いちばん近いブラックホールへ、1グラムの探査機を送れるか

科学・宇宙
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太陽系の近所にブラックホールがあるなら、探査機を飛ばして間近で見てくればいい——そんな構想を、まじめに検討した論文が出ました。運ぶのは重さ1グラムほどのチップ。それを薄い帆にくくりつけ、地上から強力なレーザーを当てて、17分で光速の3分の1まで加速する。片道でおよそ60〜75年、データが地球に届くまで含めると80〜100年かかる計算です。

提案しているのは、中国・復旦大学のコジモ・バンビ氏。ブラックホール研究を専門とし、この構想を数年かけて具体化してきた人です。今回の論文は、2026年6月にイタリア・パレルモで開かれた研究会での講演をまとめたもので、arXivに公開されています。

遠隔観測の限界

なぜわざわざ行く必要があるのか。ブラックホールは、いま宇宙で見つかっているなかで最も強い重力を作り出している天体です。アインシュタインの一般相対性理論が「極端に強い重力のもとでも正しいのか」を確かめるには、これ以上ない実験場になります。

ただし、地球から眺めているだけでは分かることに限りがあります。ブラックホールそのものは光を出さないので、周りに落ち込んでいくガスの光を手がかりに、間接的に性質を推し量るしかありません。そのガスの振る舞いは複雑で、理論モデルにも簡略化が入ります。結果として、測定の精度をどこまで上げても、ガスの側の不確かさに頭を押さえられてしまう。バンビ氏の出発点はここにあります。近づいて直接測れば、その壁を回り込める、というわけです。

最も近いブラックホールの推定

問題は、行き先が見つかっていないことです。

いま分かっているなかで地球にいちばん近いブラックホールは、へびつかい座の方向にある「Gaia BH1」。距離はおよそ1560光年です。この天体が見つかったのは、すぐそばを回る星の動きがわずかに引っぱられていたからで、いわば連れ合いの挙動から居場所が割れた形になります。

一方で、銀河系には重い星が寿命の最後につぶれてできたブラックホールが1億個から10億個ほどあると見積もられています。そして今回の論文によれば、そのうち92%は伴星を持たない単独のブラックホールです。連れ合いがいないということは、動きから居場所を割り出す手がかりもないということで、そうした天体は事実上まったく見えません。近くにあっても気づけない、という状態がずっと続いてきたわけです。

そこで統計から攻めます。論文の見積もりでは、恒星質量のブラックホールはおよそ5万立方光年あたりに1個という密度で散らばっています。この割合をそのまま太陽系の周りに当てはめると、まだ見つかっていないブラックホールが地球から20〜25光年のところにあってもおかしくない、という数字が出てきます。25光年というのは、七夕の織姫星として知られるベガとほぼ同じ距離です。宇宙のスケールでいえば、たしかにご近所と呼べます。

なお、その距離にあったとしても太陽系に影響を与えることはありません。ブラックホールは同じ質量の星より強く引っぱるわけではなく、離れていれば普通の星と同じようにただ静かに漂っているだけです。

見えない天体の探索手法

では、どうやって探すのか。単独のブラックホールでも、まったく無音というわけではありません。星と星のあいだに漂うガスを少しずつ吸い込むとき、そのガスは落ち込みながら熱を持ち、電磁波を出します。その微かな光をとらえよう、という発想です。

ただし、これは場所を選びます。太陽系から15パーセク(約50光年)の範囲を見ると、体積の8〜9割以上は非常に薄くて熱いガスで占められていて、残りの1〜2割に、少し密度のある「温かい雲」が15個ほど固まって存在しています。もしブラックホールがその雲の中を通っていれば、吸い込むガスの量が増えて、いまの、あるいは近い将来の観測装置でも拾える強さの信号になる。逆に雲の外を漂っていると、吸い込む量が足りず信号が弱すぎて届かない——そういう見通しです。

つまり、探し方はすでに具体的な形になっていて、あとは運の要素も含めて実際に見つかるかどうか。バンビ氏自身は、観測技術の進み方を踏まえれば10年ほどで近くの1個を特定できてもおかしくない、と述べています。

光の帆による加速

行き先が決まったとして、次はどう行くか。

ロケットは最初から選択肢に入りません。燃料を積めば積むほど重くなり、その重さを運ぶためにまた燃料が要る——「ロケット方程式の圧政」と呼ばれるこの悪循環のせいで、化学燃料の推進では数光年先へ行くだけで数千年かかってしまいます。

代わりに使うのが、レーザーで押す光の帆です。光には、当たった物体をわずかに押す力があります。一発ずつは無視できるほど小さいものの、極端に軽い物体に、極端に強い光を当て続ければ、実用になる推進力になる。この原理で動く探査機が「ナノクラフト」です。

