ナチスが奪った65万点を追う——AIチャットボットと「指名手配ポスター」

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1933年から1945年にかけて、ナチス・ドイツはヨーロッパ各地で推計65万点の美術品を手に入れた。押収したものもあれば、脅して手放させたもの、売らざるを得ない状況に追い込んで買い上げたものもある。その多くは、ユダヤ人の家族や、彼らが関わる施設から取り上げられたものだった。

戦後80年が過ぎたいまも、およそ10万点が元の持ち主のもとへ戻っていないとされる。そして返還が進まない最大の理由は、情報が足りないことではない。手がかりはむしろ、大量に残っている。

問題は、それが散らばりすぎていることだ。世界中の美術館のサイト、各国の公文書館、独立した研究データベース、デジタル化された競売目録——記録はあちこちにあるのに、機関ごとに言語も、綴りの流儀も、分類の仕組みも違う。ひとりの研究者が全部を横断して調べるのは、現実的にむずかしい。

アメリカ・サンタクララ大学の研究者3人が公開した「AI Provenance Assistant(AI来歴アシスタント)」は、この散らばりに手をつけようとする道具だ。ただし、いま実際にできることの範囲は、かなり限られている。

散らばった記録という壁

美術品の「来歴(プロヴナンス)」とは、その作品が誰の手から誰の手へ渡ってきたかという所有と保管の履歴のことだ。ある絵がナチスに奪われたものかどうかを判断するには、この履歴をたどって、1933年から1945年のあいだにどこにあったのかを突き止めるしかない。

それを難しくしているのが、記録の置かれ方だ。ある家族の名前を探そうとしても、フランスの資料では綴りAで、ドイツの資料では綴りBで、戦後アメリカ側がまとめた資料ではさらに別の綴りで書かれていることがある。データベースの項目の立て方も機関ごとに違う。だから「この名字で検索する」という単純な作業が、機関の数だけやり方を変えなければ通用しない。

おまけに、記録そのものが正確とは限らない。プロジェクトを立ち上げたマイケル・サントロ氏(経営学)は、取り組んでみて初めて分かったこととして、どのデータベースでも情報が欠けていたり誤っていたりすること、しかもそれが意図的である場合すらあることを挙げている。奪う側が作った記録なのだから、当然といえば当然の話でもある。

「データの案内人」という位置づけ

サンタクララ大学リービー経営大学院のチームが作ったのは、この探しにくさを、質問の側から埋める仕組みだった。

使い方は単純で、普通の言葉で質問を書く。すると、AIがそれを検索用のコードに置き換え、さらに関連する語や別の綴り、名前の翻訳版まで自動で探しにいく。結果が出たら、なぜその記録が質問に合致するのかを、そのまま読める文章で説明して返す。ルー氏は、人間の言葉で書いた質問が自動的にコードに翻訳される点をこの仕組みの要と説明している。チームはこれを「データの案内人(データ・ドーセント)」と呼んでいる。美術館で作品を案内してくれる解説員の、データ版というわけだ。

大学の発表に、実際のやりとりの例が載っている。「ナチスの指導者たちに送られた美術品は何点か」と尋ねると、パリの拠点から指導者のもとへ渡ったと記録されているのは208点、そのうち81点はヒトラー本人に渡った、という答えが返る。18世紀イギリスの画家トマス・ゲインズバラが描いた肖像画も、その81点のなかにあった。

大事なのは、これが「AIが答えを出す」道具ではない、という点だ。ルー氏は美術メディアの取材に対し、来歴の研究者に取って代わることが目的ではなく、何十年分もの複雑な記録を、会話のかたちでたどれるようにすることが狙いだと語っている。判断するのは人間で、AIがやるのは、判断材料にたどり着くまでの時間を縮めることにとどまる。

現時点で扱える範囲

ここは正確に書いておきたい部分になる。このツールがいまつないでいるデータベースは、ひとつだけだ。

そのひとつが、ERR(アインザッツシュタープ・ライヒスライター・ローゼンベルク)の記録である。ERRは、ヒトラーの側近だったアルフレート・ローゼンベルクが率いた文化財略奪の専門組織で、パリのジュ・ド・ポーム美術館を接収し、そこを略奪品の仕分け拠点にしていた。運び込まれた作品は一点ずつカードに記録され、ドイツやオーストリアの保管先へ送り出されていった。

