なぜアメリカの日焼け止めは遅れていたのか——日本で2007年から使える成分が、米国でようやく解禁

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2026年6月9日、米国の食品医薬品局(FDA)が、日焼け止めに使ってよい有効成分のリストに「ベモトリジノール」を加えました。米国で日焼け止めの有効成分が新しく増えるのは、1990年代後半以来です。9月からは、この成分を使った製品が米国の店頭に並び始める予定になっています。

米国の皮膚科医は「ゲームチェンジャー」と呼んで歓迎しています。ただ、この成分は新発明ではありません。ヨーロッパでは2000年から、日本でも2007年から使われてきました。ドラッグストアに並ぶ日焼け止めの成分表示にも、この成分の名前が載っているものがあります。

この記事では、ベモトリジノールがどんな成分なのかと、米国だけが四半世紀も待つことになった理由を整理します。調べていくと、「米国の規制が遅い」の一言では片づかない事情が見えてきました。

米国で約30年ぶりに加わった日焼け止め成分

まず、FDAの発表内容から確認します。

今回FDAが行ったのは、個別の商品の承認ではありません。米国には「OTCモノグラフ」という仕組みがあります。処方箋なしで買える薬について、「この成分を、この濃度まで、この用途で使うなら、商品ごとの審査なしで売ってよい」と定めた一覧表のようなものです。ベモトリジノールは、この一覧の日焼け止めの欄に、濃度6%までという条件で加わりました。

FDAは、ベモトリジノールを大人と生後6か月以上の子どもに使う場合に「安全かつ有効と一般に認められる」成分だと判断しています。UVAとUVBの両方を防ぎ、皮膚から体内に吸収される量が少ない点も理由に挙げられました。

申請したのは、スイスとオランダに拠点を置く素材メーカー、DSM-フィルメニッヒのグループ会社です。FDAは2025年12月12日に追加の案を公表し、2026年1月26日まで意見を募ったうえで、6月9日に最終決定を出しました。案の公表から決定までは7か月かかっていません。

「何年ぶりか」は資料によって数字が揺れています。FDAの発表は見出しで「20年ぶり」とうたいつつ、本文では「1990年代後半以来」と書いています。スタンフォード大学医学部の解説は「27年ぶり」です。この記事では、FDA本文の「1990年代後半以来」にそろえておきます。

ベモトリジノールが埋めるUVAのすき間

地上に届く紫外線は、波長の長いUVA(315〜400ナノメートル)と、波長の短いUVB(280〜315ナノメートル)に分かれます。スタンフォード大学の解説によると、地上の紫外線の約95%はUVAです。UVBは主に赤くなる日焼けを起こし、UVAは皮膚の奥まで届いて、しわやたるみの原因になります。どちらも皮膚がんに関わります。

米国でこれまで使えた成分は、UVAのうち370ナノメートルあたりまでしか防げませんでした。370〜400ナノメートルの帯は、すき間として残っていたわけです。ベモトリジノールはUVBから400ナノメートルまでを1つの成分で吸収します。吸収のピークは310ナノメートル付近と340ナノメートル付近の2か所にあります。

上の図が従来の米国の日焼け止め、下の図がベモトリジノールを使った場合です。皮膚に届く光の帯のうち、端に残っていたすき間がふさがります。

スタンフォード大学で小児皮膚科を率いるジョイス・テン教授は、米国市場にはこれまで良いUVA吸収剤がなかったと述べています。

もう一つの特徴は、光で壊れにくいことです。米国でUVA対策の主力だったアボベンゾンは、日光に当たると30分ほどで分解が進むため、別の吸収剤を安定剤として一緒に入れる必要がありました。同大学のスーザン・スウェッター教授がそう説明しています。ベモトリジノールは単独で安定しているので、安定剤や油分を減らせます。その結果、べたつきにくく、白浮きもしない製品が作りやすくなります。

