コウモリはなぜウイルスで死なないのか——抗体をつくる仕組みが「二重」だった

生物学
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エボラやコロナのように、人がかかれば重い病気になるウイルスを体内に持ちながら、コウモリ自身はほとんど症状を出さない。この長年の謎について、抗体をつくるための遺伝子のかたまりが「二組」ある種がいた、という報告が出ました。哺乳類でこの構成が見つかったのは初めてです。

テュレーン大学とスタンフォード大学、米疾病対策センター(CDC)などの共同チームが、26種のコウモリのゲノムを調べた結果で、2026年7月29日付の学術誌 Science Advances に掲載されました。

コウモリの免疫をめぐる長年の謎

コウモリは、哺乳類のなかでも群を抜いて多くのウイルスを保有していることが知られています。それでいて、自分自身は重い症状を出さないことが多い。この「持っているのに平気」という組み合わせが、免疫の研究者を長く悩ませてきました。

これまでに分かってきたことの多くは、自然免疫——生まれつき備わっていて、相手を選ばず素早く働く防御——の側の話でした。インターフェロンの出方が独特であるとか、炎症を強く起こしにくいとか。一方の獲得免疫、つまり出会った相手を覚えて狙い撃ちする側の仕組みは、ほとんど手つかずのままでした。

コウモリの血液を調べて抗体の有無を確かめる調査自体は、世界中で行われています。どの地域のどの種が、どのウイルスに接触したことがあるのかを推定する材料になるからです。ただ、その抗体がどんな遺伝子から、どうやって作られているのかという足元の部分は、ごく一部の種でしか調べられていませんでした。

抗体の骨組みをつくる遺伝子の並び

抗体はY字形をしたタンパク質で、二本の重鎖(じゅうさ)と二本の軽鎖(けいさ)が組み合わさってできています。Yの先端が相手を認識し、根元側が「見つけたあとどう処理するか」を決める。重鎖はその骨組みにあたります。

重鎖をつくる遺伝子は、ゲノムの一か所にまとまって並んでいます。このまとまりを遺伝子座(いでんしざ)と呼びます。中身はV・D・Jという三種類の部品の遺伝子が何十個も列をなしていて、抗体をつくる免疫細胞(B細胞)が育つときに、そこから一つずつ選んでつなぎ合わせる。組み合わせの数が膨大になるので、限られた遺伝子から何億通りもの抗体を作り分けられます。

ヒトもマウスもイヌもクジラも、この重鎖の遺伝子座は一か所だけです。軽鎖のほうはカッパとラムダの二種類がありますが、重鎖は例外なく一つ。それが哺乳類の常識として教科書に書かれてきました。

別々の染色体で見つかった二組目

研究チームが目を向けたのは、ヒナコウモリ科(学名 Vespertilionidae、英語ではベスパーバット)というグループです。コウモリのなかで最も種数の多い科で、500種を超えるとされ、南極大陸を除くすべての大陸に分布しています。日本の街で夕方に飛びまわっているアブラコウモリ(イエコウモリ)も、この科の一員です。

なかでも詳しく調べられたのが、北米に広く分布するオオクビワコウモリ(Eptesicus fuscus)でした。長いDNA断片をそのまま読める方式で解読された、質の高いゲノム配列が使えるようになっていた種です。

その配列をたどっていくと、重鎖の遺伝子座が二か所ありました。しかも同じ染色体に並んでいるのではなく、5番染色体と24番染色体という、まったく別の場所です。片方(A座)は27万2000塩基、もう片方(B座)は91万8000塩基と大きさも違い、それでいて両方に、IgM・IgD・IgG・IgE・IgAという五種類の定常領域の遺伝子が一つずつそろっている。どちらも単独で機能する完全なセットでした。

この領域は似た配列が延々と繰り返される場所で、ゲノムを組み立てるときに間違いが起きやすいことで知られています。そのため研究チームも、最初は解読の失敗を疑ったといいます。それでも当時スタンフォード大学の大学院生だったテイラー・パーセル氏が、これは実験上の不具合ではなく本当に起きていることだと主張し、追究が始まりました。フランク氏は Live Science の取材に、同じような構成を見たことがある脊椎動物は魚類だけだと語っています。

二つの遺伝子座に見られた役割の違い

興味深いのは、二つが単なるコピーではなかったことです。

大きいほうのB座には、相手を認識する部分を作るV遺伝子が99個並んでいて、そのうち48個が使える状態にありました。小さいA座のほうは33個中27個。部品の品揃えという点では、B座のほうがはるかに豊富です。

ところが、実際にB細胞が使っている抗体の配列を調べると、まだ相手に出会っていない細胞ではA座のほうが3倍以上多く使われていました。B細胞が育つときにまずA座を試し、そこでうまく組み上がらなかったときにB座へ移る——比率からは、そういう順番が読み取れます。

もっと大きな違いが出たのは、感染してからの作り込みのほうでした。B細胞は相手に出会ったあと、自分の抗体遺伝子に細かい変異を入れ、より強く結合する型を選び出していきます。体細胞超変異(たいさいぼうちょうへんい)と呼ばれる仕組みで、獲得免疫が「よく効く抗体」に育っていく肝の部分です。この変異の入り方が、A座では明らかに活発でした。抗体の種類を切り替えるクラススイッチ(IgMからIgGやIgAへの乗り換え)も、A座のほうがよく起きていました。

つまり、部品の品揃えが豊富で広く浅く構えるB座と、部品は少ないけれど出会ってから作り込んでいくA座。既製品を並べた棚と、注文を受けてから仕上げる工房が、一頭のコウモリのなかに同居しているような構図です。

