地球のまわりには、高エネルギーの粒子が磁場に捕まって輪のように溜まっている領域があります。放射線帯、あるいは発見者の名にちなんでヴァン・アレン帯と呼ばれるものです。磁場を持つ惑星なら木星にも土星にもこれがある——ところが水星だけは例外だ、と長いあいだ考えられてきました。
その水星にも、放射線帯はありました。ただし常時ではありません。太陽から遠ざかる時期には半分くらいの確率で現れ、近づくと消える。50年以上決着のつかなかった論争は、探査機が残した古いデータの読み直しで一つの答えにたどり着きました。

磁場を持つ惑星に共通する構造
放射線帯は、惑星の磁場に捕らえられた高エネルギーの電子やイオンが、惑星をドーナツ形に取り巻いている領域です。地球のものは1958年、アメリカ初の人工衛星エクスプローラー1号によって見つかりました。宇宙時代の幕開けを代表する発見の一つです。
この輪は、地球にとってはありがたい仕組みでもあります。太陽から降ってくる粒子を、地表に届く前に受け止めてくれるからです。一方で、そこを通る探査機や人工衛星にとっては危険な場所でもあります。だから放射線帯を横切る機体には遮蔽が施され、有人ミッションでは通過時間を短くする設計がとられます。
木星、土星、天王星、海王星。磁場を持つ惑星には、どれも放射線帯が見つかっています。太陽系でただ一つ、水星だけが「ない」とされてきました。
水星が例外とされてきた事情
理由は、水星の置かれた環境にあります。まず、磁場が弱い。1974年にマリナー10号が水星に磁場があることを見つけたときは、これほど小さな惑星が全体をおおう磁場を持っていること自体が驚きでしたが、その強さは地球の約1%しかありません。
そのうえ、太陽が近い。水星のあたりでは太陽風——太陽から吹き出す電気を帯びたガスの流れ——の圧力が地球の6〜30倍あり、太陽の磁場も4〜10倍強く効いてきます。惑星の磁場は太陽の磁場とぶつかると引きちぎられるので、水星の磁気圏(磁場が太陽風を押し返してつくる空間)は、太陽系でもっとも小さく、もっとも激しく揺さぶられている場所です。
粒子を長く閉じ込めるには、粒子が惑星を何周もできるだけの広さと、その構造が壊されない安定さの両方が要ります。水星にはどちらもない、というのが通説でした。
遠日点で現れ、近日点で消える輪
今回、ミシガン大学とカリフォルニア大学バークレー校を中心とする研究チームが出した答えは、「できる。ただし常時ではない」でした。
鍵は水星の軌道の形です。水星の軌道は、地球のものと比べてかなりつぶれた楕円をしています。太陽からもっとも遠い遠日点(えんじつてん)ではおよそ0.47天文単位、もっとも近い近日点(きんじつてん)ではおよそ0.31天文単位。1天文単位は太陽と地球の平均距離なので、水星は太陽との距離を1.5倍も変えながら回っていることになります。
太陽から遠ざかると、太陽風の圧力が下がります。押される力が弱まったぶん磁気圏はふくらみ、粒子が周回できる空間が広がる。この時期には、放射線帯が観測される確率が約50%に達しました。逆に太陽に近づくと磁気圏は押しつぶされ、確率は約20%まで下がります。
持続時間の数字も出ています。論文の結論によれば、放射線帯の寿命は典型的には8〜12時間より短く、例外的に地球の数日ぶんまで続くことがある、とのこと。何年も居座り続ける地球の放射線帯とは、ずいぶん様子が違います。
つまり水星の放射線帯は、太陽との距離に合わせて現れたり消えたりする、季節性のある構造だったということです。
装置のノイズに残っていた痕跡
この輪が見つかった経緯も、なかなか面白いものです。使われたのは、NASAの水星探査機メッセンジャーが2011年から2015年まで水星を回りながら集めたデータ。しかも、放射線を測るための装置ではありませんでした。
メッセンジャーが積んでいたのは、中性子分光計とガンマ線分光計という、水星の地殻にどんな元素が含まれているかを調べるための装置です。ところがこの装置には、副産物のような反応がありました。高エネルギーの電子が飛び込んでくると、装置の金属の覆いに当たってX線が出る。そのX線が内部の検出器に届き、決まったチャンネルだけ数値が持ち上がるのです。
本来の目的からすれば、ただのノイズです。研究チームはこの持ち上がり方を全ミッション分にわたって拾い直し、いつ・どこで信号が上がったかを整理しました。とくに効いたのが、ガンマ線分光計の10ミリ秒という細かい時間分解能のデータです。これがあると、「電子が惑星のまわりを何周も回り続けている安定した状態」と、「磁気圏の尾から次々に注入されては失われている状態」を区別できます。中性子分光計だけの20秒ごとの記録では、この二つが見分けられませんでした。
