妊娠すると、女性の脳は作り変わる。これは2017年ごろから繰り返し確かめられてきた話です。ただ、これまで調べられてきたのは「1人目のとき」だけでした。じゃあ2人目のときはどうなるのか。同じことがもう一度起きるのか、それとも違うことが起きるのか。オランダ・アムステルダムUMCのチームが110人の女性をMRIで追いかけて出した答えは、「似ているけれど、同じではない」でした。しかも変化する脳のネットワークが1人目と2人目でずれていて、その差だけを手がかりに「この人は1人目か2人目か」を8割の精度で言い当てられるほどだったのです。
妊娠で脳が変わるという前提
妊娠中の脳では、灰白質(かいはくしつ=神経細胞の本体が集まっている、脳の表面に近い層)の体積が広い範囲で減ります。「減る」と聞くとぎょっとしますが、研究者はこれを衰えではなく刈り込みと見ています。思春期の脳でも似たことが起きていて、使う回路を残して使わない結びつきを整理する、いわば配線の最適化に近いと考えられているためです。
1人目の妊娠でとくに強く変わるのは、デフォルトモードネットワーク(DMN)と呼ばれる領域のまとまりです。自分について考えたり、相手の気持ちを推し量ったりするときに働く回路で、ここが変わることが「母親としての自己認識」や赤ちゃんへの反応と結びついているのではないか、というのがこれまでの解釈でした。
ただ、ここまでの研究はすべて初産の女性が対象でした。2人目以降で同じ変化が起きるのかは、誰も確かめていなかったのです。
110人を追った縦断MRI
研究チームは、妊娠する前から参加者を登録するという手間のかかるやり方をとりました。これから2人目を妊娠する予定の女性30人、1人目を妊娠する予定の女性40人、そして妊娠しない対照群40人の計110人です。
撮影は3テスラのMRIで、妊娠前・産後およそ80日・産後およそ1年(14か月弱)の3回。構造を見る画像だけでなく、安静時の脳活動、白質(はくしつ=脳の各部をつなぐ配線にあたる部分)の走り方、脳内の代謝物濃度まで、複数の方法で同時に測っています。同じ人の脳を時間を追って比べる縦断デザインなので、「もともと脳が違う人が2人目を産んでいるだけ」という可能性を切り分けられます。
なお、倫理委員会の判断で妊娠中のMRI撮影は認められませんでした。そのため「妊娠のどの時期に変化が起きたか」は、この研究からは分かりません。

1度目と2度目で異なる変化パターン
まず、2人目の妊娠でも脳の体積は広い範囲で減っていました。対照群と比べたときの減り方は中央値で2.8%。1人目のときは3.1%で、数字としては近い。ただし変化が出た範囲の広さは1人目のほうが79%も大きく、2人目のほうが変化する場所は狭く収まっていました。
もっとはっきり差が出たのは、機械学習を使った分類です。「妊娠前から産後にかけて脳がどう変わったか」の地図だけを機械に渡して、この人は1人目か2人目かを当てさせたところ、80%の精度で正解しました(過剰適合を避ける別の検証法でも70%)。つまり、変化の量ではなく変化の「かたち」を見れば、1度目と2度目は別物として区別がつく。2人目の妊娠は1人目のくり返しではない、というのがこの研究の核心です。
影響を受けるネットワークの違い
どこが違うのか。変化した領域を、脳の代表的な7つのネットワークに当てはめて調べています。
1度目・2度目に共通して変わるのは、やはりDMNを中心とした領域でした。そして1度目だけに追加で変わる領域も、同じDMNや前頭頭頂ネットワーク(思考や注意の切り替えを担う)の内側にありました。初めて母親になるときにこの回路がまとめて作り替えられ、2度目はその上に細かい調整が乗る、という関係です。実際、安静時の脳活動でも、DMN内部のまとまりが強まる変化は1人目のときにしか見られませんでした。
一方、2度目にだけ変わる領域は、DMNではなく体性運動ネットワークと背側注意ネットワークに集まっていました。前者は体を動かす・感覚を受け取る回路、後者は「見るべきものに意識を向ける」ときに働く回路です。内向きの自己や社会認知ではなく、外の世界へ向けたシステムのほうが動いている。
白質の測定もこれを裏づけます。1人目では言語処理に関わる上縦束(じょうじゅうそく)に変化が出たのに対し、2人目では運動・感覚の信号を通す皮質脊髄路のほうに変化が出ていました。しかもこの変化は、産後1年たっても妊娠前の状態には戻っていませんでした(ただし追跡できたのは14人と少数です)。
