2026年8月5日の日本時間15時34分ごろ、月面に人工物がひとつ落ちます。落ちてくるのはスペースXのファルコン9ロケットの上段——2025年1月に、日本の ispace の月着陸機「レジリエンス」を月へ送り出した、あのロケットの上半分です。
狙って落とすわけではありません。役目を終えたまま1年半あまり地球のまわりを回り続けた機体が、8月5日にたまたま月とぶつかる位置に来てしまう。それが軌道計算で先に分かったので、いま世界中の望遠鏡がその瞬間を待ち構えています。
衝突する物体の正体
この物体に名前はなく、カタログ上の登録番号「2025-010D」で呼ばれています。2025年に軌道へ打ち上げられた10番目のロケット(1月15日)から追跡された、4番目のハードウェア、という意味です。
その打ち上げは、2機の民間月着陸機を月へ送り届けるものでした。米ファイアフライ・エアロスペースの「ブルーゴースト1号」が2025-010A、ispace の「レジリエンス」(HAKUTO-R ミッション2)が2025-010B。2機をつないでいた結合部が2025-010Cで、それらを地球のまわりの低い軌道から月へ届く軌道まで押し出したファルコン9の上段が、2025-010Dです。
大きさは全長およそ12メートル、直径およそ4メートル。5階建てのビルくらいの金属の筒だと思うと、規模がつかめます。燃料を使い切った状態の重さは4,000〜4,900キログラムと見積もられていますが、正確な値は分かっていません。この幅が、後で出てくる衝突エネルギーの見積もりにもそのまま効いてきます。
役目を終えたあと、この上段は周期およそ26日のいびつな軌道に取り残されました。地球にいちばん近づくときで約22万キロメートル、いちばん遠ざかると約51万キロメートル。月までの距離が約38万5千キロメートルなので、月の軌道をまたぐように行ったり来たりしていたことになります。ふだんは片方が交差点を通るときにもう片方は別の場所にいるのですが、8月5日は両方が同時に来ます。

着陸機本体との違い
ここは取り違えやすいところなので、先に整理しておきます。今回月に落ちるのは、日本の着陸機そのものではありません。
レジリエンスは、打ち上げから約5か月かけて燃料を節約する遠回りの経路をとり、2025年6月6日(日本時間)に着陸を試みました。しかし着陸のおよそ90秒前に通信が途絶え、月面に落下しています。つまり日本の着陸機は、1年以上前にすでに月へ到達していて、そこで終わっています。
ブルーゴースト1号のほうは2025年3月2日に着陸に成功しました。2機をつないでいた結合部は、同年3月15日にアルゼンチンとチリの国境付近の上空で地球の大気圏に再突入しています。4つの物体のうち、行き場が決まらないまま残っていたのが上段だけ、というわけです。
予測の根拠と精度
この衝突を最初に見つけたのは、米メイン州でプロジェクト・プルートという事業を営むビル・グレイ氏です。小惑星を探す観測チーム向けに「これは岩ではなく人工物です」と判別するツールを提供している人で、地球から遠い高い軌道の宇宙ごみを継続的に追跡しているのは、本人いわく世界でほぼ自分だけだといいます。
2025年9月、蓄積された観測データを自作の軌道計算ソフトに通したところ、2026年8月5日に月への衝突という結果が出ました。この種の物体は月と同じくらい遠くにあるため、地上のレーダーでは歯が立ちません。距離が400倍になると返ってくる電波は256億分の1にまで弱まってしまうので、追跡は望遠鏡が頼りです。小惑星探索の大型サーベイに加えて、ミシシッピ州、ユタ州、北京、イギリスなどの観測者からデータが寄せられています。
予測を難しくしているのは、重力ではなく太陽放射圧——太陽の光そのものが物体を押す力です。ごく弱い力ですが、数か月ためこむと効いてきます。しかも上段はゆっくり回転していて、向きによって受ける光の量も反射の向きも変わるため、完全には読み切れません。実際、グレイ氏の予測は6月8日の更新で時刻が9分ほど早まり、場所が約170キロメートル北西へずれました。7月17日の更新では、時刻が数秒、場所が約10キロメートルの動きに収まっています。
2026年7月17日時点での最良の推定は、協定世界時8月5日6時34分32.9秒(日本時間15時34分32.9秒)、月面の北緯19.455度・西経93.594度。誤差はグレイ氏の見立てで時刻が数秒、位置が数キロメートルです。衝突直前まで観測を続けるので、当日にはさらに絞り込まれる見込みです。
なお、こうした予告には苦い前例があります。2022年、月に落ちる物体が「DSCOVR衛星を打ち上げたファルコン9の上段」として報じられ、後に中国の嫦娥5号T1の上段だったと訂正されました。訂正したのはグレイ氏自身です。あのときは小惑星探索が謎の天体として先に見つけたものを後から同定しにいったため、取り違えが起きました。今回の2025-010Dは打ち上げ直後から登録番号つきで追われている機体なので、同じ混乱は起きにくい状況です。
