地球には「天然のサーモスタット」があった——海面とリンが握っていた気候調節の仕組み

地球科学
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地球は1億年以上ものあいだ、生き物が暮らせる気温の範囲から大きく外れずにきた。まるで気温を一定に保つ「サーモスタット(自動温度調節装置)」が働いているかのように——という見方は、地球科学では前から知られていた。ただ、その装置がどう動いているのか、全体像はうまく説明できていなかった。今回、その欠けていたピースが見つかったかもしれない、という研究が出た。カギを握っていたのは、海面の高さと、海に届く「リン」だという。

これまで説明しきれていなかった部分

気候を長い目で安定させる仕組みとして、昔から知られているのが「岩石の風化」だ。気温が上がると雨が増え、地上の岩がゆっくり溶けて二酸化炭素(CO2)を取り込み、大気から炭素を減らして冷やす方向に戻す——という、ゆるやかなブレーキが働く。これはこれで確からしい。

ところが、これだけでは説明できないことがあった。地球は過去6000万年ほどのあいだに、暖かい「温室期」から現在のような寒い「氷室期」へと少しずつ移り変わり、そのあいだに大気中のCO2は大きく減った。問題は、その減った炭素がどこへ行ったのかが、はっきりしていなかったことだ。今回の研究は、この長年の宿題に一つの答えを出そうとしている。

海面がリンの供給を切り替えるスイッチ

手がかりになったのが、リン(正確にはリン酸塩)だ。リンは海の生き物にとって欠かせない栄養で、これが足りるかどうかで海のプランクトンの育ち方が変わる。ところがリンは地層に記録が残りにくく、地質学者にとっては長らく「見えない栄養」だった。研究チームは、このリンの動きが海面の高さに強く左右されていた、と指摘する。

リンは、陸の岩が風化して溶け出し、川を通って海岸にたどり着く。ただ、そこから先——外洋まで届いて生き物を養えるかどうかは、海面の高さ次第だという。

海面が高いときは、浅い海(大陸棚)が広く水没する。ここは砂や泥がたまりやすく、届いたリンを浅い堆積物の中に手早く埋めてしまう。結果として外洋は栄養不足になり、プランクトンはあまり育たず、海底に沈んで埋もれる有機炭素も少ない。海の中には酸素がよく行き渡り、そのぶんCO2は大気にたまって、地球は暖かいまま——という流れになる。

海面が下がると、これがひっくり返る。リンを埋めてしまう「わな」の面積が小さくなり、より多くのリンが外洋へ抜け出せるようになる。栄養が増えればプランクトンが一気に増え、その死骸が海底へ沈んで有機炭素として埋もれる。こうして炭素が大気から抜かれ、地球は冷える方向に動く。

筆頭著者のロス・リッカビー教授(オックスフォード大)は、これを浴槽の水が抜けるときの様子にたとえている。水が引くと、内側の壁に汚れの輪が残る。海面が下がると、リンが効率よく埋められる帯(その汚れの輪にあたる部分)が斜面の下のほうへずれて面積も狭まり、そのぶんリンが外洋へ逃げやすくなる、というわけだ。

さらに、この流れには酸素も絡む。プランクトンが増えて有機物が海底へ沈み、そこで分解されると、海水の酸素が使われて減っていく。酸素の乏しい層(酸素極小層)が広がると、堆積物からリンがいっそう放出されやすくなり、リンが増える→生き物が増える→炭素が埋もれる、という流れをさらに後押しする。冷やす動きが自分で自分を強める、増幅のループだ。

つまり、海面が上下することが、海の栄養と炭素の行き先を切り替えるスイッチになっていた——というのが、この研究の描く筋書きになる。

炭素埋没が最も効く「ちょうどいい海面」

この仕組みが最も強く働くのは、海面がある狭い範囲におさまっているときだという。研究チームは、いまより10〜40メートルほど高いあたりを「ちょうどいい海面」として挙げている。この高さだと、酸素の乏しい層と、有機物に富む大陸棚の堆積物とがぴったり重なり、炭素の埋没が何百万年ものあいだ効率よく続いたという。

逆に、この仕組みがほぼ止まっていた時期もある。約5600万〜3400万年前の「始新世(しんしんせい)」は、海面が最も高く、大陸棚が広く水没していた時代だ。リンは浅い堆積物に埋められ、海はよく酸素が行き渡り、炭素を埋めるループが働かなかった。だからCO2は大気にたまり続け、地球は暖かいままだった、と研究チームは説明する。

ちなみに、冷やす方向のループが強く働きすぎると、理屈のうえでは地球全体が凍りつく「スノーボールアース(全球凍結)」まで暴走しかねない。ただ実際にはそうならなかった。海面が下がって酸素の乏しい層が深いほうへ移ると、その層がリンの豊富な大陸棚から次第に離れ、リンの再供給がゆるやかになる。これがブレーキになって、暴走を防いでいたのではないか、という見立てだ。

二つの地質記録を組み合わせた復元

過去の海の様子を、直接見られない時代までさかのぼるのは難しい。研究チームは、性質のちがう二つの記録を組み合わせてこれを乗り越えた。一つは、有孔虫(ゆうこうちゅう=海底の泥に殻を残す微生物)の殻に含まれるヨウ素とカルシウムの比から、当時の海の酸素の状態を読み取る手法。もう一つは、プランクトン由来の有機物に残る炭素の同位体(種類のわずかな違い)から、有機炭素がどれだけ埋もれたかをたどる手法だ。これらを世界規模のデータとしてまとめ、炭素の収支を計算して、6000万年ぶんの移り変わりを描き出した。

温室期から氷室期への移り変わり

この研究がおもしろいのは、「暖かい地球がなぜ冷えていったのか」という大きな流れに、栄養と生き物という視点から説明を与えている点だ。岩石の風化だけでなく、海面とリンと炭素の埋没という別の仕組みが、思っていたより大きな役割を果たしていた——というのが要点になる。

しかも研究チームは、この調節の効き方が時代とともに落ち着いてきたとも述べている。長い時間をかけて炭素が効率よく埋もれる範囲が狭まり、大気中の酸素とCO2の振れ幅が次第に小さくなってきた。地球の気候は、時間とともに揺れにくく、安定した状態へ向かってきた、という見方だ。

解釈上の留意点

ここは混同しやすいので、はっきり分けておきたい。この「天然のサーモスタット」が働くのは、数百万年から数千万年という、途方もなく長い時間スケールの話だ。いま人間の活動で進んでいる温暖化は、数十年から数百年という、けた違いに速いスピードで起きている。地球にこうした調節の仕組みがあるからといって、それが現在の温暖化を打ち消してくれるわけではない。冷やす向きに炭素が埋もれていくには、人間の一生よりはるかに長い時間がかかる。今回の研究は、あくまで遠い過去の地球がどう気候を保ってきたかを読み解いたものだ。

もう一つ、これは地層に残された痕跡(プロキシ=代理の指標)から間接的に復元した結果であることも押さえておきたい。ヨウ素とカルシウムの比や炭素同位体から過去の海を再現する手法は強力だが、遠い時代をさかのぼるほど不確かさは大きくなる。今回の筋書きは有力な仮説の一つで、今後ほかのデータとの突き合わせや検証が重ねられていくことになる。とはいえ、この論文自体は査読を経て学術誌に載ったものであり、根拠のある提案として受け止めてよい。

出典・もっと知りたい人へ

論文はPNAS(米国科学アカデミー紀要)に2026年6月に掲載された。オックスフォード大・シラキュース大・コペンハーゲン大の共同研究による。

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