ただし、スウェッター教授は、ベモトリジノール入りの製品でも2時間おきの塗り直しを勧めています。壊れにくい成分でも、汗や摩擦で落ちることは変わりません。

体内に吸収されにくい理由は、分子の大きさにあります。ベモトリジノールは油に溶ける性質なので、本来なら皮脂の多い皮膚になじんで入り込みそうですが、分子が大きくて皮膚のバリアを通り抜けにくいのです。皮膚の表面にとどまって膜を作り、吸収した紫外線を熱に変えて逃がします。

なお、ここで紹介したスタンフォード大学の3人の皮膚科医は、この成分の開発者ではありません。臨床の立場から解説している専門家です。

日本では2007年から使える成分

ベモトリジノールは1990年代にスイスの化学者が開発し、2000年にEUで使われ始めました。その後、アジア、オーストラリア、カナダへと広がっています。

日本では、厚生労働省の「化粧品基準」に、化粧品に配合してよい紫外線吸収剤の一覧(ポジティブリスト)があります。ベモトリジノールは2007年5月の改正でこの一覧に加わりました。配合の上限は3%で、粘膜に使う化粧品には配合できません。

日本の製品の成分表示では、「ビスエチルヘキシルオキシフェノールメトキシフェニルトリアジン」という長い名前で書かれています。慣用名がベモトリジノール、原料の商品名では「チノソーブS」や、今回米国で売り出される「パルソール シールド」にあたります。名前は違っても、同じ物質です。

米国の人たちが今年の秋にようやく手に取る成分を、日本では19年前から使えていたことになります。スタンフォード大学のザキア・ラーマン教授は、海外に行くたびに米国で買えない日焼け止めを買って帰ると話しています。

遅れの原因は「日焼け止めは医薬品」という分類

米国だけが遅れた理由は、技術や企業の力の差ではありません。日焼け止めをどの棚に分類するか、という制度の違いです。

日本やEUをはじめ、多くの国は日焼け止めを化粧品として扱います。日本の場合、国が成分の一覧と上限濃度を決め、その範囲内なら各社の責任で製品を作れます。一方の米国は、日焼け止めを市販の医薬品として扱ってきました。「皮膚がんや日焼けを防ぐ」とうたう以上、それは薬だという考え方です。

医薬品である以上、新しい有効成分には、人での試験を含む安全性と有効性のデータが求められます。ところが、市販薬の成分を一覧に追加する手続きそのものが長年うまく回っていませんでした。2014年には新成分の審査の道筋を作る「日焼け止めイノベーション法」ができ、2020年には新型コロナ対策の経済法として知られるCARES法の中で、市販薬の規制の枠組みが作り直されました。ベモトリジノールは、この新しい手続きで一覧に加わった最初の成分です。

費用も小さくありません。スタンフォード大学の解説によれば、DSM-フィルメニッヒは20年のあいだに少なくとも1800万ドルを投じ、約500人が参加する試験を行ったと報じられています。動物試験では発がん性やホルモンへの影響を示す結果は出ず、人での試験では6%の濃度で問題になる皮膚刺激は見られませんでした。妊婦や子どもで懸念された体内への吸収も、試験で否定されています。

FDAはこの投資を回収できるよう、同社に18か月間の独占販売権を与えました。米国ではしばらくのあいだ、ベモトリジノールといえば同社の原料だけになります。製品の値段がどうなるかは、まだ分かっていません。

スウェッター教授は、より良い紫外線吸収剤を米国の日焼け止めに入れるまでに20年を超える取り組みが必要だったと振り返っています。

既存16成分のうち「安全で有効」と言えたのは2つ

ここまでだと「米国の規制は厳しすぎて損をしている」という話に見えます。ところが、その厳しい物差しを、すでに売られている成分のほうに当てた結果があります。

FDAは2019年2月に、日焼け止めの規則を見直す案を出しました。その中で、米国で使われてきた16の有効成分を3つに分けています。「安全かつ有効」と判断できたのは、酸化亜鉛と酸化チタンの2つだけでした。どちらも紫外線をはね返す鉱物で、日本でいう「紫外線散乱剤」、つまり白浮きしやすいタイプです。PABAとサリチル酸トロラミンの2つは、安全上の問題から「認められない」とされました。

