茨城県から岐阜県までニュートリノを飛ばすT2K実験。その途中に置かれた検出器のひとつは、約2トンの中身が、およそ200万個の小さな立方体と6万本の光ファイバーでできています。粒子がどこを通ったかを細かく知るために、材料そのものを細かく刻んでいるからです。
スイスの研究チームは、これを透明なプラスチックの塊ひとつと、その脇に置いたカメラに置き換えられるのではないか、と提案しました。試作機はすでに動いています。
検出器を刻んで作る方式の限界
素粒子の実験でよく使われるのが、シンチレータ(荷電粒子が通り抜けると小さく光る材料)です。プラスチックや液体でできていて、粒子が通ると目に見える波長の光をわずかに出します。
問題は、その光がどこで出たのかを知る方法です。長く使われてきたのは、材料そのものを細かい区画に分けるやり方でした。一つひとつの区画が画面の画素にあたり、区画ごとに光ファイバーをつないで、外側に並べた光センサーまで光を運びます。どのファイバーが光ったかを見れば、粒子がどこを通ったかがわかる、という理屈です。
この方法は素直で確実な代わりに、細かくするほど部品が増えます。冒頭のT2Kの検出器で立方体が200万個、ファイバーが6万本。CERNのLHCbやポール・シェラー研究所のMu3eでは、髪の毛ほどの細いシンチレーティングファイバーを何百万本も束ねて、1ミリを下回る分解能を出しています。

ここで効いてくるのが、分解能と部品点数が一蓮托生になっているという構造です。もっと細かく見たければ、もっと刻むしかない。もっと大きな検出器がほしければ、部品数はさらに増える。読み出しの電子回路もその数だけ要ります。組み立ての手間と費用が、そのまま検出器を大きくするときの壁になっていました。
塊ひとつとカメラという構成
チューリッヒ工科大学(ETH)とローザンヌ連邦工科大学(EPFL)の共同チームが提案したのは、この前提そのものを外す構成です。シンチレータは刻まない。大きな塊のまま置いておく。そして塊の外側にカメラを向けて、中で光った場所を計算で割り出す。
この検出器の構想には、PLATON(プラトン)という名前がついています。
つまりこの提案は、分解能を上げる仕事を、材料の機械加工から計算のほうへ移したものです。区画を細かくする代わりに、光の届き方を読み解いて位置を出す。部品を増やさずに精度を上げる道が、そこで初めて開きます。

光の来た方向まで記録する仕組み
要になっているのが、プレノプティックカメラ(ライトフィールドカメラ)です。普通のカメラは、センサーのどこにどれだけの明るさの光が届いたかを記録します。ただ、その光がどの向きから飛んできたかという情報は、そこで失われます。
ライトフィールドカメラは、対物レンズとセンサーのあいだにマイクロレンズアレイ(ごく小さなレンズを格子状に並べたもの)を挟みます。一つひとつの小さなレンズが、少しずつ違う角度から同じ場面を写す小型カメラとして働くので、明るさに加えて光の向きも記録できます。原理そのものは1908年に提案されていて、十年ほど前には「撮ったあとでピントを変えられるカメラ」として市販されたこともありました。

