世界中で聞こえる「謎のハム音」、正体は自分の耳の中の音だったかもしれない

科学
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夜、部屋の中でだけ聞こえる低い「ブーン」という音。外に出て音源を探しても、それらしい機械もエンジンも見当たらない。同じ部屋にいる家族には、まったく聞こえていない――。世界各地でこう訴える人がいて、その正体は半世紀ちかく謎のままでした。

この「ハム音」を調べたノルウェー科学技術大学(NTNU)などの研究チームが、体験者28人を詳しく検査した結果を報告しています。行き着いたのは、少し意外な見立てでした。多くのケースでは、外から届く音ではなく、自分の耳や聴覚の中で生まれた音を「外の音」と感じているのではないか、というものです。

世界各地で報告される「ハム音」

低くこもった「ブーン」「ゴー」という音を、はっきりした音源もないのに感じ取る人がいます。研究チームによれば、こうした音を聞くのは世界人口のおよそ2〜4%。日本の人口に当てはめれば、数百万人規模ということになります。

この音にはいくつか特徴があります。屋外ではかえって気づきにくく、建物の中、とくに寝ようとしている夜に強く感じられる。人によっては、ただうるさいだけでなく、体調をくずしたり、音というより体を伝わる振動のように感じたりすることもあるといいます。そして、同じ部屋にいる別の人には何も聞こえない、というのがこの現象のいちばん不思議なところです。

こうした報告が広く知られるようになったのは、1970年代なかばのイギリス・ブリストルでした。地元紙に「原因のわからない音が聞こえる」という手紙が相次いで届いたのが始まりです。その後、イギリスの沿岸の町やロンドン、1990年代にはアメリカ、さらにカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、ヨーロッパ各地へと報告が広がりました。数年前にはノルウェー・オスロ周辺でも同じような訴えがあったといいます。

原因として、換気設備や交通、風力発電などの機械音、あるいは波や風といった自然の音まで、さまざまな説が唱えられてきました。中には、政府機関の陰謀や宇宙人まで持ち出す説もあったほどです。それでも、決め手になる音源は見つからないままでした。

「外の音か、自分の中の音か」を分ける検査

低い音は波長が長く、遠くまで届いたり障害物を回り込んだりするため、そもそも「どこから聞こえるか」を突き止めるのがとても難しい。そこで研究チームは、音そのものを追いかけるのではなく、音を聞いている人のほうを調べるという方針をとりました。

集まったのは、原因のわからない低い音が聞こえると訴える、ドイツの体験者28人。この人たちに対して、チームは大きく2つの仮説を検証しました。

1つ目は、「この人たちは、ふつうの人には聞こえない低い音を、耳がいいせいで拾っているのではないか」という仮説です。実際に測れる低周波の音を、人より敏感に聞き取れる人はいます。ところが検査の結果、低い音への聞こえの良さが平均より優れていたのは28人中2人だけ。大多数は、特別に低音がよく聞こえる耳をしているわけではありませんでした。

2つ目は、耳の内側そのものが音を出しているのではないか、という仮説です。じつは耳の奥にある蝸牛(かぎゅう=音を電気信号に変える器官)は、それ自体がごく小さな音を出しています。ふだんは誰にも聞こえませんが、ごく一部の人はこの「耳から出る音(耳音響放射)」を実際に聞き取れて、しかもその音は機械で客観的に測れます。もし体験者がこれを低い音として聞いているなら、測定に引っかかるはずです。ところが、こちらも答えは「ノー」でした。

残った説は「低周波の耳鳴り」

2つの仮説がどちらも大多数には当てはまらなかったことで、残ったのが3つ目の見立てです。それは、機械では測れない音――つまり耳鳴りの一種ではないか、というものでした。

耳鳴りは、外に音源がないのに、耳や頭の中で音が鳴っているように感じる現象です。「キーン」という高い音を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、研究チームが考えているのは、それが低い周波数で起きているケースです。実際、参加者が自己申告したハム音の周波数は、中央値でおよそ50ヘルツ。ピアノでいえば、いちばん低いあたりの、腹に響くような低音です。

耳鳴りは一時的なこともあれば、ずっと続くこともあります。そして最初のうちは、多くの人がその音を「まわりから聞こえてくる音」だと思い込みます。ところが場所を変えても音がついてくることで、ようやく「これは外の音ではないらしい」と気づく。ハム音を訴える人の体験は、この耳鳴りの感じ方とよく重なります。つまり、外から聞こえていると思っていた音の正体は、自分の聴覚の中から生まれた音だった――多くのケースでは、そう考えるのがいちばん筋が通る、というのが今回の結論でした。

生活とのつながり

この見立てが正しければ、ハム音に悩む人にとっては受け止め方が変わってきます。近所の設備や見えない音源を探し続けるより、耳鳴りとして向き合ったほうが、対処の糸口が見つかるかもしれないからです。もちろん自己判断は禁物で、気になるなら耳鼻科や聴覚の専門家に相談するのが確実です。

研究チームがこのテーマに取り組んだ背景には、もっと大きな問いもあります。私たちが「聞こえ」について知っていることの多くは、比較的高い音を対象に調べられてきたもので、低い音や、耳では感じにくい超低周波の音を、体がどう処理しているのかはまだよくわかっていません。近年は換気設備や風力発電などから出る低周波音への関心も高まっており、その影響をきちんと評価するためにも、まず低い音の聞こえ方を理解することが土台になる、というわけです。

解釈上の留意点

いくつか気をつけたい点があります。まず、今回の参加者はドイツの28人と少人数で、この結果だけですべてのハム音を説明できるわけではありません。研究チーム自身も、外に実在する音が原因のケースを否定してはいない、と明言しています。あくまで「多くのケースでは低周波の耳鳴りが関わっているのではないか」という段階の話です。

また、標準的な聴力検査では、たとえば50ヘルツと51ヘルツのようなごくわずかな差までは拾いきれません。そうした極端に狭い範囲だけ敏感に聞こえる人がいる可能性も、研究チームは限界として挙げています。原因はおそらく一つではなく、人によって事情が違う――そう理解しておくのがよさそうです。

なお、この研究は2026年3月に学術誌『PLOS One』に査読を経て掲載され、誰でも全文を無料で読めます。

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