星形の脳細胞が出す分子で、加齢とアルツハイマーの認知低下がやわらぐ

医学・健康
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脳の中で神経細胞(ニューロン)を陰から支えている「アストロサイト」という星の形をした細胞があります。この細胞が出す「hevin(ヘビン)」という分子を増やしてやると、加齢で衰えたマウスと、アルツハイマー病モデルのマウスの両方で、認知テストの成績が持ち直した——ブラジルの研究チームがそんな結果を報告しました。

これまで記憶や認知の研究は、情報を処理する主役であるニューロンに目が向きがちでした。今回の研究は、その主役を支える裏方の細胞に手を入れることで認知の衰えをやわらげられる、という道すじを示しています。

アストロサイトという裏方への注目

脳には、ニューロンのほかにグリア細胞と呼ばれる支援役の細胞がたくさんあります。アストロサイトはそのなかでも代表的なもので、名前のとおり星のように枝を伸ばし、ニューロンに栄養を届けたり、神経のつなぎ目(シナプス)の働きを整えたりしています。

hevinは、このアストロサイトが分泌するタンパク質のひとつです。もともとシナプスを作るのを助ける分子として知られていて、脳の配線を組み替える「神経の可塑性」に関わっています。研究チームが公開データを調べたところ、アルツハイマー病の患者の脳では、同じ年ごろの健康な人に比べてhevinの量が減っていることが分かりました。加齢やアルツハイマー病で認知が衰える背景に、この分子の不足が絡んでいるのではないか——そこが研究の出発点になっています。

hevinを増やして起きたこと

研究チームは、記憶に深く関わる脳の部位「海馬」のアストロサイトで、hevinをふだんより多く作らせました。すると、アルツハイマー病モデルのマウスでも、病気を持たない加齢マウスでも、認知テストの成績が改善したのです。

効果の中身を細かく見ると、ニューロン同士のつなぎ目であるシナプスの質と数が上がっていました。シナプスは、あるニューロンから次のニューロンへ信号を受け渡す接点です。その接続が密になったぶん、認知の働きも持ち直した、という流れです。

細胞が作るタンパク質全体(プロテオーム)を調べる分析では、hevinを増やしたマウスと増やしていないマウスを比べると、89種類のタンパク質で量に差が出ていました。その多くがシナプスに関わるもので、hevinがシナプスまわりのタンパク質のバランスを整えていることがうかがえます。

実験の進め方

hevinを増やすのに使われたのは、アデノ随伴ウイルス(AAV)という、遺伝子を細胞に運び込むための「運び屋」です。害の少ないウイルスに目的の遺伝子を積んで、海馬のアストロサイトに送り込み、そこでhevinをたくさん作らせるという仕組みです。

対象になったのは、中年にあたる時期のマウス。アルツハイマー病モデルには、病気の特徴を再現する「APP/PSEN」という系統が使われました。この系統では、実際に12か月齢の時点で、アストロサイトのhevinが健康なマウスより少なくなっていることも確かめられています。そこにhevinを補うかたちで増やしたところ、認知テストの成績が持ち直した、という組み立てです。

βアミロイド斑をめぐる意外な結果

この研究には、研究者自身も驚いたという結果があります。認知の衰えはやわらいだのに、アルツハイマー病の目印とされる「βアミロイド斑」——脳にたまるタンパク質のかたまり——の量は変わらなかったのです。

βアミロイド斑は長らくアルツハイマー病の中心的な原因と考えられ、薬の開発でも主な標的になってきました。今回、その斑を減らさないまま認知の低下を押し戻せたことは、この病気が斑だけでは説明しきれない、複数の要因がからむものであることを示しています。実際、脳に斑があっても症状が出ない高齢者がいることとも重なります。筆頭著者は、βアミロイド斑はアルツハイマー病に関わってはいるものの、それだけで発症を引き起こすわけではない、という仮説を後押しする結果だと述べています。

治療への意味と現時点での限界

この研究の意義は、認知の衰えに対してニューロン以外の細胞、つまりアストロサイトが治療の標的になりうると示した点にあります。これまで主役の陰に隠れていた細胞を手がかりに、加齢とアルツハイマー病の仕組みをより深く理解する足がかりが得られました。

いっぽうで、これはマウスを使った基礎研究です。研究者自身も、この分子が薬になるまでには長い道のりがあると強調しています。ハードルのひとつが、脳を守る関所である「血液脳関門」です。hevinそのものがこの関所を通り抜けられるとは限らず、実際に薬にするには、同じ働きを持ちつつ脳に届く分子を設計する必要があります。

「回復」という言葉が先走りやすいテーマですが、今回はっきりしているのは、動物実験で認知テストの成績が改善し、シナプスの質が上がったところまでです。人で同じことが起きるか、どこまで衰えを取り戻せるかは、これからの検証にかかっています。それでも、老化する脳のなかで裏方の細胞が果たす役割に光を当てた点で、今後の研究の方向を示す一歩だといえます。

出典

Cabral-Miranda F. et al., “Astrocytic Hevin/SPARCL-1 Regulates Cognitive Decline in Pathological and Normal Brain Aging,” Aging Cell, 2025. DOI: 10.1111/acel.14493

プレスリリース(FAPESP/EurekAlert!):Molecule reverses cognitive deficits associated with aging and dementia in animal tests

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