ただし、シンチレータの中の光は極端に少なく、一つの事象で数個の光子しか届かないこともあります。普通のイメージセンサーでは何も写りません。そこで組み合わせたのが、SPADアレイ(単一光子アバランシェダイオード。光子1個で反応する画素を並べたもの)です。
この組み合わせが効くのには、もう一つ理由があります。SPADアレイは一般的な半導体チップと同じ技術で作られていて、読み出し回路がチップの中に組み込まれています。だから数百万画素あっても、外へ出るデータ線は1本で足ります。区画ごとに配線を引き出さなければならない従来型と、配線の増え方がまったく違うわけです。
あとは逆算です。光子が1個検出されるたびに、どのマイクロレンズを通ってどの画素に当たったかがわかります。そこから光線を逆向きにたどっていくと、複数の光線がシンチレータの中の一点に向かって集まる。そこが光の出どころ、つまり粒子が通った場所です。
試作機で確認できた範囲
チームはこの構想を確かめるため、EPFLが開発したSwissSPAD2というセンサーに、Raytrix社が設計したマイクロレンズアレイを組み合わせた試作機を作りました。
まず、直径50マイクロメートルの穴を光らせた点光源を、精密ステージで168か所に動かしながら位置を再現させています。結果は、奥行き方向で2.2ミリ、横方向で0.9ミリ、3次元の総合で2.4ミリ。
次に、5センチ角のプラスチックシンチレータの上にストロンチウム90を置き、そこから出てくる電子(最大で1.5メガ電子ボルト)を捉えました。熱による誤検出を減らすため装置全体をマイナス5℃まで冷やし、複数の光子が写っていそうなコマだけを選び出したうえで、4つの事象について発光位置を再現できています。位置のずれは20ミリ以内でした。
数字を並べただけだと物足りなく見えるかもしれませんが、この試作機はかなりの悪条件で動いています。組み立てのときに接着剤がマイクロレンズアレイにはみ出して使える範囲が狭まっていること、レンズが暗めで光を集めきれないこと、シンチレータを近づけすぎてピントが合っていないこと。それでも実測とシミュレーションの結果が一致したので、設計の見通しが立ったというのが、この段階の意味です。
シミュレーションが示した到達点
その見通しをもとに、改良版の設計でどこまでいけるかを計算で調べたのが論文の後半です。10センチ角のシンチレータの直交する2面に、それぞれ4台ずつ、合わせて8台のカメラを向ける構成を想定し、T2Kのニュートリノビームが当たったときの反応を丸ごと再現させています。
ここで後処理に使われたのが、トランスフォーマーという種類のニューラルネットワークでした。大規模言語モデルが文章を扱うのと同じ仕組みです。検出された光子1個ずつを「トークン」(言語モデルが文章を刻んで扱う単位)として並べ、センサー上の座標・通過したマイクロレンズ・センサーの識別番号を持たせて、まとめて読ませる。散らばった光子どうしの関係を、注意機構でつかませようという設計です。
その結果、粒子の飛跡は平均でおよそ190マイクロメートル、髪の毛2〜3本を並べた程度の精度で再現できました。ニュートリノが反応した点そのものの位置は0.42ミリ。ミューオン1個と陽子1個が出る典型的な反応では、選び出す効率も正しさもどちらも92パーセント。陽子が2個出る難しいほうでも、純度90パーセント・効率78パーセントという数字が出ています。
1メートル角まで大きくした場合も調べられました。1台あたり約400万画素のカメラを800台、合計およそ32億画素で囲む構成です。この規模では点光源での評価にとどまりますが、1メガ電子ボルト相当のエネルギーで3.7ミリ、10メガ電子ボルト相当なら1.5ミリ。刻んで作る従来型のプラスチックシンチレータ検出器と、すでに肩を並べる水準です。
ちなみに、マイクロレンズを外した普通のカメラを同じ数だけ並べた場合も比較されていて、1メートル角の規模では4倍ほど精度が落ちました。マイクロレンズアレイが効いているのは、検出器が大きくなるほどということになります。
PET装置への応用
この方式が向いているのは、素粒子実験だけではありません。「弱い光がどこから出たかを3次元で特定する」という課題は、医療の画像診断でもそのまま出てくるからです。
研究チームが具体的に狙っているのがPET(陽電子放出断層撮影)です。ごく微量の放射性薬剤を体内に入れ、そこから出る信号を捉えて臓器や組織のはたらきを画像にする検査で、装置の中身はやはりシンチレータと光センサーでできています。チームはPETへの応用について、装置の構成と画像処理の方法を含む3件の特許をすでに出願しました。全身を一度に高い分解能で撮るPETにつながる、という見立てです。
論文の締めくくりでは、このほかに中性子ラジオグラフィー、宇宙線ミューオンを使った透視、陽子CTなども応用先として挙げられています。素粒子物理で生まれた技術が医療や産業に流れ込んだ例は、World Wide Webから陽子線治療まですでにいくつもあります。
解釈上の留意点
- 実機で確かめられたのは、点光源とストロンチウム90の電子まで。ニュートリノを捉えたわけではなく、その部分はすべてシミュレーションによる予測である。
- 1メートル角の規模については、計算資源の都合でニュートリノ反応の再現までは行われていない。点光源での評価にとどまる。
- 液体アルゴンを使った検出器はすでにキロトン級の巨大な体積で3次元の飛跡を追えている。PLATONが同じ規模まで拡張できるかは、これから示す必要がある。ただし応答が速く、大がかりな冷却設備が要らない点では有利だとされる。
- 論文は査読を経てNature Communicationsに掲載されており、プレプリントではない。全文が無料で読める。
- 解析に使われたコードは、知的財産の保護のため現時点では公開されていない。
出典
原論文(オープンアクセス・全文無料):An ultrafast plenoptic-camera system for high-resolution 3D particle tracking in unsegmented scintillators(Nature Communications, 2026年3月21日)
チューリッヒ工科大学 物理学科のニュース:Neutrinos caught on camera(2026年4月22日)
ローザンヌ連邦工科大学(EPFL)のニュース:Neutrinos caught on camera
やさしめの紹介記事:Scientists built a camera that can track invisible particles in 3D(ScienceDaily)


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