「AIの学習用に紙の本を仕入れます」——案内ページが報道の1週間後に消えた

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「あなたのAI(大規模言語モデル)のデータセット向けに、紙の本を仕入れます」。書籍データベース会社のISBNdbが、自社サイトにこんな案内ページを出していました。米メディアの404 Mediaがこれを報じた7日後、ページはサイトから消えます。さらにその2日後、同社は「本を購入したことも、スキャンしたことも、売ったこともない」と全面的に否定するコメントを出しました。

AIに学習させるテキストが足りない、という話の先で何が起きているのか。この一件は、そこがかなり具体的に見える出来事になりました。

案内ページに書かれていた内容

ISBNdbは、ISBN(本の裏表紙のバーコードでおなじみの国際標準図書番号)にひもづく書名・著者・出版社といった書籍のメタデータ、つまり本そのものではなく「本についての情報」を扱う会社です。同社の説明によれば、20年以上にわたって書店・図書館・読書アプリの裏側を支えてきました。

問題になったのは、そのサイトに置かれていた「Printed Books Sourcing for Your AI LLMs Dataset Needs(AI大規模言語モデルのデータセット向け・紙の本の調達)」というページです。404 MediaとFortuneの報道によると、そこには1,000冊から100万冊という単位のまとめ買いに対応する、AIが必要とする規模で届ける、といった内容が並んでいました。

同社のブログ記事にも、印象的な売り文句が残っていました。世界最高のAI学習データは棚の上に眠っている、というものです。本は人の手で選ばれ、査読を通り、分野ごとに整理された知識のかたまりで、ウェブをクロールして集めたテキストでは代えがきかない——そういう趣旨の説明が添えられていました。

削除されたページの一つには、こんな理屈も書かれていたと報じられています。中古市場でまとめて紙の本を買っても、書き手が本来受け取るはずだった収入を奪うことにはならない。すでに著者への支払いを終えている本だから、という説明です。

同じ資料の中で、見た目の悪さについても率直に触れていました。イメージの問題は現実にある、「AI企業が200万冊の本を破壊」は共感を呼ぶ見出しではない——顧客向けの資料に、そう書いてあったといいます。

2022年を境にした線引き

なぜ紙の本なのか。ここには、はっきりした線が引かれています。

生成AIが広く使われるようになって以降、ネット上のテキストにはAIが書いた文章が大量に混ざるようになりました。粗く量産されたそうしたテキストは「AIスロップ」と呼ばれます。AIの出力で学習した次のAIが、さらに質を落としていく連鎖は「モデル崩壊」と呼ばれ、学習データの質を脅かす要因として警戒されています。

その点、2022年より前に印刷された紙の本には、AIが書いた文章が入り込む余地が構造的にありません。ISBNdbの削除済み記事も、2022年以前の紙の本はAI生成テキストを含まないので学習データとして理想的で、モデル崩壊を防げると書いていました。

紙かデジタルかではなく、いつ書かれたかで値打ちが決まる。テキストの「産地」を年で区切るこの発想自体が、数年前には存在しなかったものです。

著者へ向けられた提案

同じ削除済み記事には、もう一つ目を引く一節がありました。自分の本がこう使われるのが嫌な著者は、AIモデルを混乱させたり妨害したりすることを念頭に置いて書けばいい、という趣旨の提案です。

学習データにされたくないなら、AIが読んだときに壊れるような文章を書けばいい、ということになります。本を仕入れる側が用意した資料に、書く側の対策としてこれが載っていた。本に限らず、ネット上に置かれた文章が学習データの対象になっている点は同じです。

否認と削除までの経緯

日付を並べると、動きはすべて報道の後に起きています。

404 Mediaが最初にこの件を報じたのが7月21日。ISBNdbが問題のページを削除したと自社のニュース欄に告知したのが7月28日で、需要を探る取り組みの一環だったが、その方向から手を引くことにした、と説明しています。書籍メタデータのAPIという本業のサービスには影響がない、とも書かれています。

そして7月30日、報道から9日後に、トップページとニュース欄にあらためて声明が出ました。ISBNdbは本を購入したことも、スキャンしたことも、売ったこともない。AI向けであれ、それ以外であれ。AIモデルの学習はしていないし、これまでもしていない。あのページは市場の関心を探るテストで、そうしたサービスが形になったことは一度もない——そういう内容です。自分たちの仕事は本を探す手助けであり、扱っているのは本についてのデータであって本そのものではない、と結ばれています。

404 Mediaによると、同社はそれまでの取材依頼には回答しておらず、今回の問い合わせにもこの声明と同じ文面を返しています。Fortuneが個別に確認したときも、サービスは立ち上がっていない、AI企業向けに本を買ったこともスキャンしたこともない、掲載していたのは構想段階のページだった、という同じ趣旨の回答でした。

報道後も変わっていない状況

ページは消えましたが、その周りで起きていたことまで消えたわけではありません。

404 Mediaの取材に応じた古書店主は、注文の量だけでなく中身がおかしいと話しています。買われていく本のジャンルに脈絡がなく、値段がまったく気にされない。かなり高く値付けしていた本まで次々に売れていった。金に糸目をつけない買い手はAIくさい、という見立てです。

Fortuneの報道では、オランダの古書業者が3,000冊という注文のメールを受け取り、詐欺か迷惑メールだろうと思ったという話も紹介されています。

紙の本を大量に買ってスキャンする動きそのものは、別の場所で確認済みでもあります。作家たちがAI企業Anthropic(Claudeの開発元)を訴えた著作権訴訟では、開示された社内文書から、数百万冊規模の紙の本を購入してスキャンし、その過程で本そのものを破棄する計画が明らかになりました。ワシントン・ポストの調査では、同社がBetter World Booksという業者から本を買っていたことも報じられています。

ISBNdbが否認しても、AI企業が2022年以前の紙の本を欲しがる理由は何ひとつ変わっていません。案内ページが1枚消えて変わったのは、そのページの有無だけです。

留意点

いくつか、正確に押さえておきたい点があります。

まず、確認されているのは「ISBNdbのサイトにAI向けの案内ページが載っていた」というところまでです。実際に本の売買やスキャンがおこなわれたかどうかは確認されておらず、同社はそれを明確に否定しています。「本をスキャンしてAIに売っていた会社」という書き方は、現時点では事実を超えます。

古書店主の証言も、個別の体験談です。多数の店舗を調べた統計ではありませんし、買い手がAI企業だと裏が取れているわけでもありません。書籍のマーケットプレイスは購入者の身元を伏せる仕組みが多く、売り手側に確かめる手立てがないという事情もあります。ここから「古本の値段が上がっている」といった一般化はできません。

Anthropicの件は訴訟で開示された文書に基づく話で、同社が現在も同じやり方を続けているかどうかは分かりません。

出典

この記事は、以下の報道・資料をもとに書いています。

・404 Media「Company Offering Printed Books to Train AI Stops After 404 Media Coverage」(Samantha Cole・2026年7月31日/取材協力 Emanuel Maiberg)
・404 Media「AI Companies Are Buying Tons of Old Books Because They’re Free of AI Slop」(Emanuel Maiberg・2026年7月21日)
・ISBNdb「Project News」(2026年7月28日・7月30日の告知)
・Fortune「オランダの古書業者への大量注文に関する報道」(2026年7月31日)
・Ars Technica「Anthropicの書籍スキャンに関する報道

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