落下地点と観測条件
落ちるのは、月の西の縁にあるアインシュタイン・クレーターのすぐそば、クレーターが密集した地形です。地球から見上げると、月の左側のふち近くにあたります(北半球から見た場合)。Space.com は、アインシュタインとベルという2つのクレーターの間あたり、と表現しています。座標を見るとちょうど両者の中間なので、どちらの言い方でも同じ場所を指しています。
ぎりぎり表側(地球から見える側)ですが、これは月の首振り運動(秤動)のおかげで縁の向こうがこちらを向いてくれる、という条件つきです。グレイ氏は、今後のデータ次第でわずかに裏側へずれる可能性も完全には否定していません。
問題は、そこに太陽が当たっていることです。衝突の瞬間、落下地点ではほぼ真上から日が差しています。月は満月から1週間ほど過ぎ、半分より少し多く光っている状態。明るい月面を背景に、一瞬の閃光を捉えるのは相当に厳しいということになります。
実際、自然の隕石であれ人工物であれ、月の日照面で衝突の閃光が検出された例はこれまでにありません。そのうえ、この上段は落下速度が秒速2.43キロメートル(時速約8,700キロメートル)と、天然の隕石にしてはかなり遅い部類です。自然の隕石は秒速10キロメートル級が普通で、速度が落ちると衝突エネルギーのうち光になる割合が急激に下がります。Fernando らの見積もりでは、閃光の明るさは3等級(かなり明るい)から15等級より暗い(検出不能)まで開いていて、落ちた先がやわらかいレゴリスか固い岩盤かで結果が変わってしまいます。
観測地の条件もあります。協定世界時の6時34分は、南米と北米の低〜中緯度が夜にあたる時間帯。日本は午後3時半で、残念ながら好条件からは外れます。
噴出物の柱をめぐる二つの見積もり
そこで研究者が本命に据えているのが、閃光ではなく噴出物(イジェクタ)のほうです。衝突で吹き上がった月の砂が縁の外へ、つまり黒い宇宙を背景にした位置まで抜けてくれば、明るい月面に紛れずに見える可能性がある——縁での衝突は、この一点だけは有利に働きます。

上の画像のような光景が成立するかどうかが、今回いちばんの見どころです。ただし、どこまで上がるかの予測はチームによって大きく食い違っています。
テキサス大学オースティン校のウィリアム・ジョー氏らは、7月27日に公開した査読前の論文(Geophysical Research Letters に投稿中)で、噴出物の「カーテン」が高度15〜20キロメートル、中心の噴き上がり(スパイク)が75〜100キロメートル、横方向には183キロメートルまで広がると予測しました。衝突後の数分間は、暗い空の背景より数桁明るくなるという計算です。
一方、ロスアラモス国立研究所のベンジャミン・フェルナンド氏ら23人による別の査読前論文(7月16日公開)のシミュレーションでは、計算で追えた粒子の到達高度は約1.5キロメートルにとどまりました。ただしこちらは、0.37メートルより小さい破片が計算の解像度に載っていないと明記しています。細かい破片ほど数が多く、速く飛び出すので、実際にはもっと高く上がるはず、と論文自身が断っています。
グレイ氏の手計算はさらに控えめで、秒速100メートルで飛び出した岩なら約3キロメートル、一部が秒速300メートルで飛び出せばその9倍程度、というものです。
つまり1.5キロメートルから100キロメートルまで、見積もりが二桁近く開いているのが現状です。理由は2つあります。ひとつは、それぞれのモデルが数えている対象が違うこと。大きな破片だけを追った計算と、細かい塵まで含めた計算を、そのまま比べることはできません。もうひとつは、中が空洞の人工物が月面に落ちたときのモデルがほとんど存在しないこと。ジョー氏はこの点を強調していて、自然の隕石とはまるで違う噴出のしかたをするようだ、と述べています。ジョー氏自身、自分たちの数字は一つの標準ケースにすぎず楽観寄りだと、Space.com の取材にことわりを入れています。
掘り出される量については、フェルナンドらのシミュレーションと従来のスケーリング則がおおむね一致しています。約1,100トン、機体自身の質量の150〜200倍のレゴリスが吹き飛ばされる計算です。衝突のエネルギーはTNT火薬でおよそ3トン分にあたります。
新しいクレーターの追跡
噴出物が見えるかどうかにかかわらず、地面に残るクレーターのほうはほぼ確実に記録されます。
