体温で溶ける金属ガリウム、その理由が30年ぶりに書き換わった

物理
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手のひらに乗せると溶けはじめる金属、ガリウム。融点は約29.8℃で、熱い紅茶にスプーンを入れると形が崩れていく——という実験動画で知られています。その「なぜこんなに低い温度で溶けるのか」という説明が、30年ぶりに書き換わりました。ニュージーランド・オークランド大学のチームが、液体になったガリウムの中で起きていることを詳しく調べたところ、これまで教科書的に信じられてきた前提が、そもそも逆だったのです。

常温付近で溶ける金属の素性

ガリウムは1875年、フランスの化学者ポール・エミール・ルコック・ド・ボアボードランによって見つかりました。じつはその4年前、メンデレーエフが最初の周期表を作ったときに「ここに未知の元素があるはずだ」と空けておいた席のひとつが、この元素です。名前の由来はフランスの古名「ガリア」。発見者の国籍にちなんでいます。

この金属は、とにかく金属らしくありません。まず融点が約29.8℃と低く、体温でじゅうぶん溶けます。さらに、固体のほうが液体より密度が小さい——つまり、凍ると体積が増える。氷が水に浮くのと同じ性質で、これも金属では珍しい部類に入ります。

原子レベルで見ると、もっと変わっています。ガリウムの原子は二個ずつペアを組んだ「ダイマー(二量体)」の形をとり、しかもその間には共有結合——電子を出し合って共有するタイプの結びつき——があります。共有結合は本来、金属ではなく非金属に多いつながり方です。金属なのに非金属的な結合を抱えている、という点が、ガリウムを長らく「変な金属」の代表格にしてきました。

液体ガリウムをめぐる30年の論争

低い融点の理由として、長く語られてきた説明があります。固体のガリウムを縛っている共有結合は、そこそこ強い。だが結晶全体としては結合の組み方に無理があり、少し温度を上げるだけで構造が崩れて液体になる。そして溶けたあとの液体の中にも、この共有結合の名残りが残っている——という筋書きです。

この「液体の中にも共有結合が残る」という前提は、1990年代のシミュレーション研究にさかのぼります。当時の計算で、液体ガリウムには金属的な性格と共有結合的な性格が同居している、と報告されました。ただし、その計算が行われたのは1000K(約727℃)という高温です。そこで見えた姿が、いつのまにか「液体ガリウム一般の姿」として引き継がれていきました。

その後の30年あまり、液体ガリウムの構造をめぐる報告は食い違い続けます。実験も計算も数多く行われたのに、結論がそろわない。ガストン教授(オークランド大学/マクダイアミッド先端材料・ナノテクノロジー研究所)は、液体ガリウムの構造に関する30年分の文献が、明らかに事実でない前提の上に立っていた、と述べています。

融点で消え、高温でよみがえる共有結合

今回の研究が示したのは、その前提の逆でした。

ガリウムの共有結合は、溶けた瞬間にきれいに消えます。液体になったばかりのガリウム、つまり融点のすぐ上の温度では、共有結合はほとんど意味を持ちません。ところが、そこからさらに加熱していくと、消えたはずの共有結合がふたたび現れはじめる。温度を上げるほど、液体の中で共有結合的な性格が強まっていくのです。

普通の感覚とは逆向きの話です。熱を加えれば結びつきはほどけていきそうなものですが、ガリウムでは熱いほど原子どうしが手を組み直す。1990年代の計算が高温で行われていたことを思い出すと、話がつながります。あの計算が見ていた共有結合は本物だった。ただ、それは「高温の液体ガリウム」の姿であって、融点近くの液体ガリウムの姿ではなかった、というわけです。

この描像は、以前から知られていたのに説明がつきにくかった現象とも噛み合います。ガリウムは溶けると電気抵抗が下がります。多くの金属とは逆の振る舞いです。共有結合は電子を原子のあいだに固定してしまうので、それが融点で消えれば、動ける電子が増えて抵抗は下がる。そして温度を上げていくと共有結合が戻ってきて、電子がまた捕まりはじめるので、抵抗の上がり方が単純な直線から外れていく。実測されていた「奇妙な抵抗の変化」が、そのまま説明できる形になっています。

