海の表層から深海へ、雪のようにゆっくり降りそそぐ有機物の粒があります。「マリンスノー」と呼ばれる、死んだ藻類や微生物、その粘液が寄り集まった塊です。この粒が水深2〜6kmあたりを通り過ぎるとき、まわりの水圧によって中身の一部を外へ漏らしている——そんな現象が、実験で確かめられました。漏れ出す量は、粒が持っていた炭素のおよそ半分。深海の微生物にとっては、これまで勘定に入っていなかった食べものが、頭上から降ってきていたことになります。
南デンマーク大学(SDU)の研究チームによる報告で、査読を経て学術誌『Science Advances』に掲載されました。
マリンスノーと「生物ポンプ」
海の表層では、植物プランクトンが光合成で二酸化炭素を有機物に変えています。やがてそれらが死に、排泄物や粘液と一緒にくっついて塊になり、沈んでいく。この下向きの流れが、大気の炭素を海の奥へ運ぶ大きな仕組みで、「生物ポンプ」と呼ばれます。ごく一部は海底に埋もれ、そこでは数百万年という単位で炭素が閉じ込められます。いま掘り出している石油や天然ガスも、もとをたどればこの長い埋没の産物です。
一方、沈んでいく途中の粒は、取りついた微生物に分解されたり、動物プランクトンに食べられたりして、少しずつ痩せていきます。だから深い場所ほど、届く炭素は少ない。そして、粒のまわりの深海の水そのものは、餌の乏しい場所——微生物は限られた資源でしのいでいる——というのが、長く共有されてきた見方でした。

水深2〜6kmで始まる漏出
研究チームが着目したのは、粒が沈むあいだに受ける水圧です。水深10mごとに約1気圧ずつ増えていくので、水深4kmなら約400気圧、6kmなら約600気圧。この圧力が、粒の中の珪藻(けいそう=ガラス質の殻を持つ植物プランクトン)から、溶けた有機物を外へ押し出していました。
実験では、40MPa(水深4kmに相当)に達したあたりで、まわりの海水に溶存有機炭素と窒素が増え始めます。60MPa(同6km)でさらに増え、それより深い圧力ではほぼ頭打ちになりました。最大でどれだけ失われたかというと、珪藻の凝集体(=人工のマリンスノー)で、もともと含まれていた炭素の約50%、窒素の約58%。凝集体をつくる前の珪藻細胞そのものを加圧した場合は、炭素42%、窒素63%でした。粒は沈みながら、体の半分を外に置いてきていることになります。
漏れ出た中身でいちばん多かったのは糖(炭水化物)、次いでタンパク質。どちらも微生物がそのまま使いやすい、いわば消化のいい成分です。
研究を率いた微生物学者ピーター・スティーフ氏は、この圧力の働きを「巨大なジューサーのよう」と表現しています。ただし、比喩に引きずられないほうがいい部分もあります。粒が物理的に押しつぶされているわけではないのです。この圧力でも水は4%も縮まず、顕微鏡で見ても珪藻のガラス質の殻は割れていませんでした。圧力で細胞膜の性質が変わり、中の成分がにじみ出ている——というのが、いまのところ有力な見立てです(詳しいしくみは未解明とされています)。つまり、絞られているのは粒ではなく、細胞の“漏れやすさ”のほうでした。
回転する加圧タンクによる再現
調べ方はシンプルです。珪藻を培養してマリンスノーに似た塊をつくり、それを加圧タンクに入れて、深海へ沈む20日間を再現しました。
ポイントは、タンクがゆっくり回り続けていること。回転させることで粒は底に落ち着かず、水中を沈み続けているのと同じ状態に保たれます。圧力は1日に5MPaずつ引き上げ、これは1日500m沈む計算にあたります。20日後には100MPa、水深10km——海溝の底に相当する圧力に届きます。温度は深海に合わせて3℃、暗所。比較用に、常圧のままにしたタンクも並行して回しました。

使った珪藻は4種類。すべてで同じ漏出が起きましたが、漏れ始める圧力は種によって違い、20MPaで始まるものもあれば、80MPaまで持ちこたえるものもありました。また、加圧の途中で漏れているのか、それとも実験後に圧力を戻すときに壊れて出てくるのか——という疑いも、圧力をかけたまま濾過(ろか)できる装置を自作して確かめ、沈んでいく最中の現象だと確認しています。
微生物の反応と、炭素の行き先
漏れた有機物は、まわりの微生物にとって使えるものなのか。チームは、漏出させた有機物を海水の微生物群集に与えて反応を見ました。約12時間後から酸素の消費が立ち上がり、呼吸の勢いは1日足らずでピークに。細菌の数は2日で約30倍に膨れ上がりました。栄養として、すぐに効いたわけです。
ただし微生物は、出されたものを全部は食べません。使いやすい成分から先に消え、分解しにくい成分が残ります。残されたものは、そのまま深海の水に長く漂うことになります。
ここが炭素循環の話につながります。粒が海底へ運べる炭素は、これまで考えられていたより少ない。かわりに、溶けた形で深海の水中にとどまる炭素が増える。ただしこれは「炭素が大気に戻ってしまう」という単純な話ではありません。水深1,000〜2,000mより深い場所は、そこで二酸化炭素になったとしても100年以上は大気と切り離される、と見積もられている領域です。漏出が起きる2〜6kmは、その線よりさらに深い。つまり炭素は逃げるのではなく、「数百万年の海底の金庫」から「数百年〜数千年の海水の金庫」へ、預け先が移る——というのが、この発見の含意です。海がどれだけの炭素を、どれくらいの期間ためておけるのか。その見積もりを立て直す必要が出てきます。
解釈上の留意点
いくつか、押さえておきたい点があります。
- これは実験室での再現です。実際の海に沈む粒でこの漏出が起きていることを、その場で観測したわけではありません。チームは次の段階として、ドイツの砕氷研究船で北極海へ向かい、この現象の分子的な痕跡を実際の海水から探す計画を示しています。
- 設定した沈降速度は1日500m。これは実際の珪藻の塊としては速いほうの値です。ゆっくり沈む粒では、圧力のかかり方も違ってきます。
- 「餌として使えるか」を確かめた実験は、表層の海水の微生物を、常圧・15℃で培養して行われています。深海に住む微生物が、実際の高圧・低温の環境で同じように食べられるかどうかは、まだ確かめられていません。これは論文の中で著者ら自身が限界として挙げ、今後の課題としている点です。
- 試したのは珪藻4株のみ。渦鞭毛藻(うずべんもうそう)や円石藻など、ほかのプランクトンでも同じことが起きるかは、可能性が示唆されている段階です。
- 漏出量のばらつきは小さくありません。凝集体の炭素50%という値も、実際には±17ポイントほどの幅があります。
なお、大学のプレスリリースでは窒素の漏出が「58〜63%」とまとめられていますが、論文の表を見ると、58%は凝集体、63%は単離した珪藻細胞の数字で、別々の実験の値です。ひとつの範囲として読むと少し実態がずれます。
出典
論文(オープンアクセス):Stief, P. et al. “Hydrostatic pressure induces strong leakage of dissolved organic matter from ‘marine snow’ particles,” Science Advances 12, eaec5677 (2026年2月4日公開):doi.org
南デンマーク大学プレスリリース(英語):sdu.dk
同誌の関連解説:Middelburg, J. J. “The ocean’s biological carbon pump under pressure,” Science Advances 12 (2026):doi.org
ちなみに共著者のロニー・グルド氏は、南デンマーク大学の深海研究センターに加えて、東京海洋大学にも籍を置いています。


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