夜空でいちばん有名な天体のひとつ、オリオン星雲。冬の夜に肉眼でもぼんやり見えて、望遠鏡があれば誰もが一度はのぞく定番の星雲です。何百年も前から観測され、あらゆる最新機器で調べつくされてきた——はずでした。ところが、その星雲を包む大事な部分が、じつはずっと「見えていなかった」ことがわかりました。
ウィーン大学のフアン・ディエゴ・ソレルさんたちのチームが、世界最大級の電波望遠鏡を組み合わせて、オリオン星雲をとりまくガスをこれまでで最もくわしく描き出しました。すると、その殻(から)は思っていたより10倍も軽く、しかも一発の爆発でできた単純な泡ではなく、何世代もの星が作った入り組んだ構造だった——というのが今回の話です。

見慣れた星雲に残っていた「見えない部分」
私たちがふだん「オリオン星雲」として写真で見ているのは、若い星の集まり(トラペジウム星団)に照らされて赤く光る、はなやかな中心部です。でも、その明るい部分は、もっと大きな「拡張オリオン星雲」と呼ばれる領域の中にすっぽり収まっています。今回くわしく調べられたのは、その外側に広がるガスのほうでした。
カギになったのは中性水素(ちゅうせいすいそ)。電子を持ったままの、いちばんありふれた形の水素原子のことです。宇宙にもっとも多くある物質でありながら、ふつうの光ではほとんど見えません。ただ、この水素はごく弱い電波(波長21センチの電波)を出しているので、電波望遠鏡ならその分布を追いかけられます。星と星のあいだにある「見えないガス」の地図を描くのに、うってつけの手がかりというわけです。
想像より10倍軽かったガスの殻
今回いちばんはっきりしたのは、オリオン星雲を包むガスの殻の「重さ」です。これまでの研究では、殻には太陽およそ1000個ぶんの物質があると見積もられていました。ところが中性水素を測り直すと、その重さは10分の1近く——太陽100個ぶんほどしかないことがわかったのです。
殻の重さは、ただの数字ではありません。生まれたばかりの星が、風や光でどれだけ周りのガスを押しのけているか、その「効き具合」を知る手がかりになります。殻が軽いということは、星が周囲に与えている影響の見積もりそのものを見直す必要が出てくる、ということです。
さらに地図には、思いがけない構造もいくつか写っていました。大きな殻の内側に、もうひとつ膨らみつつある空洞。そこから外へ、およそ4光年ぶんも細長く伸びるガスの「突起」。こうした入り組んだ形は、この星雲が一発の爆発でぷくっと膨らんだ単純な泡ではないことを物語っています。何世代もの重い星が、風や光や爆発でくり返し周りを作り替えてきた跡だ、というわけです。
世界最大の単一皿と干渉計の組み合わせ
これだけ細かい地図を描けたのは、性格の違う2台の望遠鏡を組み合わせたからです。
ひとつは中国のFAST。直径500メートルという、一枚もののお皿型アンテナとしては世界最大の電波望遠鏡です。かつて50年以上も世界最大だったアレシボ天文台(直径305メートル)が使えなくなったいま、その存在感はいっそう増しています。もう一台はアメリカのVLA。こちらは複数のアンテナを並べて、まるで一つの巨大な望遠鏡のように働かせる「干渉計」で、細かいところを見分けるのが得意です。
広い範囲をまんべんなくとらえるFASTと、細部をくっきり見分けるVLA。この二つを合わせることで、弱くて見えにくい中性水素の電波を、これまでにない鮮明さで写し取れました。
星のでき方の理解への影響
オリオン星雲は、地球から約1350光年と、重い星が生まれている場所としては最も近くにあります。年齢はおよそ200万年と、宇宙の時間でいえば生まれたてです。だからこそ、星がどう生まれ、どう周りを作り替えていくのかを間近で観察できる「お手本」として、くり返し調べられてきました。
その一番身近なお手本ですら、まだ知らない顔を隠していたわけです。今回見えてきた入り組んだ構造は、星のでき方を再現するコンピュータのモデルにとって、答え合わせの材料になります。研究チームは、今回の手法はオリオンにかぎらず、天の川銀河のあちこちにある星の生まれる場所に応用できると考えています。「オリオンはほんの始まり」というのが、彼らの見立てです。
解釈上の留意点
この研究は査読(さどく)を経て、天文学の専門誌『Astronomy & Astrophysics』に掲載ずみです。とはいえ、いくつか押さえておきたい点があります。
まず、電波望遠鏡が直接見せてくれるのは「電波の強さの分布」であって、殻や空洞の立体的な形そのものではありません。平面の地図から立体の構造を読み取る解釈には、当然ながら幅があります。殻の重さが「10倍軽い」という結果も、測り方や前提のとり方によって変わりうる見積もりで、ぴたりと確定した数字ではありません。
また、ここで扱っているのは、写真でよく見る華やかな中心部そのものというより、その外側に広がる淡いガスの殻や空洞です。「オリオン星雲の見た目が変わった」という話ではなく、「その周りの見えにくいガスの姿が、初めてくわしく見えた」という話だと受け取るのがちょうどよさそうです。
出典・もっと知りたい人へ
ウィーン大学 プレスリリース「The ghost in Orion’s shell」:https://www.univie.ac.at/en/news/detail/the-ghost-in-orions-shell
Universe Today「Astronomers Find New Features Hiding in the Orion Nebula」:https://www.universetoday.com/articles/astronomers-find-new-features-hiding-in-the-orion-nebula
元論文(Astronomy & Astrophysics、DOI):https://doi.org/10.1051/0004-6361/202659272


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