身、可動性を得るために質量を増やすほうが良い取引になる場合もあると書いています。削るべきは「重さ」ではなく「動きにくさを伴う重さ」というのが、この節の要点です。

航行中の体力低下と乗員条件の絞り込み

火星の宇宙服には、月にはない前提がもうひとつあります。到着するまでに何か月も微小重力で過ごすので、飛行士の体力が落ちた状態で地表に降りることになる、という点です。

過去の記録では、最大酸素摂取量は微小重力での長期滞在で15〜25%低下しています。船外活動の時点で毎分36ml/kgを保つには、打ち上げ時点で43〜49ml/kg必要だという逆算になります。火星ミッションでは安全側に見て上限の49ml/kgを求めるべきだ、というのがチームの見解です。落ちるのは心肺だけではありません。3〜6か月の滞在で、筋肉の量と下肢の筋力が最大30%失われる例が知られていて、運動による対策が欠かせません。

体格の条件にも手が入ります。いまのNASAの基準は、女性の1パーセンタイル(43kg)から男性の99パーセンタイル(110kg)まで、幅広い体格に対応できることを求めています。火星ではこれをアポロと同じ5〜95パーセンタイルまで狭め、一人ずつ採寸した服を作る案が検討されています。宇宙服を軽くする手段のひとつが、着る人の条件を絞ることでもある——服の質量と乗員の選抜が、地続きの問題になっているわけです。

質量を削るための具体策

では、すでに何年もかけて最適化してきた設計から、どうやって4割を削るのか。論文は装置ごとに手立てを並べています。

生命維持装置(62kg)で鍵になるのが「詰め込み係数」です。これは部品の合計質量に対する装置全体の質量の比で、部品をまとめるための骨組みや配管、留め具がどれだけ上乗せされているかを表します。アポロが1.7、EMUが2.2、xEMUが2.0。ここで効くのが容積です。ISSのEMUは船内の気密扉を通れる厚みに収める必要があり、薄く詰め込むためにステンレスの部品と余分な支持構造が必要になって重くなりました。逆に、容積を大きく取れれば構造設計に余裕が生まれ、軽くできる。火星の生命維持装置は容積を大きめに取り、アポロがやっていたように部品そのものを構造材として使う方向が検討されています。

個々の要素にも判断が要ります。二酸化炭素を取り除く方式では、軽い水酸化リチウムに戻す案がありますが、これは使い切りで再生できません。長い航行中に腐食する恐れがあるため、水が通る部分にアルミを使えないという制約もあり、熱可塑性樹脂などの新素材で全体を1割5分ほど軽くする見込みが立てられています。船外活動の時間を短くする、故障時に切り上げて戻るまでの要求時間を緩めるといった、要求そのものの見直しも候補に挙がっています。

加圧服(42kg)でいちばん重い部品は、腰まわりの構造で16kg。硬い上半身と、その背中側にあるハッチがそれぞれ13kgです。背中から入るこのハッチ方式は、着るのが楽で、船外活動を繰り返しても砂が服の中に入りにくいという利点があります。ただし重い。そこで、背中から入る方式をやめて腰から入る方式にする、肩を柔らかい構造に変えて足首のベアリングをなくすなど、可動の仕組みを簡素化する案が挙げられています。一人ずつ採寸すればサイズ調整の金具そのものが不要になり、火星滞在が30日程度なら耐久回数の要求を下げて軽くもできます。xEMUではすでにベアリングをステンレスからチタンへ、上半身を複合材へと替えて軽量化しており、部品によってはさらに最大3割減の見込みがある一方、火星は落下や衝突への保護がより厳しいため逆に重くなる部品もあると見られています。

それでも収まらないときの案として、消耗品を現地に置いておく方式や、生命維持装置を載せた「後をついてくるロボット」とホースでつなぐ方式まで挙げられています。背負わずに済ませる、という発想です。

故障許容をめぐるトレードオフ

削減案のなかで、いちばん重い判断がここです。xEMUは同じ故障が2回起きても機能を保てるよう設計されていますが、質量を削る案では、アポロやEMUと同じ「1回まで」に戻すことが選択肢に入っています。安全余裕を削る話ですから、これだけ取り出せば後退に見えます。

発表側の言い分も並べておきます。まず、xEMUの質量が膨らんだ原因そのものが、再生型の装置、モジュール性、整備性、故障許容といった要求の積み上げでした。質量が大きな設計要因として扱われていなかった、と論文は書いています。火星では質量を最優先に据えた設計への切り替えが必要で、既存の要求のいくつかは修正するか、別の手段で満たす必要がある——それが全体の前提です。故障許容の引き下げは単独で提案されているのではなく、船外活動時間の短縮や撤収時間の要求緩和と並ぶ、いくつもの選択肢のひとつとして挙げられています。参考として、いまISSで実際に使われているEMUも1回までの設計です。

そして、装備を削るぶんは人と運用の側で埋める前提になっています。乗員の体力を高く保つこと、体格の条件を絞ること、航行中の運動対策を徹底すること、船外活動の距離と時間を短く抑えること。これらはすべて、質量を削るための手立てとして同じリストに並んでいます。どこをどう削るかが決まったわけではなく、成立しうる組み合わせを探している段階です。

解釈上の留意点

これは「軽い火星用の宇宙服ができた」という話ではありません。設計の枠を決めるための最初の見積もりであり、論文自身が、確定的な上限を出すにはまだデータが足りないと明記しています。発表の場はICES(国際環境システム会議)という学会で、会議論文として外部の査読委員会のレビューを経てはいますが、学術誌に載った査読論文とは性質が違います。

数字は前提に強く依存します。体重49kgの飛行士、最大酸素摂取量36ml/kg、NIOSHの23kg、歩行時に肩から逃げる22kg、工具・試料の23kg。このどれかが動けば104kgも動きます。NIOSHの数字はもともと手で持ち上げる作業について定められたもので、背負う場合にそのまま当てはまるとは限らないと論文も注記しています。肩から逃げる22kgもxEMUで実測した値で、服の構造が変われば変わります。平均の代謝として使われている352Wも月面向けの数字を借りたもので、重力の大きい火星ではもっと高くなると見込まれています。

xEMU自体の質量も、消耗品や胸元の表示装置を数えるかどうかで170kgと177kgの両方が出てきます。「4割減」という表現はどちらで割ってもおおむね成り立ちますが、比較の基準はひとつに固定されていません。

検証の段取りは示されています。ケーブルで体を吊って重力の一部を打ち消すARGOSという設備を使い、生命維持装置の重さを段階的に変えながら、加圧した服を着た状態で歩き方や代謝、心拍、作業の成否を測る試験が予定されています。転倒からの復帰、手の届く範囲、バランス、物の移動といった動作も、複数の質量で比べる計画です。過去の10km歩行試験は男性飛行士6人だけを対象にしていたので、今後は女性を含めて体格の幅を広げるとされています。

出典

発表論文:R. Ogilvie, B. Swartout, B. Hoffmann, S. McFarland, L. Hickox, “Mars Spacesuit Mass Requirements”, ICES-2026-127, 第55回 International Conference on Environmental Systems(2026年7月12〜16日、プエルトリコ・リオグランデ)。論文本体と発表スライドはいずれもNASAのNTRSで無料公開されています。

NASA NTRS:会議論文(PDF)
NASA NTRS:発表スライド(PDF)
Universe Today による紹介記事(2026年7月28日)

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