いま夜空でテータ・エリダニ(θエリダニ)を探すと、2.9等の星が見つかります。肉眼で見えはするものの、目を引くほどではない、ふつうの明るさです。ところが古代の天文学者は、この星を「空でもっとも明るい13個」のひとつに数えていました。
しかも、そう書き残したのは一人ではありません。紀元前129年ごろのヒッパルコス、137年のプトレマイオス、そして964年のアル=スーフィー。1000年以上にわたって、3人が同じことを記録しています。この食い違いは百年以上前から知られていて、「古代の記録のほうが間違っている」と片づけられることが多くありました。
その常識をひっくり返す説明が、2026年6月末に発表されました。テータ・エリダニは実際に明るかった——そして、明るかった理由も星の側にある、という主張です。

古代の記録と現在の明るさの隔たり
星の明るさは「等級」で表します。数字が小さいほど明るく、5等級ちがうとちょうど100倍の差になります。太陽はマイナス26.74等、太陽以外でいちばん明るいシリウスはマイナス1.46等。テータ・エリダニは、いまは2.9等です。
プトレマイオスは著書『アルマゲスト』で約1000個の星を記録しました。研究チームによれば、そのうち現代の観測値ともっとも大きく食い違うのが、このテータ・エリダニです。古代の記述から逆算すると当時の明るさは0.2等ほど。現在との差は約2.7等になります。等級は対数の目盛りなので、これはいまより約12倍明るかったことを意味します。
シリウスに並ぶほどではないにせよ、これだけの差があれば、空の見え方はまるで変わります。そして厄介なのは、その明るさが一時的な瞬きではなく、1000年以上にわたって続いていたらしいという点です。ヒッパルコスからアル=スーフィーまで、記録は一貫しています。
三重連星という前提
謎を解く鍵は、この星が「一つの星ではない」ことにありました。
テータ・エリダニは地球から約167光年の距離にあります。古代の人々は当然ひとつの星だと思っていましたが、1814年にイタリアの天文学者ジュゼッペ・ピアッツィが望遠鏡で二重星に分解しました。明るいほうがθ¹エリダニ、暗いほうがθ²エリダニです。
さらに現代の観測で、θ¹エリダニ自体がきわめて近接した連星であることがわかりました。この2つはテータ・エリダニAa(歴史的に主星とされてきた星)とAbと呼ばれます。合わせて3つ。テータ・エリダニは三重連星系だったわけです。
そして、内側の2つ——AaとAbの関係こそが、千年の増光を説明する舞台になります。
内側の連星が置かれた特別な状況
今回の研究は、イスラエル・ワイツマン科学研究所のボアズ・カッツ氏と、独立研究者のイデル・ワイスバーグ氏によるものです。2人は複数の観測データを組み合わせて、内側の連星Aa+Abの素性を割り出しました。
使われたのは3種類のデータです。VLTI(超大型望遠鏡干渉計)のPIONIERとGRAVITYによる干渉観測、ESPaDOnSとFEROSによる分光観測(光を波長ごとに分けて速度や組成を調べる手法)、そしてTESS宇宙望遠鏡による測光観測(明るさの変化を細かく追う手法)。これらから、軌道の形・2つの星の質量・半径が求まりました。
出てきた数字がかなり際どいものでした。
- 2つの星の間隔(軌道長半径)は0.083天文単位。地球と太陽の距離の10分の1もありません。公転周期はわずか4.1日ほど
- 質量はAaが太陽の約2.3倍、Abが約2.2倍。ほぼ双子です
- 半径はAaが太陽の約4.3倍、Abが約4.0倍
ここで効いてくるのが「ロッシュローブ」という考え方です。連星では、それぞれの星が自分の重力で物質をつなぎとめていられる範囲が決まっています。この境界がロッシュローブで、星がふくらんでこの範囲をはみ出すと、外側のガスは相手の星のほうへ流れ出してしまいます。
2つの星は、いまこのロッシュローブの約80%の大きさまで膨らんでいる——つまり、あふれる一歩手前にいます。星の形が重力で引き伸ばされているため、TESSの明るさデータには「楕円体変光」と呼ばれる周期的な変動もはっきり現れていました。
さらに研究チームは、主星Aaが「中心核での水素の燃焼を終えたばかり」という、進化のごく短い節目にいることも突き止めています。この段階に入った星はふくらみ始めます。

