鳥の群れを眺めていると、理科で習った法則がひとつ、成り立っていないように見えます。作用・反作用の法則です。押した分だけ押し返される、というあれです。ところが群れの中の鳥は、前や横にいる仲間には向きを合わせるのに、後ろの仲間のことは気にしません。影響が一方通行で、押し返しがない。
この「例外」を、物理学が何百年もかけて磨いてきた道具でそのまま扱えるようにした、という研究が学術誌『Nature Physics』に載りました。やり方は、鳥1羽ごとに、実在しない相棒をもう1羽ずつ数式の上に置く、というものです。
作用・反作用という土台
作用・反作用の法則は、ニュートンが330年以上前にまとめた運動の3法則のうちの3番目です。AがBを押せば、BもAを同じ大きさで逆向きに押し返す。走るときに足で地面を蹴ると地面が体を押し返してくれるのも、ふくらませた風船の口を離すと、空気が後ろに出ていく分だけ風船が前に飛んでいくのも、この法則で説明がつきます。
地味に見えますが、この法則は古典力学の土台そのものです。作用と反作用が釣り合っているおかげで、系全体の「エネルギー」という量をきちんと定義できます。エネルギーが定義できると、そこから先の道具が一気に使えるようになります。モンテカルロ法(乱数を使って多数の粒子のふるまいを効率よく計算する手法)も、変数を都合よく取り替えて式を簡単にする技も、要するにエネルギーの存在を前提にしている。研究チームのマリン・ブコフ氏は、大学の理論力学で教える内容はつまるところ作用・反作用の原理の上に成り立っている、と表現しています。
群れが例外に見える理由
鳥の視野はかなり広いのですが、群れで飛ぶときには前方と側方の仲間だけを見て進路を決めます。真後ろにいる鳥に合わせて向きを変えることはありません。つまり、前の鳥は後ろの鳥に影響を与えるのに、その逆は起きない。物理学ではこういう一方通行の結びつきを非相反相互作用(ひそうはん、=行きと帰りが釣り合わない相互作用)と呼びます。
同じことは鳥以外でもあちこちで起きています。化学物質の濃さを感じ取って動く細菌の集団、人ごみの中ですれ違う歩行者、胚のなかで組織を作りながら這っていく細胞。水中を沈んでいく粒子どうしも、互いが起こす水の流れを通じて影響しあうので、行きと帰りの力が釣り合いません。

困るのは、こうした系では「エネルギー」を定義できないことです。力が一方通行だと、その力のもとになる位置エネルギーの山や谷を描けません。エネルギーが書けないので、上で挙げた道具がまとめて使えなくなる。仕方なく、運動方程式をそのまま総当たりで解くしかありませんでした。細胞の集団や群れのふるまいを大きな規模で調べたいのに、いちばん効率のいい計算手段が封じられていた、ということです。
実在しない相棒を1つずつ足す発想
ドイツ・ドレスデンのマックス・プランク複雑系物理学研究所のチームが出した答えは、拍子抜けするほど素直でした。系の要素ひとつひとつに対して、自然界には存在しない「相棒」を数式の上で用意する。そして、もとの一方通行の関係を、その相棒とのきちんと釣り合った関係に置き換えてしまう。
鳥の群れでいえば、実在する1羽ずつに対して、正反対の向きを向いた架空の鳥を1羽ずつ配置するイメージです。この鳥はどこにも飛んでいませんし、観測にもかかりません。あくまで計算のうえでの帳尻合わせ役です。ただ、この相棒を置いた瞬間に系全体は釣り合った関係だけでできた形になり、エネルギーにあたる量(ハミルトニアン)を書き下せるようになります。