戦後、この記録はアメリカの国立公文書館、ドイツの連邦公文書館、フランスの外務省文書館という3か所に分かれて眠っていた。それを対独物質請求会議(Claims Conference)と米国ホロコースト記念博物館が共同で集め直し、検索できるひとつのデータベースとして2010年に公開した。ここには4万点を超える美術品の登録カードが、写真や元の記録のスキャン画像とともに収められている。散らばった記録をひとつにまとめる作業は、AIが登場するずっと前から、人の手で行われてきたことでもある。

チームが取り込んだのは、このうち推定3万点分だ。そして対象になっているのは、ドイツ占領下のフランスと、一部のベルギーでユダヤ人から奪われた作品に限られる。冒頭の65万点はヨーロッパ全体の数字なので、いまカバーできているのは、そのごく一部ということになる。

複数のデータベースを横断する構想は、あくまで次の段階だ。チームは他のデータベースにも同じ仕組みを広げたいと考えているが、実現していない。理由もはっきりしていて、資金がないからである。ルー氏は、これが資金のつかないプロジェクトで、自分たちの関心と自腹でやっていること、技術的にやり方は分かっていても資金がなくて進められないことを率直に話している。査読を通った論文もまだなく、規模を広げられたら書きたい、という段階にある。

専門家が付けた条件

このツールについて、開発に関わっていない外部の専門家がコメントしている。カリフォルニア大学バークレー校の法学者で弁護士のカーラ・シャプロー氏だ。奪われた楽器や楽譜など、音楽に関する資料の来歴を研究している人物である。

シャプロー氏の評価は、期待と条件がはっきり分かれている。AIが来歴研究の分野で大きな前進をもたらしうるという点には、最初にサイトと発表を見たときから楽観的だったという。そのうえで、AIは誤った出力をしうるのだから、出てきた結果の正しさは必ず確認すべきだと釘を刺している。

そして、今後の条件として挙げたのが、データベースが元資料のスキャン画像にリンクしていることだった。研究者が歴史的な記録そのものに直接あたって、証拠を確かめられるようにしておくこと。それが欠かせない、という指摘である。

つまり、この道具の価値は「AIが答えを出してくれる」ところにはない。原本にたどり着くまでの道のりを短くするところにある。チャットボットの返答は、その先で原本を確かめるための出発点であって、結論ではない。

オルセーが設けた展示室

同じ問題に、まったく違うやり方で手をつけている美術館もある。

パリのオルセー美術館は2026年5月5日、常設展示のなかに「これらの作品は誰のものか?」という一室を開いた。ここに並ぶのは、MNR(ムゼ・ナショノー・レキュペラシオン=国立美術館収蔵回収品)と呼ばれる作品群だ。

MNRの成り立ちには、少し説明がいる。戦後のフランスでは10万点を超える文化財が略奪されたものとして申告され、そのうち約6万点がドイツとオーストリアから取り戻された。4分の3は持ち主に返されたが、1万5000点は持ち主が分からないまま残った。その大半は1950年代初めに国が売却し、約2200点だけが「国立美術館の管理下に預ける」作品として選び出された。これがMNRである。預かった美術館には、来歴を明らかにして、返せるものは返す責任がある。

オルセーが保管しているMNRは225点。この30年で15点が返還された。残っているのは、多くは調査が現段階では来歴を突き止めきれていないからだが、なかには「盗難や略奪ではなかったと確認できたため返還の対象にならない」と分かったものも含まれる。225点すべてが行き先を探している略奪品、というわけではない。

新しい展示室では、この225点のなかから作品を入れ替えながら見せていく。開室時点で並んでいるのは13点だ。館の外にもMNRは展示されていて、そちらは紫色の専用ラベルで見分けられるようになっている。人目に触れる場所に置き続けることで、来歴につながる情報が寄せられることを期待する試みでもある。