残りの12成分は、「判断するにはデータが足りない」という扱いです。アボベンゾン、オキシベンゾン、オクチノキサート、オクトクリレン、ホモサレートなど、米国の日焼け止めの主力がここに入っています。危険だと認定されたわけではありません。長期間、毎日、広い面積に塗り続ける使い方を前提にしたとき、現在の基準で「安全」と言い切れるだけのデータを誰も出していない、という意味です。

ベモトリジノールは、酸化亜鉛と酸化チタン以外では初めて、現在の物差しで測って合格した吸収剤ということになります。米国の「遅れ」は、新しい成分が入ってこなかったことだけではありません。古い成分の確認も済んでいない、という二重の停滞でした。ラーマン教授は、待たされた一方で、試験を重ねたぶん消費者への保護は厚くなったと評価しています。

環境の面でも、古い成分には課題があります。オキシベンゾンとオクチノキサートはサンゴの白化との関連が指摘され、2019年以降、ハワイ州、フロリダ州キーウェスト、パラオなどが販売を禁じました。スタンフォード大学の専門家たちは、ベモトリジノールが環境に有害だという証拠は把握していないと述べています。ただし、「リーフセーフ」という言葉には公的な定義がなく、あくまで宣伝用の表現だという点もあわせて指摘しています。

日本で暮らす人にとっての意味

日本で暮らしているかぎり、今回の決定で手に入るものが増えるわけではありません。ベモトリジノール入りの日焼け止めは、すでに身近にあります。成分表示に「ビスエチルヘキシルオキシフェノールメトキシフェニルトリアジン」とあれば、それです。

ひとつ面白いのは、上限濃度の違いです。後から認めた米国が6%で、19年前から使っている日本は3%です。どちらが正しいという話ではなく、国ごとに審査したデータと考え方が違うことの表れです。日本の製品は、1つの成分を濃く入れるかわりに、複数の吸収剤を組み合わせて広い波長をカバーする設計が一般的です。

スウェッター教授も、米国にまだ入っていない吸収剤がほかにもあることに触れ、吸収のピークが異なる成分を重ねるほど、長く確実に防げると説明しています。ベモトリジノールを足がかりに、ほかの成分も米国市場に入ってきてほしいというのが、教授の期待です。

米国の日焼け止めは、選べる成分の数では確かに他国より遅れていました。ただ、その原因は「薬として扱うなら、薬なみのデータを出す」という一貫した方針にあり、同じ方針が既存の成分のデータ不足もあぶり出しています。化粧品として早く広く使えるようにするか、医薬品として時間をかけて確かめるか。同じ成分が日本に2007年、米国に2026年に届いたのは、この選び方の違いの結果です。

出典

この記事は、以下の情報をもとに執筆しました。

FDAの発表:FDA Expands Sunscreen Options for the First Time in 20 Years(英語・2026年6月9日)

スタンフォード大学の解説:What bemotrizinol could mean for U.S. sun protection(英語・2026年8月14日・Adam Hadhazy)

ScienceAlertの記事:‘Game-Changing’ New Sunscreen Ingredient Blocks One of The Most Elusive Types of Solar Radiation(英語・2026年8月26日・Ivan Farkas)

FDAの2019年規則案の概要:FDA Proposed Rule: Sunscreen Drug Products for Over-the-Counter Human Use(英語・PDF)

厚生労働省「化粧品基準」:化粧品基準(平成12年厚生省告示第331号)(日本語・PDF)

東京都健康安全研究センター:化粧品基準及び安全対策関係通知(日本語・改正履歴)

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