天井ごと消える映像——ラスベガスの球体スクリーンの中身を数字で見る

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ラスベガスの球形会場 Sphere(スフィア)の中を分解した解説記事を読んで、いちばん引っかかったのは面積でも解像度でもありませんでした。開演前、客席の上には普通の劇場らしい天井があったそうです。オレンジ色の梁(はり)が弧を描き、換気口があり、吊り下げのスピーカーがあり、照明器具もカーテンもモニターも見えていた。ところが本編が始まった瞬間、その劇場ごと消えたといいます。スピーカーもモニターも、まとめて。

天井も梁も換気口も、最初からスクリーンが映していた絵だったからです。

技術系メディアのHackadayが2026年8月3日に公開した記事で、筆者が実際に会場で体験したくだりです。以下では、そこに挙がっている数字を各社の公式資料で取り直しながら、この面がどう成り立っているのかを見ていきます。先に書いておくと、Sphereは新しくできた施設ではありません。開業は2023年9月29日で、もう3年近く動いています。新しいのは施設ではなく、中身の分解のしかたのほうです。

内側を覆うスクリーンの規模

Sphere Entertainment、LEDを手がけたSACO Technologies、ストレージのHitachi Vantara、メディアサーバーの7thSense——どの公式資料も、内側のLED面の広さを16万平方フィートとしています。メートル法に直すと約1万4900平方メートル。多くの記事が「約1万5000平方メートル」と丸めて書いているのはこの値です。高さは240フィート(約73メートル)で、面は客席の頭上を越えて背後まで回り込みます。

下地の構造を作ったドイツのseeleは、この広さを「サッカー場2面分」と表現しています。ちなみにSphere自身のサイトは「アメフト場4面分」と書いていて、比較に使う競技場が違うぶん、印象も変わります。

外側もまるごとLEDで、こちらは58万平方フィート(約5万4000平方メートル)。建物そのものは高さ約112メートル、いちばん太いところで幅約157メートルあります。客席はSphereの公表で17,385席です。

「16K×16K」という表記の読み方

ここが、数字を扱ううえでいちばん注意のいるところです。

Sphere、SACO、7thSense。公式資料はそろって「16K×16K」と書きます。ところが、画素数そのものを公表している一次資料は見つかりませんでした。

「16K」を2の累乗で16,384と取れば、16,384×16,384で約2億6800万。単純に16,000と取れば約2億5600万。報道でもこの2つが入り混じっています。一方、電子工学系のEE World Onlineは「1億7000万超」と書いていて、こちらは桁がひとつ手前です。

食い違う理由は、おそらく「16K×16K」が物理的なLEDの数ではないからです。Hackadayもそこを指摘しています。16K×16Kというのは、机の上のディスプレイのような等間隔の格子ではなく、複雑に湾曲した1枚の巨大なキャンバスとして扱われる映像面の呼び名だ、と。

比較用に並べると、4Kテレビは3840×2160で約830万画素、8Kはその4倍で約3300万画素です。SACOは自社サイトで「HDTVの120倍を超える解像度」という言い方をしています。枚数ではなく倍率で語っているのは、たぶん理由のあることなのだと思います。

面積で割ってみると、この面は密度がそれほど高くないことも分かります。仮に2億6800万画素として約1万4900平方メートルで割ると、1平方メートルあたり約1万8000画素。LEDの間隔にすると平均7.5ミリほどです。1億7000万で計算すれば平均9.4ミリ前後になります(実際、平均9.5ミリという数字も出回っていますが、これも公式値ではありません)。

日本の例と並べると分かりやすくなります。新宿駅東口の「クロス新宿ビジョン」——巨大な3D猫で知られたあの街頭ビジョンは、広告媒体資料によればLEDの間隔が6ミリ、画面は8.16メートル×18.96メートルで約155平方メートル。単純計算で約430万画素、密度は1平方メートルあたり約2万8000画素になります。目の細かさだけなら、クロス新宿ビジョンのほうが上です。

Sphereが桁外れなのは密度ではなく、その密度を1万5000平方メートル近くそろえて、しかも頭上まで回したことのほうです。

平らな格子ではない映写面

LEDの間隔は、面の中で一定ではないとされています。球の極——ちょうど真上にあたるあたり——に近づくほど、等間隔で並べると画素が無駄になってしまうため、場所によって間隔を変えているという説明が複数の解説記事に出てきます。公式資料での明言は見つけられなかったので、そういう説明がある、というところまでにしておきます。

この面はもうひとつ、音を通します。スピーカーはLEDの裏側に置かれていて、Sphereの公式サイトによれば168,000のスピーカーが仕込まれています。客席から音響機材が一切見えないのは、全部スクリーンの向こう側にあるからです。

映像の側にも下ごしらえが要ります。平らなモニター用に作った絵をそのまま貼れば、曲面では歪みます。そこで配信の前に、面の形と客席の位置関係を織り込んだ幾何変形を、あらかじめかけておきます。

この「面に合わせて作る」がどれくらい大変かは、Hackadayの筆者が観たという1939年の『オズの魔法使』の上映が分かりやすい例です。当時のフィルムは1.37対1、ほぼ正方形に近い画角で撮られています。そのまま拡大すれば面のほとんどが余り、面いっぱいに切り出せば俳優が画面の外に出てしまう。Sphere Studiosは、撮影されていない画面の外側——空、風景、群衆、建物——を作り足す方向を選び、従来の修復や合成に加えてGoogleのAIツールを使ったと説明しています。カメラや人物が動いても木の形が変わらない、といった時間方向のつじつま合わせまで必要になりますし、小さな破綻が数メートル幅に拡大されてしまう面でもあります。