オルレアンの「指名手配」掲示

パリの南、ロワール川ぞいの街オルレアンにあるオルレアン美術館は、もっと直球な手を打った。行方不明の絵画を、西部劇の「WANTED」ポスターに見立てて街頭の広告枠に貼り出したのだ。掲示が公開されたのは2026年7月である。

この美術館は1825年に開館し、地元の人々からの寄贈でコレクションを築いてきた。誰が何を寄贈したかは、当時の地方紙に毎週載っていたほど記録が残っている。ところが1940年6月、美術館は略奪されたうえに放火され、300点を超える絵画が失われた。

ただし、いま行方不明になっている424点は、すべてが1940年の被害というわけではない。美術館自身の説明によれば、2002年の美術館法より前によくあった慣習として作品を役所の執務室などに預けていた時期があり、そこで消えたものもある。戦争よりずっと前に、あるいはずっと後に姿を消したものも含まれている。ナチスによる略奪だけの数字ではない、という点は押さえておきたい。

目録と資料をつき合わせる地道な作業のおかげで、この2年で4点が戻ってきた。1818年の習作は、1980年代にドイツの美術市場で買ったというドイツ人夫婦が、裏面のラベルと書き込みから由来に気づいて自主的に返還した。1546年の絵は、1994年に市場に現れてボーヴェの美術館が購入していたもので、オルレアン側が1876年の目録の記述から自館の作品だと特定していた。それが30年越しで返ってきた。1935年の風景画は、1970年代に執務室から消えたあと競売に出ているところを見つけられ、2024年に戻っている。

美術館は掲示にあわせて、行方不明作品の一覧をPDFで公開している。目録や資料に残る記述を1点ずつ集め、できるかぎり細かい特徴を書き出したものだ。美術館のコレクションには時効がないので、探し続けるしかない——というのが、この取り組みに添えられた館の言葉になる。

解釈上の留意点

数字と現状について、いくつか補っておきたい点がある。

「ヨーロッパの美術品の2割が奪われた」という言い方をよく見かけるが、これは米国立公文書館が1997年に出した記事のなかの概算で、そこでも「2割を上回る」という程度の表現にとどまっている。厳密な統計ではなく、規模感を示す目安として受け取っておくのが安全だ。65万点、未返還10万点という数字も、いずれも推計である。

AI Provenance Assistantによって作品の返還が実現した、という報告は現時点で出ていない。サントロ氏自身、1点でも、ひとつの家族にでも返れば時間をかけた甲斐がある、と話している段階だ。ツールの側も、サントロ氏とルー氏がそろって「まだ途上」と認めている。

オルレアンで戻ってきた4点も、ポスターの成果ではなく、その前段にある目録の突き合わせ作業の成果である。掲示はこれから効いてくるかどうか、という位置にある。

そして、シャプロー氏が指摘した点は、この記事の内容全体にかかってくる。AIが返す結果は、原本にあたる前の入り口にすぎない。返還は最終的に法的な手続きの問題であり、証拠は歴史的な記録そのもので裏づけられる必要がある。ここを飛ばして「AIが略奪美術品を見つけた」と読むと、実態から離れてしまう。

出典

Smithsonian Magazine(2026年8月3日): To Recover Artworks Looted by the Nazis, Researchers Are Getting Creative…

サンタクララ大学(2026年7月5日): A team from Santa Clara University’s business school is working to use AI to uncover Nazi-looted art(AI Provenance Assistantへのリンクもこのページにあります)

J. The Jewish News of Northern California(2026年7月30日): How an AI bot could help retrieve Nazi-looted art

Artnet News: AI Provenance Assistant に関する報道

ERRプロジェクト: Cultural Plunder by the Einsatzstab Reichsleiter Rosenberg: Database of Art Objects at the Jeu de Paume

オルセー美術館プレスリリース: À qui appartiennent ces œuvres ?

オルレアン美術館(2026年7月10日): Wanted: Missing Paintings from the MBAO

米国立公文書館(NARA): Documenting Nazi Plunder of European Art

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