つまり——1人目のときに脳が整えるのは「わが子を理解し、自分を母親として組み替える」ための回路。2人目で追加で整えられるのは、「複数の子どもを同時に見ながら動き回る」ための回路だった、という読み方ができます。研究チーム自身も、これは推測を含む解釈だと断ったうえで、増える育児の負荷への備えではないかと書いています。
母子の絆と産前産後のメンタルヘルス
脳の変化の大きさは、質問紙で測った母親の行動や心の状態とも関連していました。
脳の変化が大きい人ほど、赤ちゃんへの愛着を測る指標のスコアが高い傾向がありました。ただしこの関連は1人目のほうが広範囲で見られ、妊娠中の胎児への愛着との関連にいたっては1人目でしか出ませんでした。すでに1人目で母親としてのふるまいが立ち上がっているぶん、2人目では脳の変化がそこに果たす役割が小さくなる——そう考えると筋は通ります。
メンタルヘルスとの関連も見つかっています。脳の変化が小さかった人ほど、抑うつの訴えが多い傾向があり、これは1人目・2人目の両方で確認されました。興味深いのは時期のずれで、1人目では産後の抑うつと、2人目では妊娠中の抑うつと、それぞれ強く結びついていたのです。2人目の妊娠中はすでに上の子の世話があるぶん負担が大きいのかもしれない、と研究チームは推測しています(ただし1人目と2人目でストレスや抑うつのスコア自体に有意な差はありませんでした)。
ここは慎重に読む必要があります。相関が見つかったというだけで、「脳の変化が小さいと産後うつになる」という因果関係が示されたわけではありません。それでも、産前産後のうつを脳の変化という側から捉える手がかりが増えたことは、この分野にとって前進です。
母親のケアに向けた展望
妊娠・出産期の女性の体で何が起きているかは、医学の中でも研究が手薄なままきた領域です。今回の結果は、そこにひとつ具体的な知見を足しました。妊娠のたびに脳は変わり、しかも毎回同じようには変わらない。だとすれば、「1人目のときは平気だったのに」という経験が必ずしも次に当てはまらないことにも、生物学的な裏づけが与えられます。
将来的には、産前産後のうつになりやすい人を早めに見つけたり、支援の入れどきを判断したりする材料になりうる、というのが研究チームの位置づけです。ただしそれは今すぐ検査室でできることではなく、あくまで先の話になります。
解釈上の留意点
この研究は2026年2月に『Nature Communications』に掲載された、査読を経た論文です(オープンアクセスで全文が読めます)。それでも、押さえておきたい制約がいくつかあります。
参加人数は縦断研究としては多いほうですが、2人目グループは30人で、分類の解析にかけるにはまだ小さい。研究チーム自身、より大きな集団での確認が必要だと書いています。妊娠中に撮影できていないため変化のタイミングも分かりません。また、2人目グループは平均32歳と他のグループ(約29歳)より年上でした。年齢は解析上で補正されており、加齢の影響は今回見つかった変化と逆向きに働くため結果を説明できないとされていますが、母乳育児や出産方法、睡眠、社会的支援といった要因が絡んでいる可能性は残ります。
そして、MRIで見えるのはあくまで画像上の変化であって、細胞レベルで何が起きているかまでは分かりません。「体積が減る=悪いこと」と受け取らないことも大切です。この研究を含む一連の知見は、むしろ必要な回路を残すための調整として読むほうが、いまのところ実態に近いようです。
出典・もっと知りたい人へ
元論文(Nature Communications、オープンアクセス):The effects of a second pregnancy on women’s brain structure and function(M. Straathof, S. Halmans, P. J. W. Pouwels, E. A. Crone, E. Hoekzema/DOI: 10.1038/s41467-026-69370-8)
アムステルダムUMCのプレスリリース:Changes in the brain of women during a second pregnancy
解説記事(ScienceDaily):Second pregnancy changes the brain in surprising new ways


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