脳の大きさはゴマ粒にも満たない。そんなマルハナバチが、だれにも教わっていない解き方を自分で編み出した——という研究が、科学誌『Science』に載りました。天井にくっついて手の届かない花に、床にあるボールを転がして真下まで運び、その上によじ登って蜜を吸う。ハチがこの一連の動きを、訓練なしにやってのけたのです。
チンパンジーが箱を積んでバナナを取るような「ひらめき」に近いふるまいが、大きな脳を持たない昆虫にも見られた。小さな虫の頭の中で、思っていたよりずっと柔軟なことが起きているかもしれない、という話です。
「箱とバナナ問題」という古典
100年以上前、心理学者のヴォルフガング・ケーラーが、チンパンジーを使った有名な実験をしました。天井から吊るしたバナナに手が届かないとき、チンパンジーは近くにあった箱を運んで積み上げ、その上に乗って取ってみせた——というものです。ばらばらの道具や情報を、その場でつなぎ合わせて新しい解決策を思いつく。この力は長らく、人間やチンパンジー、カラスのなかまなど、大きな脳を持つ動物だけのものだと考えられてきました。
では、脳の小さな昆虫はどうなのか。ハチは仲間のまねをして学んだり、簡単な理屈で課題を解いたりすることが、これまでの研究でも知られていました。ただ、それらは多くの場合「解き方を教わったうえで」の話です。一度も教わっていない問題を、その場で自力で解けるのか——ここははっきりしていませんでした。
教えていない解き方の出現
フィンランドのオウル大学などの研究チームは、セイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris)を使ってこれを確かめました。ポイントは、ハチに「解き方そのもの」は一切教えていないところです。
事前にハチが覚えたのは、切り離された2つのことだけでした。ひとつは「青い花(実際は青いリング状の目印)には甘い蜜がある」ということ。もうひとつは「そばにある小さなボールは動かせる」ということです。この2つを別々に知っているだけで、「ボールを花の下に運んで踏み台にする」という組み合わせは、だれも教えていません。
それでも本番の課題——花を天井に移して手が届かなくした状態——で、多くのハチがボールを花の真下まで転がし、その上に登って蜜にたどり着きました。事前に花とボールの両方を経験していたグループでは、7割を超える(およそ4分の3の)ハチが正解に達しています。花とボールのどちらかしか知らない、あるいは両方とも知らないグループより、明らかに成功率が高いという差も出ました。

実験の組み立て
舞台は、直径10センチほど・高さ3センチあまりの小さな円い装置です。天井が低く、ハチは飛べずに歩いて移動するしかありません。中央の天井近くには、蜜を仕込んだ青い花。その真下の床には、ボールがぴったりはまる浅いくぼみが用意されています。ボールは発泡スチロール製で、大きさはビー玉くらい。ハチはこれを転がして目当ての場所まで運ぶことになります。
飛んで蜜に近づくことができないので、ハチに残された道は「ボールを踏み台にして高さをかせぐ」しかありません。とはいえ、繰り返しになりますが、その手順を教える段階は実験に含まれていません。ハチは自分で、覚えていた2つの知識を結びつける必要がありました。
偶然と「遊び」を除くための対照実験
ここで気になるのが、「たまたまうまくいっただけでは?」という疑いです。実はマルハナバチには、報酬がなくても小さなボールをただ転がして遊ぶ習性が知られています。数年前に報告された、昆虫で初めて確認された「遊び」の例です。今回の結果も、その遊びの延長でボールが偶然いい位置に来ただけかもしれません。
そこで研究チームは、花を見えなくする仕切りを入れました。ボールを動かし始める時点で花はすでに視界の外にあり、運んでいる間もずっと隠れたまま。目で花を追えない状況です。それでもハチは、正しい隠れた場所へボールを運んでいきました。目に見える手がかりに引かれて動いていたのではなく、花の位置を覚えたうえで、そこを目指して動いていたことになります。
ふるまいの中身も、偶然とは違っていました。成功したハチの多くは、まちがった場所を試してからではなく、最初から正しい場所へまっすぐボールを運んでいます。あてずっぽうに転がして当たりを探す(試行錯誤する)のではなく、狙いを定めた動きだった、というわけです。研究チームはこれを、単なる条件づけの反応ではなく、目的に向けた行動だと結論づけています。
昆虫の知能をめぐる意義
この研究が投げかけているのは、「その場で新しい解き方を思いつく力は、大きな脳を持つ動物に限られる」という長年の前提への問い直しです。ゴマ粒より小さい脳でも、別々に覚えた情報をつなぎ合わせ、初めての状況で道具を使うようなふるまいが出てくる。少なくとも今回の設定では、それが確かめられました。
今回の研究に関わっていない、カリフォルニア大学サンディエゴ校のジェームズ・ニー教授は、この点を冷静に整理しています。ハチが物を動かして足場を作るのは、もともと自然界でする行動ではない。だからこれは「野生のマルハナバチが普通にやること」ではないけれど、隠れた目的地を覚え、その目的に合わせて物を操作できることを示している、という指摘です。生まれつきの習性ではなく、状況に合わせて手持ちの知識を組み替える柔軟さのほうに、この実験の意味があるといえます。
解釈上の留意点
いくつか、前のめりになりすぎないための注意点があります。まず、この結果は「マルハナバチはチンパンジー並みに賢い」という話ではありません。ケーラーの実験と構造が似ているだけで、ハチの頭の中でチンパンジーと同じことが起きていると証明されたわけではないからです。
また、上で触れたとおり、ボール転がしはハチの遊び行動とも地続きです。対照実験でその影響はかなり抑えられていますが、「ひらめき」と呼ぶべき現象なのか、それとも既存の学習でうまく説明できるのかは、研究者の間でも見方が分かれるところです。この行動を支える意思決定の仕組みそのものは、まだ明らかになっておらず、研究チーム自身も、さらなる検証が必要だとしています。小さな昆虫の意外な一面を示す面白い結果として受け止めつつ、断定は控えめにしておくのがよさそうです。
出典
Spontaneous problem-solving in bumble bees(Science, 2026/論文)
Scientists stunned as bumble bees solve a classic intelligence test(ScienceDaily)


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