役割分担は、抗体の使いどころにも表れていました。口や腸の表面という、外界と接する最前線を守るIgAは、ほとんどがA座から作られていたのです。

ゲノム解析と一細胞解析による裏づけ

配列の上に二組並んでいるだけでは、両方が本当に使われているとは言えません。片方は化石のように残っているだけ、という可能性もあります。

そこでチームは、オオクビワコウモリの脾臓(ひぞう)から取り出した細胞を一個ずつ分け、それぞれで遺伝子がどう使われているかを読む解析にかけました。4頭分、6万2747個の細胞。そこからB細胞の系統を選び出し、抗体の配列を組み立てて、どちらの遺伝子座から来たものかを一つずつ判定していきます。

結果、両方の遺伝子座が実際に使われていました。しかも、一個の細胞が両方から抗体を作ってしまう例はほとんどありません(2%ほどで、これは解析上のノイズで説明がつく範囲)。細胞ごとに一種類の抗体だけを作るという免疫の原則は、遺伝子座が二組あってもきちんと守られていたことになります。

混線もありませんでした。組み立てられた抗体の95%以上で、V遺伝子とJ遺伝子が同じ遺伝子座から来ています。二つの系統は、それぞれ独立して動いているようです。

そして26種のゲノムを横並びで比べたところ、この重複はヒナコウモリ科の広い範囲で共有されていました。種どうしの系統関係と、遺伝子座の系統関係がきれいに対応していたことから、この科の祖先で一度だけ重複が起き、そのまま受け継がれてきたと考えられています。

小さなゲノムに保たれた重複

この発見が印象的なのは、コウモリが「ゲノムを小さくしてきた動物」だからです。

空を飛ぶ動物は体のつくりを軽く効率よくする方向に進化しやすく、ゲノムのサイズも小さくなる傾向があります。鳥がそうですし、コウモリのゲノムもほかの哺乳類より小さめです。実際、今回調べたオオクビワコウモリは軽鎖のほうではカッパ座を失っていて、ラムダ座しか残っていませんでした。鳥と同じ状況です。

減らす方向に圧力がかかっているなかで、重鎖の遺伝子座だけは二組そろえて手放していない。研究チームは、そこに見合うだけの利点があったのだろうと見ています。

今後の研究への広がり

すぐ何かに応用できる話ではありませんが、いくつか気になる筋道が示されました。

一つは、これまでの血液検査のとらえ直しです。コウモリのウイルス保有状況を調べる調査は世界中で行われていますが、そこで使う検出試薬が、二つのうち片方の抗体しか拾えていない可能性がある。研究チームは、こうした実験道具の見直しが必要になると指摘しています。もしそうなら、これまで積み上げられてきた数字は、実像の一部を見ていたことになります。

もう一つは、ワクチンや感染実験との組み合わせです。実際にウイルスを与えたときに二つの系統がどう動くのかは、まだ調べられていません。ここが分かってはじめて、二組あることがウイルスへの強さに本当につながっているのかを確かめられます。

研究に加わっていないワシントン州立大学のマイケル・レトコ氏は、部品の多様さが最初から確保されていることで、感染の初期から速く効果的に反応できるのではないか、という見方を示しています。同じく外部のオクラホマ大学のダニエル・ベッカー氏は、世界中に分布しているこの科について、もっと免疫の研究が必要だという趣旨のコメントを寄せました。レトコ氏はもう一点、コウモリに腫瘍やがんが少ないことにも触れていて、独特な免疫の仕組みがそこに関わっている可能性にも関心を示しています。

解釈上の留意点

まず、これでコウモリがウイルスに強い理由が解明されたわけではありません。フランク氏自身が、この発見はパズルの重要な一片ではあるものの、コウモリがなぜ優れたウイルスの宿主なのかを完全に説明するものではない、という趣旨を明言しています。体温が高いことや、幹細胞の働きが独特であることなど、ほかにも候補は挙がっています。

二組の遺伝子座が実際に抵抗力を高めているかどうかも、まだ仮説の段階です。ゲノムの構造と、平常時のB細胞の使い方までは押さえられましたが、ウイルスにさらされたときの挙動は今後の課題として残っています。

データ上の制約もあります。B座を使っている細胞の数がもともと少ないため、そこにどんな選択がかかっているかを統計的に評価する力が弱くなった部分がありました。野生の個体どうしで遺伝子にどれくらい違いがあるのかも、まだ地図が描けていません。

範囲にも注意が必要です。この重複が見つかったのはヒナコウモリ科で、1400種を超えるコウモリ全体に当てはまる話ではありません。同じ科のなかにも、重複が確認できなかった種があります。

そして、ヒトの医療にそのまま持ち込める段階ではまったくありません。

最後に一つ。コウモリはウイルスがらみの話題で名前が出ることが多いのですが、夜のあいだに大量の昆虫を食べ、熱帯では花の受粉や種子の運び手としても働いている動物です。フランク氏も、何百万年もウイルスと付き合いながら生き延びてきた相手からは学ぶべきで、生き延びたことを理由に悪者にするのは違う、という趣旨のことを述べています。今回の研究は、その「学ぶ」側の入り口にあたる話です。

出典

論文(オープンアクセス):”Immunoglobulin heavy chain locus duplication in bats”、Science Advances 2026年7月29日、Vol.12 Issue 31、DOI 10.1126/sciadv.aeb6714:science.org

著者版の原稿(無料で全文が読めます。遺伝子座のサイズや遺伝子数などの詳しい数値はこちらで確認できます):NSF Public Access Repository

研究者への取材にもとづく解説記事:”A unique antibody system may help explain bats’ unusual tolerance of viruses”(Live Science・2026年7月30日):livescience.com

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