結果として、中性子分光計で4,610件、ガンマ線分光計で5,596件の電子イベントが検出されました。このうち安定したものだけを取り出して分布を描くと、磁気圏の内側、双極子的な磁場が効く領域に、はっきりと輪の形に集まっていました。
安定した電子には、もう一つ特徴がありました。注入されたばかりの電子より数は少ないのに、エネルギーは高い(100 keVを超える成分が目立つ)のです。一度の注入で加速されただけではこうならないので、閉じ込められているあいだに、さらにエネルギーを受け取る仕組みが働いているらしい、と論文は見ています。
連続12周で確認された長寿命の例
安定した電子が見つかった軌道の並びを調べると、遠日点のあたりでは何周も続けて検出されることがありました。もっとも長い例では、メッセンジャーが12周連続で、低高度の赤道付近・明け方側の領域に安定した電子を捉えています。時間にして96時間です。
この長さは、水星の基準で見ると意味がはっきりします。水星の磁気圏では、磁場のエネルギーが溜まっては一気に解放される一連の流れ(ダンジー・サイクル)が、わずか2〜3分で一巡します。96時間はその2,000〜3,000回分。同じ回数を地球のサイクルに換算すると5〜8か月に相当します。水星の時間感覚では、これはもう「ほぼ恒久的」と呼んでいい長さです。
ただし、探査機がその場に常時いるわけではないので、12周のあいだ途切れずに存在し続けたのか、いったん消えて再びできたのかは、直接には確かめられません。論文では統計モデルを立てて、観測できなかった時間帯の状態を確率として見積もっています。
粒子が失われる過程

上の図のように、水星の放射線帯が消えるのは、粒子の供給が止まるからではありません。供給はある。それを上回る速さで失われているのが原因だ、というのが今回の結論です。
その失われ方に、太陽風の強さが直接効いています。電子は磁力線に巻きつきながら惑星のまわりを一周する運動(ドリフト運動)をしていますが、太陽風が強くて磁気圏が押しつぶされると、この周回の経路が昼側で二股に分かれてしまいます。経路が分かれた電子は惑星から遠ざかる向きに運ばれやすくなり、磁気圏の外へ抜けるか、惑星の表面に降り込むかして失われます。
コンピュータ・シミュレーションで確かめたところ、太陽風の圧力が高いほど、電子のエネルギーが高いほど、そして惑星から遠い位置にいるほど、この失われ方は速くなりました。近日点で放射線帯が壊れやすいのは、これで説明がつきます。
ここが、地球や木星、土星の放射線帯と根本的に違うところです。ほかの惑星では、粒子がゆっくり加速され、ゆっくり運ばれ、ゆっくり失われるという、おおむね釣り合いのとれた状態が続きます。水星ではそのバランスが常に崩れていて、電子の寿命が、電子が補給される間隔と同じくらい短い。落ち着く暇のないまま回り続けている状態です。
系外惑星の放射線環境への手がかり
責任著者であるカリフォルニア大学バークレー校宇宙科学研究所のウェイジエ・サン氏は、「地球では極端な宇宙天気にあたる出来事が、水星では平常運転だ」と表現しています。そして、恒星のすぐそばを回る惑星がどんな放射線環境に置かれているかを推し量る、天然の実験場になる、と続けています。
これは机上の話にとどまりません。確認されている系外惑星は6,300個を超えていますが、そのうち4,500〜5,000個ほどが、水星と太陽の距離より内側で恒星を回っていると見積もられています。恒星に近い惑星が磁場を持っていた場合、その放射線帯はどうふるまうのか。地球のようにどっしり居座るのか、水星のように点滅するのか。水星のデータは、その見当をつけるための数少ない実測の手がかりになります。
ベピコロンボによる検証の見通し
今回の解析は間接的な測定にもとづくものなので、放射線がどれくらい強いのかまでは分かっていません。探査機の装置に実害が出るレベルなのかどうかも、現時点では未確定です。共同筆頭著者の一人であるバークレーの趙玖桐(ジウトン・ジャオ)氏も、強さは分からないが、それはベピコロンボで解ける問いだ、と述べています。
そのベピコロンボは、いま水星に向かっている日欧共同の探査機です。ESA(欧州宇宙機関)の水星表面探査機MPOと、JAXAの水星磁気圏探査機「みお」の2機構成で、2018年10月に打ち上げられ、8年かけて水星に近づいてきました。
