2012年に終わったBBCの文字放送「Ceefax(シーファックス)」。あの独特な文字とブロック状の絵をテレビ画面に出すには、放送局側に専用の送出機材が要ります。その1997年製の機材を1台手に入れ、電源を入れ、ふたを開けて中を見た人がいます。出てきたのは、486クラスのCPUでMS-DOS 6.22が動く、ごく普通のPCでした。
世界初の文字放送というCeefaxの位置づけ
Ceefaxは、BBCが1974年9月23日に始めた文字放送(テレテキスト)です。世界で最初の実用サービスで、始まったときのページ数は30ほど。ニュース、スポーツの結果、天気、番組表といった情報を、リモコンで3桁のページ番号を打ち込んで呼び出す、という使い方でした。名前は「see facts(事実を見る)」から来ています。
もともとは、耳の不自由な人向けの字幕をテレビの映像信号に載せられないか、という研究から出てきた技術です。それが「字幕以外の情報も送れるじゃないか」という方向に転がって、ニュースや天気を流すサービスに育ちました。インターネットが家庭に来るずっと前から、テレビのボタン一つで最新の見出しが読める仕組みが動いていたわけです。
そのCeefaxは2012年10月23日、英国のアナログ放送の停波完了に合わせて、38年の歴史を終えました。今回話題になっているのは、そのサービスを支えていた機材の中身です。
映像信号の隙間を使う仕組み
文字放送のデータは、テレビの映像そのものには載っていません。使うのは「垂直帰線期間(VBI)」と呼ばれる隙間です。ブラウン管のテレビは、電子ビームで画面を上から下へ一行ずつ描いていき、下まで行くと上に戻ります。この戻っている間は何も映していないので、走査線が何十本分か無駄になる。そこにデジタルデータを混ぜ込みます。
この隙間、実は見ようと思えば見えます。ブラウン管のテレビで縦の同期がずれて画面が上下に流れたとき、絵と絵の境目に黒い帯が出てきますが、あれです。文字放送のデータは、あの黒い帯の中を流れていました。

この方式のうまいところは、テレビ放送の規格を一切いじらなくて済む点でした。すでに空いている場所を使うだけなので、対応していないテレビは今まで通り映像だけを映す。デコーダーを積んだテレビだけが、隠れたデータを拾って画面に出せる。
ただし通信ではないので、こちらから「このページをください」と頼むことはできません。放送側は全ページをぐるぐる繰り返し送り続け、テレビ側は指定された番号のページが回ってくるのを待ってから表示します。番号を打ってから表示まで数秒待たされたのは、そのためです。
そして、この「映像信号の隙間に文字データを混ぜ込む」作業を担当していたのが、送出側に置かれるインサーターという機材でした。
1997年製インサーターの中身
Nathan Daneさんが手に入れたのは、1997年ごろのCeefaxインサーターです。廃棄業者との交渉で譲り受けたもので、まず動かしてみせ、それからふたを開けています。
出てきたのは、19インチラックに収まる、1990年代のラックマウントPCそのものでした。構成はバックプレーン方式で、マザーボードがボードの一枚としてバックプレーンに刺さっています。CPUは486クラス、OSはMS-DOS 6.22。当時の事務所に置いてあったPCと、根っこはほとんど同じです。
Hackadayは、これはおそらく産業用PCを放送機材として売り直したものだろう、と見ています。放送局のラックに入る機材というと専用設計の塊を想像しがちですが、実態は「よくあるPCに、専用のカードを挿したもの」だった、というのが今回の面白いところです。

専用部分を担う2枚のISAカード
ではCeefaxらしさはどこにあるのか。それは、バックプレーンに挿さっている2枚のISAカードのほうです。
主役は「inSERT Teletext Encoder」と書かれたカード。これ自体がほとんど独立したコンピュータで、テキサス・インスツルメンツのTMS34010というCPUと、専用のRAM、入出力を積んでいます。TMS34010は1986年に出た、世界初のプログラム可能なグラフィックス用プロセッサで、90年代のアーケードゲーム基板にもよく使われたチップです。それが放送機材の心臓として、テレビ信号に文字データを埋め込む仕事をしていました。
しかもこのカードは、アナログの映像信号に直接データを混ぜています。いまの作り方なら、いったんデジタルに直して処理し、また戻す、という手順を踏むところを、変換を挟まずにそのまま合成している。アナログ放送の時代の機材らしい、力技のような設計です。
もう1枚はPDCカードで、Lattice製のCPLDかFPGAを積み、タイミング信号を出しています。PDCは、番組の実際の開始・終了に合わせてビデオデッキが録画を始めたり止めたりできるようにする仕組みです。番組が押しても録り逃さない、という当時としてはかなり便利な機能が、この文字放送の信号に相乗りして送られていました。
ロンドン集中から地方局への分散
この機材が置かれた場所にも意味があります。それまでCeefaxの信号はロンドンで一括して作られており、それを地方の放送に乗せ直す過程で不具合が起きることがありました。地方の視聴者だけ文字放送の調子が悪い、といったことが起こりうる構成だったわけです。
1997年のこのインサーターは、地方局が自前のラックに文字放送の送出装置を持つようになった、その初期の例にあたります。中央で作って配るのをやめ、それぞれの局で映像信号に混ぜる。つまり、この一台は「ちょっと古いPC」であると同時に、放送インフラの作り方が変わった時期の証拠でもあります。
汎用ハードが放送機材に入り込む流れ
いま見ると、「放送局の機材の中身がDOSのPCだったのか」と驚きたくなります。ただ、当時の感覚としてはそこまで奇妙な選択ではありませんでした。1997年の産業用PCは、専用ハードを一から起こすより安く、部品も手に入りやすく、ソフトで作り込める。放送局が求める「壊れない・交換が効く」という条件に、それなりに合っていたはずです。
専用回路の塊から、汎用PC+専用カードへ。そして今は、映像も文字もほとんどソフトウェアの中で処理されます。この一台は、その真ん中あたりに立っている機材だと言えます。
日本の文字多重放送との重なり
同じ仕組みは日本でも動いていました。NHKが1983年10月に実用化試験放送を始め、1985年11月29日からNHKと日本テレビが本放送を開始。「文字多重放送」と呼ばれ、こちらもアナログテレビ信号の垂直帰線期間に文字や図形のデータを重ねる方式でした。ニュース、天気予報、株式市況、それに番組の字幕。テレビに文字放送対応のチューナーが必要だったのも、英国と同じ事情です。
日本の文字多重放送は、2011年の地上アナログ放送の終了とともに姿を消しました。英国のCeefaxが2012年、日本が2011年。どちらも「アナログ放送の隙間」に頼っていた技術なので、土台がなくなれば一緒に消えるしかありませんでした。
解釈上の留意点
今回わかったのは、あくまで「箱の中に何が入っていたか」です。分解者は廃棄業者との取り決めがあり、ソフトウェアの構成については詳細を見せていません。中でどんなプログラムが動き、ページのデータをどう受け取っていたのかは、今回の分解では踏み込めていない部分です。
CPUについても「486クラス」という記述で、細かい型番までは特定されていません。産業用PCの改名品ではないか、という見立ても、あくまで基板を見た上での推測です。
出典
・A Look Inside A 1997 BBC Ceefax Generator(Hackaday)
・A Look Inside: BBC Ceefax Generator(Nathan Dane/YouTube)
・Ceefax(Wikipedia)
・TMS34010(Wikipedia)
・文字多重放送(Wikipedia)


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