コード補完もAI統合も揃った今どきの開発環境を前にして、どうにも考えがまとまらない——そう感じた若いプログラマーが選んだ解決策は、1980年代のパソコンを買ってくることでした。ネットで中古のIBM互換機を手に入れ、琥珀色(アンバー)に光る単色モニターの前に座り、C言語でテキストエディタをゼロから書き上げる。2026年7月10日にHackadayが紹介した、[SnailMail]と名乗る人物の話です。
おそらく10代か、それに近い年齢。生まれる20年以上前に作られた機械を、わざわざ選んで使っています。
琥珀色の単色モニターという作業環境
買ったのは386——インテルの80386プロセッサを積んだIBM互換機です。1980年代半ばに登場したCPUで、当時のPCの中核だったもの。付いてきたのは琥珀色の単色モニターと、4MBのRAMでした。今のパソコンがギガバイト単位でメモリを積んでいることを思えば、桁が三つ違います。
[SnailMail]はこれを8MBに増設しています。Hackadayはこの増設を「大盤振る舞い」と茶化していますが、当時の感覚では確かに贅沢な構成でした。

開発環境として用意したのは、BorlandのTurbo CとTurbo C++のディスク。1980年代後半から90年代にかけて、C言語を学ぶ人がまず触った定番の統合環境です。ただし、この機械を使うにはDOSの操作そのものを覚える必要がありました。コマンドを打ってファイルを動かし、ディレクトリを渡り歩く。プログラミングを学ぶ前に、まずパソコンの使い方から登り直したわけです。もっとも、1980年代に新品のPCを買った少年も、まったく同じ坂を登っていました。
C言語を選んだ理由
この機械にはWolfenstein 3DもSimCityも走ります。せっかく古いPCを手に入れたのだから遊び倒す、という道もあった。しかし[SnailMail]はそちらへ行かず、プログラミングを覚えることを選びました。
言語はC。理由は、Cが自分と目の前のPCを隔てる40年を橋渡しできる言語だから、というものです。1970年代初めに生まれたCは、いまも現役で使われています。80386で動くコードを書けば、それは同時に「現代のプログラマーが読める言葉」でもある。組み込み機器の世界では、いまだにCが日常の道具です。古い機械を選びながら、学ぶ内容そのものは古びていない。この選び方が、この話のいちばん筋の通っているところだと思います。
検索にもAIにも頼らない学習
ここが一番おもしろい部分です。[SnailMail]は、分からないことを検索したりAIに聞いたりせず、本を読んで覚えました。それも一冊や二冊ではなく、何冊も。Hackadayの書き手は「グーグルで調べたりClaudeに泣きついたりせずに」と書いています。
そして、読み終えたあとの最初のプロジェクトがテキストエディタでした。文字を打ち込んで、カーソルを動かして、保存する——使う側からすれば当たり前の道具ですが、ゼロから書くとなれば話は別です。画面への文字の描き方も、キー入力の受け取り方も、テキストをメモリ上でどう持つかも、全部自分で決めなければならない。Hackadayも、これは大学1年生に出すような課題ではない、と書いています。それを「最初の一本」に据えたことになります。
動画では8分あたりから、実際にどういう仕組みで動かしたのかを本人が説明しています。腕に覚えのある人は、そこを見て判断してください。締めくくりでは、次はアセンブリを学ぶと宣言しているそうです。
制約が働く場面
補完が出てこない環境では、関数の名前も引数の順番も、自分の頭の中に入れておくしかありません。エラーが出れば、メッセージを自分で読んで意味を考える。動かない理由を教えてくれる相手がいないので、どこが怪しいかを自分で絞り込む。手が止まる回数は確実に増えますが、止まっている時間はそのまま考えている時間になります。
とはいえ、これは「制約さえあれば上達する」という話ではありません。古い機械を買えば誰でもこうなるわけでもない。[SnailMail]の場合は、現代の環境で思考がまとまらないという自覚が先にあって、それに合う環境を自分で選び直した、という順序です。効いているのは386ではなく、その選び直しのほうでしょう。
解釈上の留意点
Hackadayのコメント欄には、当時を知る人からの冷静な指摘もありました。1980年代にCを学ぼうとして挫折した——本に載っていない問題にぶつかると、そこで詰んでしまったから、という話です。周りに聞ける人がいるかどうか、必要な本を買えるかどうかで、学べる範囲の天井が決まってしまう。いまはそうではないのだから、行き詰まったときには調べてほしい、という趣旨でした。
もっともな話だと思います。この一件は「昔のやり方のほうが優れている」という主張ではありませんし、AIを使うのをやめようという呼びかけでもない。自分の頭が動く条件を自分で見極めて、道具のほうを合わせにいった——読みどころはそこにあります。補完もAIも、使うか使わないかを決めるのは学ぶ側だ、という当たり前のことを、40年前の機械を持ち出してまで実演してみせた。AI時代の学び方に対する、ずいぶん静かな反論です。
出典
Reject Modernity, Return To 80s, Learn C.(Hackaday/2026年7月10日)


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