千年の増光を生んだ仕組み
これらを組み合わせて、著者らはこんな筋書きを描きます。
かつてこの連星の軌道は、いまよりずっと細長い楕円だった。離心率はおよそ0.6(いまは0.105で、ほぼ円に近い)。細長い軌道では、2つの星が最も接近するときに距離が一気に縮まります。ちょうど主星がふくらみ始めた時期と重なり、接近のたびに主星はロッシュローブをはみ出してガスを吐き出した。
あふれたガスは相手の星へ流れ込むだけでなく、やがて2つの星をまとめて包み込む厚いガスの層になります。これを「共通外層(コモン・エンベロープ)」と呼びます。星が2つとも一つの大気の中で回っている状態です。
この中で星が公転すると、抵抗を受けて軌道のエネルギーが削られていきます。削られたエネルギーはどこへ行くか——熱と光になって外へ出ていきます。つまり、星が余分に燃えたのではなく、2つの星が互いを回る運動そのものがエネルギー源になって、系全体が明るく輝いたというのが著者らの見立てです。
核融合の変化ではなく軌道エネルギーの解放なので、この輝きは長続きします。数百年から千年単位で明るい状態が保たれ、ヒッパルコスもプトレマイオスもアル=スーフィーも、その最中の姿を見ていた。やがて外層は晴れ、軌道は現在のようにほぼ円へと落ち着き、星は2.9等のいまの姿に戻った——そういう物語です。
3人の観測者が同じ間違いをしたのではなく、3人とも正しかった。この研究が示しているのは、そういうことです。
この現象がもつ意味
共通外層の段階は、近接連星の進化を語るうえで避けて通れない過程だと考えられてきました。連星が最終的にどんな姿になるか——重力波を出す連星ブラックホールになるのか、Ia型超新星を起こすのか——を左右する重要な節目でありながら、期間が短いために「その最中」を捉えた例がほとんどありません。理論はあるのに、実物の観測が乏しいのです。
今回の話がおもしろいのは、その貴重な実例が、望遠鏡ではなく古代の星表から見つかったという点です。人類が2000年前に書き残した明るさの記録が、現代の恒星進化論を検証するデータとして機能している。
著者らは論文の締めくくりで、TESSのような現代の測光サーベイを使えば、いま同じ過程を通っている連星をもっと見つけられるはずだと述べています。テータ・エリダニで起きたことが特別でないなら、近接連星ではありふれた出来事なのかもしれません。
解釈上の留意点
いくつか、割り引いて読むべき点があります。
まず、この論文は2026年6月29日にarXivへ投稿されたプレプリント(査読前の原稿)です。専門誌の審査を経ておらず、内容が今後変わる可能性があります。
次に、著者ら自身の言葉づかいも慎重です。観測から確実に言えるのは、内側の連星の軌道・質量・半径と、主星が水素燃焼を終えた直後にあること。共通外層による増光というシナリオは、それらの数値が「示唆する」ものであって、証明されたわけではありません。過去の離心率0.6という値も、現在の状態から逆算した推定です。
古代側の数字にも幅があります。当時の明るさ0.2等という値は、「13個の明るい星のひとつ」という記述から復元したもので、古代の等級の付け方をどう解釈するかによって前後します。もっとも、記録の誤りだけで2.7等もの差を説明するのは無理がある、というのが著者らの立場です。
それでも、ばらばらの時代・ばらばらの文化の3人が残した「明るい」という証言と、現代の干渉計と宇宙望遠鏡が測った軌道の数字が、一つの筋書きの上で噛み合っている。その手ざわりは十分に興味深いものです。追試を待ちたいところです。
出典
・Idel Waisberg, Boaz Katz (2026), “The forgotten bright star: Theta Eridani as a millenary stellar transient observed by Hipparchus, Ptolemy and al-Sufi”, arXiv:2606.30748(査読前プレプリント)(リンク)
・Universe Today「To Ancient Astronomers, Theta Eridani Was Brighter For A Thousand Years. Now We Know Why」(リンク)


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