弾丸銀河団はダークマターなしでも説明できる——ボン大学の新解析

宇宙・天文
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ダークマターの「動かぬ証拠」とされてきた天体があります。弾丸銀河団(だんがんぎんがだん)です。2つの銀河団がまともにぶつかってできたこの天体は、目に見える物質だけでは説明のつかない重力のふるまいを見せる——だからそこには見えない物質、つまりダークマターが潜んでいるはずだ、と長く考えられてきました。その決定的証拠に、ボン大学が主導する国際研究チームが「ダークマターを持ち出さなくても説明できる」という新しい解析結果を突きつけた、という話です。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の新しいデータを使い直したところ、弾丸銀河団はむしろダークマターなしの理論と相性がよかった——研究チームはそう報告しています。宇宙論の土台にかかわる主張なので、何がどこまで言えているのかを落ち着いて見ていきます。

弾丸銀河団とダークマターの証拠

話は約40億年前、地球が生まれてまだ間もない頃にさかのぼります。銀河が数百個も集まった「銀河団」どうしが、秒速2,500キロを超える速さで正面衝突しました。ライフルの弾丸の何千倍という速さです。

銀河団の目に見える物質は、その大半が星ではなく星と星のあいだを満たす高温のガスです。衝突のとき、このガスどうしは摩擦でブレーキがかかり、大きく熱せられました。いっぽう銀河そのものは、星と星の間隔があまりに広いため、ぶつかることなくすれ違っていきました。結果として、ガスの雲は中央に取り残され、銀河の集団だけが左右へ抜けていく——ガスと銀河が引き離された状態になったのです。X線望遠鏡で見ると、中央の熱いガスが2つのぼんやりした染みとして写ります。

ここで奇妙なことが起きます。弾丸銀河団の向こう側にある銀河の光は、手前の大きな重力によって曲げられ、三日月のようにゆがんで見えます。アインシュタインが予言した「重力レンズ効果」——大きな質量が背後の光を曲げる現象です。ところが、質量がいちばん集まっているはずの中央のガス雲では、この曲がりがそれほど強くない。むしろ質量が少ないはずの左右の銀河集団のほうが、強くレンズを効かせている。つまり、目には見えない何かの質量が銀河集団のあたりに隠れている、と読み取れるわけです。

「この観測は、これまでダークマターが存在する証拠とみなされてきました」と、ボン大学ヘルムホルツ放射・原子核物理研究所のパヴェル・クロウパ教授は説明します。ダークマターは重力は及ぼすものの、それ以外では普通の物質とほとんど反応しないとされます。だから衝突のときガスのように摩擦で止められることがなく、銀河のほうにくっついて残った——そう考えれば、レンズ効果のずれをうまく説明できる。弾丸銀河団が「動かぬ証拠」と呼ばれてきたのは、このためです。

星の残骸という見落とされた重さ

ただし、ダークマターそのものが直接見つかったわけではありません。その存在を仮定せずに済ませる考え方も、40年前から提案されています。イスラエルの物理学者モルデハイ・ミルグロムが唱えた「修正ニュートン力学(MOND)」です。これは見えない物質を足すのではなく、重力がとても弱い場所では重力の法則そのものが少しだけ変わる、と考える立場です。ただMONDはこれまで傍流の理論とされてきました。理由のひとつが、まさにこの弾丸銀河団を説明できないと思われていたことでした。

今回の研究は、そこに切り込みました。鍵になったのは、弾丸銀河団に鉄や酸素といった重い元素が多く含まれているという事実です。天文学ではこうした水素・ヘリウムより重い元素の割合を「金属量」と呼びます。重い元素は、とても重たい星の内部でしか作られません。金属量が高いということは、この銀河団ではかつて大質量星がたくさん生まれていた、と読めます。

そして大質量星は、燃え尽きると中性子星やブラックホールになります。「ダークマターと同じように、どちらも目には見えず、およぼす大きな重力からしか存在を知ることができません」と、計算の大部分を担った張東(ちょう・とう)氏は言います。つまり、これまで勘定に入れきれていなかった星の残骸そのものが、見えない「普通の物質」として弾丸銀河団の重さを底上げしている、というわけです。

研究チームはこの効果を、星がどんな重さの配分で生まれるかを銀河全体で積み上げて見積もる「IGIMF理論」という枠組みで扱いました。この理論は、従来の標準的な見積もりよりも大質量星が多めに生まれると予測します。そのぶん、燃え尽きたあとに残る中性子星やブラックホールの重さも大きくなります。研究チームは、JWSTのくわしい観測データを使って弾丸銀河団の中心部にある3つの明るい銀河まわりの普通の物質の量を計算し直し、MONDが必要とする重さと比べました。

その結果、MONDの重力レンズが要求する質量は、IGIMF理論からはじき出した見積もりの幅にちょうど収まっていました。ポーツマス大学のインドラニル・バニク氏は、観測された重力レンズ効果を、数え直した星・中性子星・ブラックホールの重さだけで説明できることを示しています。つまり弾丸銀河団は、ダークマターなしのMONDと矛盾しない——長年MONDの弱点とされてきた天体が、逆に味方になりうる、という結論です。

ダークマターは半分でよい、あるいはゼロ

「大質量星の残骸は、MONDのシナリオではダークマターの役割をある程度肩代わりします」とクロウパ教授はまとめます。そして、たとえダークマターの存在を前提にする標準的な宇宙モデルの立場をとったとしても、「そこで仮定されるダークマターの量は大幅に——およそ半分に——減らす必要がある」と指摘します。ダークマターを完全になくせるのか、それとも量を半減させれば足りるのか。いずれにしても、これまで見積もられてきた見えない物質の量が過大だった可能性を示している、というのが研究チームの見立てです。

クロウパ教授自身は、今回の研究によってMONDシナリオがずっともっともらしくなった、と考えています。ダークマターの探索が数十年続いても実験室でその正体をつかまえられていないなかで、その決定的証拠とされてきた天体が別の説明を許すとなれば、宇宙論の議論にとっては小さくない一石です。

解釈上の留意点

もっとも、これでダークマターが否定された、と受け取るのは行きすぎです。この論文が言っているのは「弾丸銀河団という一つの天体について、ダークマターなしでも観測を説明できる」ということであって、ダークマターの存在そのものを実験で退けたわけではありません。今回の結果は査読を経て学術誌『フィジカル・レビューD』に正式に掲載されていますが、MOND自体はいまも主流の立場ではなく、多くの研究者が採用する標準モデルに取って代わったわけでもありません。

結論の土台になっているIGIMF理論——かつて大質量星が多く生まれ、その残骸が見えない重さを供給しているという前提——が、弾丸銀河団で本当に成り立っているのか。ここは今後、別のチームによる検証や、ほかの銀河団での確認が要るところです。研究チームがもともとMONDを積極的に支持してきた顔ぶれである点も、割り引いてというより、これから他の研究者がどう評価するかを見るうえで頭に入れておくとよいでしょう。ひとつの有力な証拠が揺らいだのは確かですが、天秤がどちらに傾くかは、まだこれからの観測しだいです。

出典

Dong Zhang et al., “Baryonic mass budgets in the central regions of the Bullet Cluster and their consistency with strong lensing in MOND,” Physical Review D 114, 023001 (2026).
https://doi.org/10.1103/6zrp-q7c4(arXiv: 2606.19454

ボン大学プレスリリース:Collision in space is not evidence of dark matter after all?

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