鏡の関係を保つ拘束条件
もちろん、相棒を足しただけでは、もとの群れとは別物になってしまいます。そこでチームは「鏡の拘束条件」と呼ぶ条件を課しました。相棒はつねに、本物とちょうど正反対を向いている、という取り決めです。
うまくできているのは、この条件を計算の最初に一度だけ課しておけば、あとは運動方程式が勝手にそれを守り続ける点です。時間が経っても本物と相棒の向きは正反対のまま保たれる。そして条件を課した状態で式を展開すると、余計な項がきれいに打ち消し合い、もとの一方通行の運動方程式がそのまま出てきます。つまり、釣り合った系のふりをしながら、釣り合っていない本来のふるまいを正確に再現できる——これが今回の中身です。
ちなみに、相棒の側の運動エネルギーには数式上マイナスの符号が付きます。奇妙に見えますが、本物と相棒の鏡の関係を崩さないためにはこの形が必要でした。
シミュレーションでの検証
絵に描いた餅でないことを示すため、チームは格子の上に並べた「視野コーンを持つスピン」という模型で確かめています。それぞれの向きを持った矢印が格子の各点にあり、自分の視野に入った隣の矢印にだけ向きを合わせる、という単純化したモデルです。鳥の群れのいちばん骨だけを残した形だと思ってください。
この模型には、温度を上げていくと矢印の向きがそろった状態からばらばらの状態へ移り変わる転移点があります。もとの運動方程式を地道に解いて求めた転移温度は、相互作用の強さを1としたときに0.79(誤差±0.04)。今回の架空の相棒を使ったモンテカルロ計算でも、同じ0.79(誤差±0.04)が出ました。
比較対象がはっきりしているのが効いています。これまで使われてきた近似的な手法では0.86、相棒を省いて単純に釣り合った形に均してしまうと約1.72と、正解の2倍以上ずれてしまう。長らく決着のつかなかった食い違いが、これで整理された形です。加えて、縞模様が延々と横に流れ続けるような、いつまでも落ち着かない状態も正しく再現できました。
気になる計算コストですが、相棒を足すぶん変数は倍になるものの、モンテカルロ法に落とし込む段階で相棒の変数が式から消えてくれます。結局、計算する対象の数はもとのままです。
群れ以外への広がり
論文の補足資料では、この手法が実験室で実際に作られている5つの系にも当てはまることが示されています。半球ごとに性質の違う微粒子(ヤヌス粒子)、歩行ロボット、左右で反発の強さが違うように作られたロボット製の人工材料、光でスイッチを入れる人工的な「群れ」、そして水中を沈んでいく粒子。どれも一方通行の相互作用を持つ系です。
さらにチームは、外から周期的に揺さぶりをかけると相互作用の強さを方向ごとに調整できることも示しました。ある条件で揺さぶると、2次元の格子が実質的にばらばらの1次元の鎖に変わってしまう。もともとエネルギーが定義できる系のために発達してきた制御の技が、そのまま持ち込めたわけです。
共著者のロデリッヒ・メスナー氏は、この先の関心として、作用・反作用が成り立たない状況が量子の世界でもまったく新しい集団的なふるまいを生むのかどうかを挙げています。そこはまだほとんど分かっていない、というのが現状のようです。
解釈上の留意点
まず、鳥が物理法則を本当に破っているわけではありません。鳥どうしに働いているのは、機械的に押し合う力ではなく、視覚という情報を介した実効的な結びつきです。同じように、沈む粒子の場合は水の流れが、細菌の場合は化学物質が、力を仲立ちしています。この仲立ち役を勘定に入れずに2者だけを取り出して眺めるから、釣り合わないように見える。運動量が消えてなくなっているわけではない、ということです。
次に、この研究は群れについて新しい事実を発見したわけではありません。著者ら自身が書いているとおり、もとの運動方程式が持っている情報以上のものを付け加えてはいません。あくまで、既存の強力な道具を使えるようにするための橋渡しです。ただし橋がかかったことで、これまで手が出せなかった規模や条件での解析が現実的になります。
適用範囲にも条件があります。今回の枠組みは2つずつの組で働く相互作用が対象で、あらゆる系に使えるわけではありません。また、作った「エネルギー」は拘束条件を課すとゼロになってしまうので、もとの系の本当のエネルギーを表しているわけではなく、運動を生み出す道具として働いているにすぎません。この居心地の悪さ自体が、非相反な系が平衡から外れていることの現れだと著者らは説明しています。
出典・もっと知りたい人へ
論文は査読を経て2026年6月12日に『Nature Physics』へ掲載されました。著者はYu-Bo Shi氏、Roderich Moessner氏、Ricard Alert氏、Marin Bukov氏の4名です。


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