構成は単純で、部品はふたつしかありません。ひとつは重さ1グラムほどのウェハー(半導体チップ)で、ここに演算装置、姿勢制御、観測機器、通信装置がすべて詰め込まれます。もうひとつが、それを引っぱる10平方メートルほどの帆。素材には、光を効率よく反射するように設計された誘電体メタマテリアル(人工的に作った微細構造を持つ材料)が想定されています。

この組み合わせに、地上の巨大なレーザー装置から光を浴びせ、17分で光速の3分の1——秒速およそ10万キロメートルまで加速します。17分で秒速10万キロという加速は、地球の重力のおよそ1万倍にあたります。人が乗るどころか、普通の機械なら跡形もなくつぶれる強さです。探査機が1グラムのチップでなければならない理由は、ここにもあります。

片道80〜100年のミッション設計

加速には巨大なレーザーが使えても、減速には使えません。目的地に着いたとき、探査機を止める手立てはないのです。だからこれは、周回でも着陸でもなく、猛スピードで脇を通り抜けるだけの一瞬の観測になります。すれ違いざまに測れるだけ測り、そのデータを地球へ送り返す。それで終わりです。

時間を数えてみます。光速の3分の1で進むので、20光年先なら約60年、25光年先なら約75年。到着してデータを送り出しても、電波が地球に届くまでにさらに20〜25年かかります。合わせて80年から100年。計画を立ち上げた技術者や研究者は、まず結果を見られません。

それでも測る価値があるとされるのは、地球から絶対に得られない種類のデータが手に入るからです。たとえば探査機を複数まとめて送り、1機がより内側を通り抜けながら一定の信号を出し続け、もう1機が外側からそれを受け取る。強い重力のもとで時間の進み方がどれだけ変わるかを、理論を介さずそのまま測れます。ブラックホールに本当に事象の地平面(そこを越えると光さえ戻ってこられない境界)があるのか、その周りでも地上の実験室と同じ物理法則が成り立っているのか。いまは望遠鏡越しの推論でしか答えられない問いに、直接手が届きます。

技術的な隔たりと国際的な動き

ここまでの話は、現在の技術ではひとつも実現できません。数十年にわたって光速の3分の1で飛び続け、なお壊れず、20光年の距離を越えて意味のあるデータを送り返せる1グラムのチップは存在しません。それを押し出せる規模のレーザー装置もありません。そもそも狙うべきブラックホールが見つかっていません。

近い発想の先行例だったブレークスルー・スターショット計画も、順調とは言えない状況です。ケンタウルス座アルファ星へ光の帆でナノクラフトを送る構想として2016年に1億ドルの資金とともに始まりましたが、2025年9月、実際に使われたのは450万ドルほどで無期限の休止に入っていると報じられました。

それでもバンビ氏は、どの課題も原理的に越えられない壁ではなく、工学の積み上げの問題だという立場をとっています。必要な技術は今後20〜30年で手が届くかもしれない、という見通しです。実際、観測機器・通信・科学目標のそれぞれについて検討グループが作られ始めていて、この構想をテーマにした国際会議が2027年の夏に予定されています。そこで設計図が完成するわけではありませんが、課題をひとつずつ具体的な検討課題に落としていく段階には入った、ということです。

解釈上の留意点

いくつか押さえておきたい点があります。

まず、今回の論文はarXivに公開された査読前のプレプリントで、内容としては研究会での講演をまとめたものです。ただし、この構想の中核部分は2025年に査読誌『iScience』に掲載されているので、審査をまったく経ていない主張というわけではありません。

次に、これは「発見」でも「計画の決定」でもありません。もし条件がそろえば実現しうるか、という実現可能性の検討であって、どこかの宇宙機関が採用したミッションではないという点は、記事の見出しだけを見ると取り違えやすいところです。

そして、この構想の土台になっている「20〜25光年先にブラックホールがあるかもしれない」という数字自体が、星の分布モデルから導いた大まかな推定にすぎません。バンビ氏自身、この見積もりには大きな不確かさがあると明記しています。実際に見つかった天体は、いまのところ一つもありません。

そのうえで面白いのは、この構想が「行けたらいいな」という願望ではなく、必要な帆の面積、加速にかかる時間、到達までの年数、データが戻る時期まで、数字として並べられている点です。足りないものがはっきりしていれば、どこから手をつけるかも決まります。近所にブラックホールを一つ見つけること——最初の一歩は、望遠鏡の仕事です。

出典

A Space Mission to Earth’s Nearest Black Hole: Reality or Science Fiction?(C. Bambi, arXiv:2607.10982/査読前プレプリント)

An interstellar mission to test astrophysical black holes(C. Bambi, iScience 28, 113142, 2025/査読済み論文)

Could We Send a Spacecraft to a Black Hole?(Universe Today)

Research(コジモ・バンビ氏の研究グループ公式ページ)

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