6万5000枚を支える下地の構造

LEDは1枚の大きな板ではなく、現場で組み上げられています。枚数は資料によって少し違っていて、構造を担当したseeleは自社サイトで「LEDフレーム65,000枚」と書き、VFX Voiceなどは「SACO製のLEDタイル約64,000枚」としています。タイルとフレームで数え方が違うのか、単なる丸めの差なのかは、はっきりしません。

面白いのはその裏側です。seeleによると、LEDを取り付けるための下地として839のファセットユニット(面を細かく割った多面体の単位)が作られ、1ユニットあたり30点の部品でできています。カスタム部品の総数は45,500点で、しかも一つとして同じ形のものがありません。点検のために人が入れるパネルが229枚仕込まれていて、故障したLEDを交換できるようになっています。

製作時の悩みは温度でした。一日のうちに10度も気温が変われば、アルミの棒は伸び縮みします。seeleは3次元の座標測定機で気温を含めて実測し、その場でデータを処理してアルミ材の切断長を補正する仕組みを使ったといいます。部品ごとに現場での寸法が合うように作っておいて、いったん組み立てて測ってから、ばらして出荷する。そういう手順を踏んだそうです。

毎秒400ギガバイトの再生系統

作ったあとは、そこへ映像を流し続けなければなりません。

事前に作り込んだ映像はネットワーク上のストレージに置かれ、そこから数十台のメディアサーバーへリアルタイムに配られます。ストレージを担当したHitachi Vantaraの発表によれば、この仕組みは27ノード・4ペタバイトのフラッシュで構成され、ダレン・アロノフスキー監督の『Postcard from Earth』の上映時に毎秒400ギガバイト超・遅延5ミリ秒未満という数字を出しています。色は12ビット、4:4:4——色の情報を間引かない方式です。

受け取る側は7thSenseのメディアサーバーで、1台につき4K・毎秒60コマを出力します。これらをつないでいるのは放送業界の規格SMPTE ST 2110で、映像・音声・タイミングをIPネットワーク上の別々の流れとして運びながら同期させるものです。7thSenseは、この規模でこれをやったのはライブ会場としては世界初だとしています。

ひとつだけ読み方の注意を。毎秒400ギガバイトは、あくまでその作品の上映時に測られた上限側の値です。上映中ずっとこの帯域を使い続けている、という意味ではありません。

没入感が成立する条件

冒頭の「天井が消えた」話に戻ります。

普通のスクリーンには縁があります。額縁があり、その外に壁があり、少なくとも端がどこかは分かる。Sphereの面は上へ、そして背後へ回り込んでいて、その手がかりがありません。そこに、遠近感の合った映像と、質感と、影と、見慣れた建築のディテール——梁や換気口や照明——を出す。すると画素の集まりが部屋として受け取られる。Hackadayの筆者は、その説明しか成り立たない、と書いています。

効いているのが解像度の高さではない、というのがこの話の面白いところです。上で見たとおり、画素の細かさはスマホの画面よりずっと粗い。効果を生んでいるのは、視野のどこを埋めるか、どの距離から見るか、明るさはどうか、何を映すか、建物の形はどうか——それらを人間の目の性質と一緒に設計したことのほうです。Sphereの公式サイトにも、視力の式を使って必要な画素数を決めた、という説明が載っています。

つまりこの面が特別なのは「16K」だからではなく、視野の端まで映像で埋めるという一点に、材料も構造も配信もまとめて合わせ込んであるからです。何万というモジュールが同時に働いているのに、観客はモジュールをひとつも意識しない。いちばん手のかかった部分が、いちばん気づかれにくい仕上がりになっています。

数字を読むうえでの留意点

まず、これは新しいニュースではありません。Sphereは2023年9月に開業していて、今回のHackaday記事は稼働中の施設の中身を技術的に分解した解説です。「新しい巨大スクリーンが完成した」という話ではないので、そこは分けて読む必要があります。

次に画素数。「2億6800万画素」という数字はよく見かけますが、これはSphere側が公表している値ではなく、「16K」を16,384と読んだ場合の計算値です。公式資料が言っているのは「16K×16K」という表記までで、報道に出てくる数字は1億7000万超から2億6800万まで幅があります。引用するなら、公式表記のほうを軸にしたほうが安全です。

三つめは部品の枚数。LEDは6万4000枚とも6万5000枚とも書かれますし、seele自身のページも本文では「約47,500点」、数値欄では「45,500点」と部品数が食い違っています。この規模になると、どこまでを1枚・1点と数えるかで簡単にずれてしまうのだと思います。

平均画素間隔についても同じで、本文で触れた7.5ミリや9.5ミリという値は、公表されている面積と画素数の推定から割り出した数字です。SACOもSphereも、内側のLED間隔そのものは公表していません。

出典

The 16K Display That Ate Las Vegas(Hackaday・2026年8月3日)

The Science(Sphere 公式)

Sphere(SACO Technologies 公式・LED)

Sphere Las Vegas / screen wall(seele 公式・構造)

Sphere Entertainment and Hitachi Vantara Reveal New Details on Powering High-Resolution Video Content at Sphere(日立 公式プレスリリース・2024年3月7日)

Sphere and 7thSense Partner to Power Content on Sphere’s Interior and Exterior LED Displays(Sphere Entertainment 公式・2023年10月5日)

Las Vegas’ Sphere: World’s Largest High-Res LED Screen for Live Action and VFX(VFX Voice)

The Las Vegas Sphere by the numbers(EE World Online)

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