遺伝子を組み替えた酵母を粉にしてミツバチに食べさせたら、巣が育て上げたサナギの数が最大で15倍になった。オックスフォード大を中心とするチームが、そんな結果を報告しています。
ミツバチの減少は長く問題になっていて、原因もダニ、ウイルス、農薬、気候といくつも挙がります。今回の研究が手をつけたのは、そのうち「栄養」です。しかも、これまで手の届かなかった栄養素をバイオテクノロジーで作り出す、というやり方でした。
ミツバチが自力で作れない脂質
話の中心にあるのはステロールという物質です。コレステロールの仲間で、細胞膜の材料になったり、脱皮や変態を進めるホルモンのもとになったりします。生きものにとって、なくては困る部品です。
ところが昆虫は、進化の途中でステロールを自分で合成する能力を失っています。だから食べ物から取り込むしかありません。多くの昆虫は、植物から取り込んだステロールを体内で作り替えてコレステロールにできるのですが、ミツバチはその作り替えの能力すら持っていません。花粉に入っていたステロールを、ほぼそのままの形で使います。つまり、必要な種類のステロールが花粉に入っていなければ、どうにもならない。
ここに現代の農地の事情が重なります。単一作物が広がり、開花期もずれて、ハチが集められる花粉の種類は減りました。養蜂家は不足を補うために人工の代用花粉を与えますが、市販のものはタンパク質の粉と糖と油でできていて、ステロールの中身までは合っていません。カロリーとタンパク質は足りているのに、必須の部品が入っていない食事、という状態です。
花粉から受け取られる六つのステロール
チームはまず、ミツバチの体の中でどのステロールが実際に使われているのかを測りました。働きバチ・女王バチ・オスバチのサナギの組織を化学分析したところ、常に含まれていたのは六種類。24-メチレンコレステロール、カンペステロール、イソフコステロール、β-シトステロール、コレステロール、デスモステロールです。
なかでも24-メチレンコレステロールが突出していて、サナギに含まれるステロールの6〜7割を占めていました。
面白いのは、その受け渡し方です。花粉を集めてくるのは外勤のハチですが、幼虫に餌を与えるのは巣の中にいる若い「保育係」のハチ(ナースビー)。彼女たちは巣に貯めた花粉(ビーブレッド)を食べ、体内でステロールを腺にため込み、分泌するゼリーに混ぜて幼虫に渡します。花粉にはもっと多様なステロールが含まれているのに、幼虫に届くのはこの六種類だけ。ハチは必要なものだけを選んで子に渡している、ということになります。

上の画像のように、巣房のなかの幼虫はゼリーに包まれて育ちます。ここに必要なステロールが入っていなければ、幼虫はサナギになる前に力尽きてしまう。
酵母に作らせるという選択
問題は、この六種類を工業的に用意する手立てがなかったことです。植物から抽出するには量が足りず、値段も合わない。研究チームの言い方を借りれば、栄養的に完全な代用花粉を作ることは、これまで現実的に不可能でした。
そこで選ばれたのが、ヤロウィア・リポリティカ(Yarrowia lipolytica)という酵母です。油脂をよくため込む性質があり、食品や飼料に使われた実績もある。この酵母をCRISPR-Cas9で改変し、本来作っていたエルゴステロールの代わりに、ハチが必要とする六種類を作らせました。
そのために、酵母自身の遺伝子を削り、緑藻・ジャガイモ・キヌア・トマト由来の酵素遺伝子を持ち込んでいます。ただ、酵母にとってステロールは自分の細胞膜の材料でもあるので、経路をいじると酵母が生きられません。チームはテトラヒメナ(繊毛虫)の遺伝子を入れて、テトラヒマノールという代用品を作らせることで細胞膜を維持させました。かなり込み入った改造です。
できた酵母をタンクで培養し、加熱して死滅させ、乾かして粉にする。それを餌全体の20%になるように混ぜ込んで、餌のかたまり(パティ)に仕上げました。生きた組み換え酵母をそのまま巣に入れるわけではありません。
三か月の給餌試験の結果
試験は、ハチが外へ出られないガラス温室のなかで行われました。花粉がまったく入ってこない状況を作り、小型の巣箱を使って三か月間、餌だけで育児が続くかを見るという設計です。1群あたり900〜1,200匹の成虫で始め、各条件6群。
比べたのは四つの餌です。改変酵母入り、遺伝子をいじっていない元の酵母入り、代用品テトラヒマノールだけを作る酵母入り、そして酵母なしの基本食。あとの三つが対照群にあたります。

