私たちが住む天の川銀河は、大昔に円盤ごと90度以上「ひっくり返った」ことがあるかもしれない——そんな研究発表が、2026年7月に英国で開かれた王立天文学会の年会(ナショナル・アストロノミー・ミーティング)で行われました。発表したのは英ダラム大学のチームです。
きっかけは、天の川銀河に長年残っていた一つの謎でした。銀河の外側をおおう星のまばらな領域「ハロー」が、なぜかほとんど回転していないのです。スーパーコンピューターで天の川に似た銀河25個の一生をたどったところ、ハローの回転が遅い銀河には共通点がありました。過去に別の銀河と正面衝突し、そのあと円盤の向きが大きく変わっていたのです。

天の川銀河をつつむ恒星ハロー
天の川銀河というと、渦を巻いた平たい円盤の姿を思い浮かべる人が多いと思います。実際、銀河の星の大部分はこの円盤に集まっていて、太陽もそのメンバーの一つです。
ただ、銀河の星はそれだけではありません。円盤のまわりには、恒星ハローと呼ばれる領域が球状に広がっています。円盤よりずっと大きいのに星はまばらで、そこにいるのは古い星ばかり。重い元素(天文学でいう「金属」)をあまり含まない、銀河の初期からいるような星たちです。その多くは、もともと別の小さな銀河で生まれ、天の川銀河が合体・吸収を繰り返すなかで取り込まれてきたと考えられています。
いわば円盤が銀河の「にぎやかな都心」で、ハローは古い住人が点々と暮らす「静かな郊外」。今回の主役は、この郊外のほうです。
ほとんど回っていないハローの謎
欧州宇宙機関(ESA)の位置天文衛星ガイアは、天の川銀河の星を数十億個という規模で測定し、それぞれの動きを明らかにしてきました。その観測からわかったのが、恒星ハローの回転の遅さです。全体としての回転はわずか秒速10〜20キロメートルほど。円盤の星々が秒速200キロを超えるスピードで銀河を回っているのと比べると、10分の1以下で、ほぼ止まっているに近い水準です。
銀河の質量から考えると、ハローはもっと速く回っていてもおかしくない。なぜこんなに遅いのかは、これまで説明がついていませんでした。
シミュレーションが示した共通点
ダラム大学のキリル・バトラコフ氏らのチームは、この謎に「アウリガ(Auriga)」と呼ばれる宇宙論シミュレーションで挑みました。ブラックホール、超新星爆発、ダークマター、重力の効果を組み込んで、宇宙の初期から銀河が形づくられていく様子を丸ごと計算するものです。チームは天の川に似た銀河25個を対象に、およそ110億年ぶんの進化をたどりました。
すると、ハローの回転がとくに遅い銀河には、はっきりした共通点が浮かび上がりました。過去に別の銀河との大規模な正面衝突を経験していたこと。そして、円盤の向きが90度を超えて変わる「円盤反転(ディスク・フリップ)」を起こしていたことです。
反転といっても、コインを弾くように一瞬でくるっと裏返るわけではなく、長い時間をかけて銀河全体が傾いていくイメージです。それでも、円盤の向きが90度以上変わるというのは、銀河にとって相当な大事件です。
鍵を握る大昔の正面衝突
ここで思い当たるのが、天の川銀河が実際に経験したことのわかっている大衝突です。今からおよそ100億〜110億年前、ガイア・エンケラドス・ソーセージ(通称ガイア・ソーセージ)と呼ばれる大型の矮小銀河が天の川銀河に正面から衝突し、のみ込まれました。天の川銀河の初期の歴史では最大級の合体イベントで、その名残として、細長いソーセージ状の軌道を描く星が今も無数に残っています。
シミュレーションが示した「ハローの回転が遅い銀河は、正面衝突と円盤反転を経験している」という結果に、この衝突を重ねると筋が通ります。つまり、ガイア・ソーセージとの衝突をきっかけに天の川銀河の円盤も反転し、その一方で外側のハローには昔の運動の名残がとどまった——だから今の円盤から見ると、ハローはほとんど回っていないように見える、という筋書きです。長年の謎だったハローの遅い回転が、銀河の過去の「宙返り」の痕跡かもしれない、というわけです。
太陽の軌道とダークマターへの示唆
この話が面白いのは、謎解きにとどまらない広がりがあるところです。
まず、円盤が反転したのなら、天の川銀河の星の多くは、かつて今とはまったく違う軌道を動いていたことになります。バトラコフ氏は、私たちの太陽(の材料になった物質)も例外ではなく、太陽系の「安定した居場所」が銀河の歴史を通してずっと安定だったとは限らない、と指摘しています。
もう一つがダークマター(光では見えない謎の物質)との関係です。天の川銀河は、目に見える星々よりはるかに大きなダークマターのかたまり(ダークマターハロー)に包まれていると考えられていますが、見えない以上、その回転を直接測ることはできません。今回のシミュレーションでは、恒星ハローの回転とダークマターハローの回転が連動していることも示されました。恒星ハローの動きから、見えないダークマターハローの動きを推し量れるかもしれないのです。チームは、天の川銀河のダークマターハローもゆっくり回転している可能性が高い、と見ています。
さらに、別のチームが今年発表した査読済み論文でも、ガイアのデータから「天の川銀河のダークマターハローがねじれており、円盤反転シナリオの予測と合う」ことを示す暫定的な証拠が報告されています。独立した研究どうしが同じ方向を指しつつある、という段階です。
解釈上の留意点
とはいえ、この説はまだ確定ではありません。今回の研究は学会発表の段階で、査読を経た論文としてはまだ出版されていません。バトラコフ氏自身も「円盤反転は有力な説明だと思うが、100パーセント確実と言うにはまだ早い」と述べており、反転の痕跡を別の角度からも探す必要があるとしています。
また、私たちは天の川銀河の内側にいるため、銀河の全体像を外から直接見ることはできません。数十億年前の出来事を望遠鏡で撮り直すこともできない以上、シミュレーションと現在の観測を突き合わせて過去を推理していくしかない、という制約はどうしても残ります。裏を返せば、いま夜空に見えている星たちの動きだけから、100億年前の大事件を復元できるかもしれない——そこがこの研究のいちばんの見どころだと思います。
出典・もっと知りたい人へ
この記事は、以下の発表・報道をもとに書いています。
Cosmic gymnastics: How our Milky Way once underwent a dramatic flip(EurekAlert!・王立天文学会プレスリリース)
The Milky Way Flipped its Disk Billions of Years Ago(Universe Today)
Cosmic gymnastics: How the Milky Way once underwent a dramatic flip(Phys.org)
今後も、宇宙や銀河に関する研究を紹介していく予定です。


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