背中に赤い笑顔を描いたような、ハワイの名物クモがいます。ハッピーフェイス・スパイダー(ニコちゃん顔グモ)と呼ばれ、100年以上ものあいだ「ハワイにしかいない」と信じられてきました。ところがそっくりのクモが、ハワイから数千キロ離れたヒマラヤの森で見つかりました。しかもDNAを調べてみると、この2匹は近い親戚ではなく、まったく別々に進化した末に「たまたま似た」だけだった——という話です。
笑顔のような模様、驚くほど多彩な色のバリエーション、そしてショウガの仲間の植物との意外なつながり。研究者たちの好奇心をくすぐる材料がそろった発見でした。

ハワイ固有種という100年来の常識
まず主役のおさらいから。ハワイのハッピーフェイス・スパイダー(学名テリディオン・グララトル)は、体長数ミリの小さなクモです。半透明で黄緑がかった体の背中に、赤や黒の斑点が並び、その配置がちょうど笑った顔のように見えることから、この愛称がつきました。1900年に記載されて以来、世界でもっとも見分けやすいクモのひとつとして知られ、そしてずっと「ハワイ諸島だけに暮らす特別な存在」とされてきました。
だからこそ、同じ「笑顔」を背負ったクモがインド側のヒマラヤで見つかったことは、その前提をひっくり返す出来事でした。
ヒマラヤで見つかった「もう一匹」
見つけたのは、インドの森林研究所(デラドゥン)と地域自然史博物館(ブバネシュワル)の研究チームです。発見のきっかけは、じつは偶然でした。もともとの調査対象はアリだったのですが、共同研究者が高地で撮ったクモの写真を種の同定のために送り続けていて、そのなかの一枚——葉の裏にいたクモの画像を見た瞬間、「ハワイのあのクモにそっくりだ」と気づいたそうです。そこから本格的な調査が始まりました。
採集地はインド北部ウッタラーカンド州のマック、タラ、マンダルの3か所。いずれも標高2000メートルを超える山あいで、新種は自分たちが調査したこの山脈にちなんで「ヒマラヤ・ハッピーフェイス・スパイダー」(学名テリディオン・ヒマラヤナ)と名づけられました。
目を引くのは、色や模様のバリエーションの多さです。集めた個体からは、実に32通りもの色型(同じ種のなかで見た目が違うタイプ)が確認されました。同じ種でこれだけ多彩なのは珍しく、ハワイ種が多くの色型を持つことで有名なのとよく似ています。
DNAが示した別系統という答え
見た目がここまで似ていると、「ハワイのクモがヒマラヤに渡ったのでは」「ヒマラヤ版のハワイ種なのでは」と考えたくなります。そこで研究チームはDNAを比べました。
結果、ヒマラヤのクモはハワイ種と約8.5%の遺伝的な違いがありました。これは同じ種の地域変異では説明がつかない大きさで、別の種、別の系統だと言い切れる数字です。系統樹(生き物の家系図)の上でも、ヒマラヤ種はハワイ種とは離れた枝に位置し、むしろ北米のグループに近いことがわかりました。
つまり、背中の笑顔はハワイからヒマラヤへ「受け継がれた」ものではなく、遠く離れた別々の系統で、それぞれ独立に生まれた模様だった、というわけです。
収れん進化という現象
血のつながりが薄いのに見た目がそっくりになる——この現象を「収れん進化」といいます。まったく別の系統の生き物が、似たような環境や課題に置かれた結果、似たような形や模様にたどり着くことです。
笑顔のような模様についても、同じことが複数の場所で起きていました。ハワイ種とヒマラヤ種に加えて、南米チリのまったく別のクモにも、よく似た背中の模様が独立に現れていることが知られています。世界の離れた場所で、近縁でもないクモたちが同じ「顔」に行き着いている——収れん進化の分かりやすい実例が、またひとつ増えたことになります。
なぜこの模様なのか、その意味はまだはっきりしていません。葉の裏という、上からも下からも捕食者に狙われやすい場所で暮らすクモたちが、身を守るために似た戦略に落ち着いた、という見方はあります。ただ、あの模様が生き延びるうえでどう役立っているのかまでは、これからの課題として残されています。
ショウガ植物という共通点の謎
もうひとつ、研究者たちが引っかかっている点があります。ヒマラヤ種は、ショウガの仲間(ヘディキウム属)の植物の上でよく見つかりました。そしてハワイのハッピーフェイス・スパイダーも、ショウガと結びつけて語られることがあります。ところがショウガはハワイには自生しておらず、あとから持ち込まれた植物です。
近縁でもない2種が、そろってショウガの仲間と関わっているのはなぜか。ただの偶然なのか、それとも見えていないつながりがあるのか。研究者自身も、これは今後たしかめていくべき宿題だとしています。魅力的な問いですが、いまの段階で「深い関係がある」と結論づけられるわけではありません。
解釈上の留意点
この研究でしっかり言えるのは、「ヒマラヤのクモは新種であり、ハワイ種とは別系統で、笑顔のような模様は独立に進化した」というところまでです。ショウガとのつながりや、模様が果たす役割については、まだ推測の段階にあります。
また、新種が見つかったウッタラーカンドの現場は、交通量の多い幹線道路や野生生物保護区の近くにあり、観光や開発の影響を受ける可能性が指摘されています。保全上の位置づけはまだ正式に評価されていません。今後の調査でさらに多くの色型や、近縁種が見つかる余地もありそうです。
離れた土地で別々に生まれた「同じ笑顔」。その裏側にどんな仕組みが隠れているのかは、これから少しずつ解き明かされていく段階です。
出典
- Pensoft Blog「New “Happy-Face” Spider Species Discovered in the Indian Himalayas」(2026年5月19日)
- Tripathy A, Priyadarshini D (2026) On the discovery of a new polymorphic Happy-Face Spider (Araneae, Theridiidae) from the Western Himalayas, India, with notes on its natural history. Evolutionary Systematics 10(1): 63–84.(査読済み・オープンアクセス)
- ScienceDaily「Hawaii’s famous “happy-face” spider has a surprising relative」(2026年7月9日)


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