ESAの発表によれば、2026年6月15日に電気推進の最終噴射を終えて巡航を完了し、9月3日に推進モジュールを切り離す予定です。水星周回軌道への投入は11月21日から始まり、16回に分けた噴射を2027年3月まで続けて、2機をそれぞれの観測軌道に収めます。「みお」の分離は12月初旬、2機そろっての本格的な科学観測は2027年初頭からの予定です。
論文によれば、今回明らかになった放射線帯の位置は、ベピコロンボの2機がこれから通る軌道と重なります。つまり両機は、この放射線を実際に浴びることになります。エネルギーごと・方向ごとの粒子の測定や、電波・磁場の観測ができるので、どこでどれだけの電子が加速され、どう失われているのかを直接確かめられるはずです。逆に言えば、いつ精密機器の電源を落とし、いつ放射線測定用の機器を立ち上げるか——運用の判断材料としても、今回の結果はさっそく役に立ちます。
ちなみにベピコロンボは、2023年6月19日の3回目のフライバイで、水星の近日点付近を通過した際に電子の増加を捉えています。空間的な境界がはっきりしていて時間変動が小さいことから、捕捉された電子の集団を横切った可能性がある、と論文は書いています。ただし、このとき使われた電子観測装置の測定範囲は26 keVまでで、放射線帯の主役である100 keV超の電子は測れていません。判断には、周回軌道からの本格観測を待つ必要があります。
解釈上の留意点
まず、これは「水星の放射線帯を新たに観測した」という発表ではありません。使われたのは2015年に運用を終えたメッセンジャーの古いデータで、しかも放射線を直接測ったものではなく、別の目的の装置に現れた副次的な信号です。それを新しい解析手法とシミュレーションで読み直し、「放射線帯と呼べる構造があった」と結論した研究です。長年の論争に一つの答えが出た、という位置づけになります。
放射線帯の強さも分かっていません。間接測定なので、粒子の量やエネルギーの分布を直接押さえたわけではないからです。
マリナー10号のデータについても補足しておきます。研究チームは1974年3月29日の最初のフライバイの記録もデジタル化して照合していますが、そこで捉えられた電子の増加は、放射線帯そのものというより、磁気圏の尾で起きた注入現象だった可能性が高いと見ています。放射線帯ができ始めた瞬間だったのかもしれない、という慎重な言い方にとどめられています。
なお、論文はNature Astronomyに査読を経て掲載されたもので、オープンアクセスで全文を読めます。数値やシミュレーションの条件、解析コードも公開されているので、気になる部分は原典で確認できます。
出典
Jiutong Zhao, Ryan M. Dewey, Weijie Sun 他「Dynamic electron radiation belt at Mercury controlled by solar wind driving」Nature Astronomy(2026年7月27日公開・オープンアクセス)
https://doi.org/10.1038/s41550-026-02925-3
ミシガン大学プレスリリース「Mercury has part-time radiation belts」(2026年7月27日)
https://news.umich.edu/mercury-has-part-time-radiation-belts/
Universe Today「Mercury’s Weak Magnetic Field Periodically Traps Solar Wind」(2026年7月31日)
https://www.universetoday.com/articles/mercurys-weak-magnetic-field-periodically-traps-solar-wind
ESA「End of the blue glow: BepiColombo turns off solar electric propulsion for Mercury arrival」(ベピコロンボの到着スケジュール)
https://www.esa.int/Enabling_Support/Operations/End_of_the_blue_glow_BepiColombo_turns_off_solar_electric_propulsion_for_Mercury_arrival


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