15日おきに、卵・幼虫・フタをされた巣房(サナギ)の数を数えていきます。
結果として、卵の数には差が出ませんでした。女王は餌にかかわらず産み続けます。差がついたのはその先で、75日目を過ぎたあたりから、改変酵母を食べた群のほうがサナギまで育つ数が明らかに多くなりました。
試験終了時(91日目)には、改変酵母の群では1群を除くすべてに10〜40個のフタをされた巣房が残っていたのに対し、基本食の群では3群に1〜3個あるだけ。対照の酵母を食べた二つの群では、ゼロでした。つまり、ステロールの合わない餌を食べ続けた巣は、育児そのものを止めてしまった。プレスリリースにある「最大15倍」は、この差を指しています。
もうひとつ確かめられたことがあります。改変酵母を食べた巣で育ったサナギのステロールの構成は、自然に花粉を集めている巣のサナギとほぼ同じでした。餌にはテトラヒマノールも混ざっていたのに、それは幼虫の体からは検出されない。保育係のハチが、必要なものだけを選り分けて子に渡している証拠です。
養蜂と農業への意味
世界の主要作物の7割以上が、送粉者の働きに関わっています。アメリカでは商業養蜂の巣が毎年4〜5割の割合で失われてきました。栄養は減少の原因のひとつにすぎませんが、人の手で直せる数少ない要素でもあります。
この技術のもうひとつの利点は、野生のハチとの関係です。作物の受粉のためにミツバチが大量に持ち込まれる場所では、限られた花をミツバチと野生のハチが奪い合うことになります。ミツバチが人工の餌で足りるなら、その競合を減らせるかもしれない。
酵母の菌体そのものがタンパク質や脂質、ビタミンを含んでいるので、ステロールを取り出さずに丸ごと飼料にできるのも実用面では効いてきます。抽出の工程が要らないぶん安く済む。研究チームは、同じ手法を他の送粉者や養殖される昆虫の飼料にも応用できると見ています。
解釈上の留意点
まず、これは実際の養蜂の現場で行われた試験ではありません。ハチを逃がさないガラス温室のなかで、通常より小さな巣箱を使った準野外(semi-field)の試験です。論文自体が、標準サイズの巣を使った長期の野外試験が必要だと書いています。
試験の前半に熱波が来て、どの群でも成虫が減り、保育係のハチを補充する必要が生じました。そのため最初の45日分のデータは解析から外されています。
数字の受け取り方にも注意が要ります。「15倍」は試験終了時点の、ごく少ない絶対数どうしの比です。対照群が0〜3個まで落ち込んだところに、改変酵母の群が10〜40個残っていた、という話であって、巣が15倍に膨れ上がったわけではありません。
製品化についても、プレスでは「2年以内に農家の手に届く可能性がある」とされていますが、これは見通しです。遺伝子組み換え酵母を使った飼料である以上、各国の規制の判断も関わってきます(餌に入るのは加熱で死滅させた菌体です)。
出典
Moore, E. et al. “Engineered yeast provides rare but essential pollen sterols for honeybees.” Nature 646, 365–371 (2025年8月20日公開/オープンアクセス)
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09431-y
オックスフォード大学 生物学部プレスリリース
Saving bees with ‘superfoods’ – engineered supplement boosts colony reproduction


コメント