低い融点を説明するエントロピー

では、共有結合が液体に残っていないのなら、あの低い融点は何で説明すればいいのか。研究チームが提案しているのは、エントロピー——乱雑さの度合い——です。

物質が固体でいるか液体でいるかは、結合の強さだけでは決まりません。エネルギーの損得と、乱雑さの増え方の兼ね合いで決まります。乱雑さが大きく増える変化ほど、温度の助けを借りて起こりやすくなる。ガリウムの場合、溶けるときに共有結合がまるごと外れて、ペアで縛られていた原子が一気に自由になります。この解放によってエントロピーが大きく跳ね上がる。つまり、ガリウムが低い温度で溶けるのは、結合が弱いからではなく、溶けたときの「自由になり方」が極端に大きいから——というのが、新しい説明です。

大規模な原子シミュレーションによる検証

この結論は、第一原理分子動力学(ab initio molecular dynamics)と呼ばれる計算で導かれました。原子どうしにはたらく力を量子力学の計算から求めて、原子が実際にどう動くかを時間を追って再現する手法です。経験的なパラメータに頼らずに原子の運動を追えるかわりに、計算量がとても大きくなります。

チームは、この計算を温度を変えながら大量に回し、それぞれの温度で液体ガリウムの中の結合がどうなっているかを分析しました。あわせて、過去数十年の実験・計算のデータを丁寧に読み直し、温度の条件ごとに並べ直しています。食い違っていた報告が、じつは「どの温度を見ていたか」で説明できる——バラバラだった報告を一枚の絵にまとめ直したのが、この研究の芯の部分です。この地道な突き合わせは、当時オークランド大学の博士課程学生だったステファニー・ランビー氏(現在はドイツのマックス・プランク固体研究所の博士研究員)が担いました。

液体金属技術への波及

ガリウムは、半導体の材料としてよく知られています。LEDやレーザーダイオード、太陽電池、通信機器や高性能計算の部品などに使われ、水銀の代わりに体温計に入っていることもあります。

それに加えて近年注目されているのが、液体金属としての使い道です。ガリウムは他の金属を溶かし込めるため、液体の状態のまま化学反応を助ける触媒にしたり、その中で材料をひとりでに組み上がらせたりできます。ガストンらのグループは以前、液体ガリウムの中で亜鉛を結晶化させて、雪の結晶のような形の亜鉛を育てることに成功しています。

こうした使い方では、液体ガリウムの中で原子がどう並び、温度によってどう変わるかが、そのまま性能に効いてきます。その土台の理解が「温度で共有結合が消えたり戻ったりする」という形に修正されたことは、液体金属を設計する側にとっては小さくない話です。狙った温度で狙った反応を起こす、という制御の見通しが変わってきます。

解釈上の留意点

この研究の結論は、計算によるものです。実験で直接、液体ガリウムの中の共有結合が温度とともに戻ってくる様子を見たわけではありません。ただし、過去の実験データ(電気抵抗の温度変化など)と矛盾なくつながる点が、この描像の説得力になっています。今後、実験側からの裏づけが積み重なるかどうかが焦点です。

もうひとつ。「150年来の謎が解けた」という見出しで紹介されることが多いのですが、ガリウムが発見されてから150年近く経つ、という話と、液体構造の論争が30年続いた、という話は別ものです。論争そのものは30年ほどのもので、それが今回の計算でひとまず整理された、というのが実際のところです。

出典

Stephanie Lambie, Krista G. Steenbergen, Nicola Gaston, “Resolving decades of debate: the surprising role of high-temperature covalency in the structure of liquid gallium”, Materials Horizons, 2024, 11, 4201–4206.
DOI: 10.1039/D4MH00244J

オークランド大学プレスリリース:Strange metal gallium has (yet another) quirk(2024年7月1日)

ScienceDaily:Scientists finally solved a 150-year-old gallium mystery

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