街灯が生む“死の螺旋”——数千匹のワラジムシが延々と輪を描くわけ

科学
スポンサーリンク

夜の街灯の下で、数千匹のワラジムシがぐるぐると円を描いて回り続ける——そんな奇妙な光景がイスラエルで確認されました。しかも、その引き金になっていたのは街灯そのもの。野外では見たことのない行動で、人工の光が地面の小さな生き物にまで思わぬ影響を及ぼしていることを示す研究です。

街灯の下に集まる数千匹

きっかけは、アマチュアの博物学者エヴィアタール・イツコヴィッチさんが、夏の夜のゴラン高原で見つけた光景でした。街灯の下に、無数のワラジムシが集まって、大きな円を描きながら時計回り(あるいは反時計回り)に延々と行進していたのです。

ワラジムシは英語で woodlouse、丸まるタイプはダンゴムシとも呼ばれる、陸に住む甲殻類の仲間です。カニやエビの遠い親戚にあたります。今回の主役になったのは Armadillo sordidus という種で、丸まって身を守るダンゴムシの側の生き物。ふだんは石や落ち葉の下でひっそり単独で暮らし、乾燥を避けて湿った場所に身を潜めています。集団で群れて動くような生き物ではありません。

その、群れないはずの生き物が、一つの群れで5,000匹を超える規模の円をつくっていた——研究チームは、映像に写った渦を「ミル(mill=ぐるぐる回る群れ)」と呼んでいます。こうした等脚類(ワラジムシ・ダンゴムシの仲間)の大規模な円運動が記録されたのは、これが世界で初めてです。

報告のもとになった映像は、2021年から2025年にかけて夜間に撮影された複数の動画です。撮影地は、ゴラン高原のエリアドと、イエズレエル谷。ちなみにこの A. sordidus は、これまでほとんど研究されておらず、生息が知られていたのは南シリアとゴラン高原だけでした。今回の調査で、イエズレエル谷にもいることが初めて確認されています。

アリの“死の輪”との共通点

群れで大移動する生き物は、動物界では珍しくありません。ヌーやチョウ、渡り鳥の大移動を思い浮かべればわかるように、たいていは「暖かい場所へ」「エサの多い場所へ」といったはっきりした目的があります。数の力で身を守る、という利点もあります。

ところが今回の円運動には、そうした目的がありません。いったん回り始めると、渦はそれ自体で維持され、いつまでも終わらない。生き物にとって何の得にもならないのに、止まらないのです。

この構図は、アリで昔から知られている「アリの死の輪(ant mill)」とよく似ています。仲間の残したにおいの跡をたどる習性を持つ軍隊アリが、何かの拍子に円を閉じてしまうと、先頭が最後尾のにおいを追う形になり、全員が力尽きるまで同じ輪をぐるぐる回り続ける——という現象です。ワラジムシの渦は、においではなく光がきっかけになった、その等脚類版と言えます。

光の“形”という引き金

では、なぜ回り続けるのか。研究チームは、考えられる原因を一つずつ試していきました。

まず疑ったのが磁気です。ゴラン高原は火山性の地質で、磁気的に少し変わった性質を持つ土地。そこで強力な磁石をワラジムシのそばに置いてみたのですが、行動は変わらず、そのまま円を描き続けました。次に紫外線(UV)のライト。これは一部の個体を引き寄せはしたものの、円運動を引き起こすことはありませんでした。

決め手になったのは白色光でした。白いランプを地面に対して垂直に立てて照らすと、あの大きな円運動が確実に再現されたのです。

面白いのは、明るさそのものより「光の形」が効いていた点です。光を真上から垂直のビームとして落とすと、地面に円い光の縁(ふち)ができます。ワラジムシは光に引き寄せられて、その明るい縁に沿って動き出す。個体が十分に集まると、一匹一匹のバラバラな動きが一つの渦にまとまり、それが自己維持して回り続ける——というわけです。街灯が地面につくる円い光だまりが、そのまま“レール”になってしまうイメージです。

研究を主導した博士課程のイダン・シェイザフさんは、集団運動自体は動物界でよくあるものの、ワラジムシでこの形の行動を見たのはまったく予想外だった、と述べています。現代の街並みがつくる円い光の輪が、生き物本来の習性と噛み合ってしまい、見た目には美しくも危うい現象を生んでいる、という見立てです。

なぜ“死の螺旋”なのか

見ているぶんには幻想的ですが、この渦は生き物にとっては人間がつくった“わな”かもしれない、と研究チームは考えています。

手がかりの一つが、渦に加わっていた個体の内訳です。集まっていたのは大半がメスで、しかも卵を抱えた個体が多くいました。つまり、この行進は繁殖のための行動ではない。むしろ、人工の光(英語で ALAN=artificial light at night、夜間の人工照明)によって、本来の習性が乱された結果だと見られています。

そして、渦に加わることには実際のコストがあります。ある観察では、ムカデが渦に気を取られたワラジムシを次々に捕食していました。安全な隠れ場所から引きずり出され、身をさらしたまま輪の上を動き続けることになるので、天敵に狙われやすくなり、生き延びるために使うべきエネルギーも消耗してしまう。「死の螺旋」という呼び名は、この危うさから来ています。

小さな光害という視点

夜の人工照明が野生生物をかき乱すこと自体は、これまでも知られてきました。街灯に集まって力尽きる虫や、光に惑わされて方角を見失うウミガメの子など、例には事欠きません。今回の研究は、その影響が、地面を這うごく小さな生き物にまで及んでいることを示しました。

ワラジムシは、枯れ葉などを分解して土に返す“掃除役”です。こうした地味な生き物が隠れ家から引き出され、消耗させられ、捕まえられやすくなれば、それを土台にしている地域の食物連鎖にも、じわじわ影響が出かねません。街灯を一本足す、という何気ない選択が、足元の生態系を静かに変えている可能性がある——というのが、この研究の投げかけです。

解釈上の留意点

いくつか補足しておきます。この論文は査読を経て学術誌 Ecology and Evolution に掲載されたものですが、出発点はアマチュアの観察で見つかった、いわば偶然の発見です。そのうえで研究チームが照明などの条件を切り分ける実験を行い、白色光が引き金だと確かめた、という組み立てになっています。

また「死の螺旋」という言葉は媒体側の呼び名で、論文自体は「光に誘発された集団的な円運動」と記述しています。大量死が数値で示されたわけではなく、直接確認された被害は捕食の観察などです。研究チームの立場は「潜在的に有害」という慎重なもので、そこは押さえておきたいところです。

出典

Idan Sheizaf, Eviatar Itzkovich, Ariel D. Chipman「A Novel Light‐Induced Collective Circular Movement in Armadillo sordidus Isopods」Ecology and Evolution, 2026, 16(4): e73487.
https://doi.org/10.1002/ece3.73487(査読済み論文)

ヘブライ大学によるプレスリリース(SciTechDaily 掲載):Streetlights Are Trapping Thousands of Isopods in Mysterious “Death Spirals”

ScienceDaily:Streetlights are trapping thousands of pill bugs in giant “death spirals”

コメント

タイトルとURLをコピーしました