NASAの月周回探査機LROは、衝突の約7日前と約7日後に落下地点の上空を通る予定です。ゴダード宇宙飛行センターでLROのプロジェクトサイエンティストを務めるブレント・ギャリー氏は、衝突後のほうが正確な位置が分かるので、1週間後にはそこを狙って撮影できるだろうと話しています。前後の画像を並べれば、新しく空いた穴がそのまま浮かび上がります。
ただし衝突の瞬間、LROは落下地点からほぼ90度離れた経度を飛んでいます。そのため、2009年のLCROSSのときに行われたような噴出ガスの紫外線分光は今回できません。
代わりに面白い位置にいるのが、韓国の月周回探査機ダヌリ(KPLO)です。衝突のおよそ2分前、この上段から数キロメートル以内をかすめる見込みで、事前の画像はすでに取得済み。追跡観測も、できるだけ衝突当日のうちに行う計画が立てられています。
できるクレーターの大きさは、直径20〜30メートル、深さ5メートルほどと見積もられています。グレイ氏はもう少し小さく17メートルくらいと見ています。参考になるのが2022年の嫦娥5号T1上段で、こちらは直径16メートルと18メートルの二重クレーターを作りました。上段の先端に重い荷物が載っていて、それが別に穴を掘ったのではないか、というのが現在の見方です。今回の2025-010Dは着陸機2機を運ぶだけで手一杯だったため上部に余計な質量がなく、単発のクレーターになりそうだとグレイ氏は予想していますが、落ちる瞬間の姿勢しだいでは二重になる可能性も残っています。
宇宙ごみの後始末という課題
フェルナンドらの計算では、追跡できた粒子の最大到達距離は1,000キロメートルを少し下回りました。月面のかなり広い範囲に届く距離で、将来そこに人や設備が置かれることを考えると無視できない、と論文は指摘しています。
ただしグレイ氏の見方はもっと落ち着いています。今回の一件そのものは心配する必要がなく、自然の隕石のほうがはるかに大きい、というのが彼の立場です。2024年春には隕石の衝突で直径225メートルのクレーターができています。今回できる穴はその10分の1程度で、吹き飛ばされる量にいたっては1000分の1ほどにしかなりません。
それより本人が問題視しているのは、使い終わった機体の置き場所を誰も気にしてこなかったことのほうです。月やその先へ向かうミッションの上段には、実は簡単な逃がし方があります。地球と月から離れて太陽のまわりを回る軌道へ送り込んでおけばいい。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の上段はそう処理され、今後100年、おそらく数千年は地球にも月にもぶつからない経路に入っています。2025年11月に火星探査機エスカペードを打ち上げたファルコン9の上段も同じように処理されていて、スペースXがそう望んだらしい、とグレイ氏は書いています。中国の国家航天局も、ここ数年の月ミッションでは上段を太陽まわりの軌道に入れています。
この手が使えるのは、もともと月より遠くまで行く力を持ったロケットだけです。地球の低い軌道までしか届かない大多数の機体には応用がききません。それでも、月へ行く機体が増えていくこれからを考えると、やっておく意味のある処理ではあります。
留意点
衝突そのものはほぼ確実ですが、正確な時刻と場所には数秒・数キロメートルの幅があります。太陽放射圧の効き方が完全には読めないためで、落下地点がわずかに月の裏側へずれる可能性もゼロではありません。
噴出物の高さの数字は、いずれも査読前のプレプリントの段階です。75〜100キロメートルという値だけを取り出すと確定したことのように見えますが、別チームの計算では1.5キロメートル、追跡している本人の概算では3キロメートルと、大きく開いています。何をどう数えるかで結果が変わる段階だと理解しておくのが妥当です。
閃光が見える保証もありません。日照面での衝突閃光は自然・人工を問わず検出例がなく、明るさの予測は3等級から15等級より暗いところまで幅があります。2009年にNASAが意図的に上段を月に落としたLCROSSでも、地上の望遠鏡からは当初なにも見えませんでした(後年、処理技術が進んでから過去のデータに痕跡が見つかっています)。
そして繰り返しになりますが、落ちるのは日本の着陸機そのものではなく、それを月へ送り出したロケットの上段です。レジリエンス本体は2025年6月にすでに月面へ落下しています。
数値は2026年8月2日時点の公表値です。グレイ氏は衝突の直前まで予測の更新を続けているので、当日にはより精密な値が出ているはずです。
出典
この記事は、以下の情報をもとに書いています。
Upper stage impacting the moon on 2026 August 5(Bill Gray / Project Pluto・2026年7月31日更新)


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