山火事が、自分の頭の上に入道雲をつくることがあります。その雲が雷を落とし、落ちた先の森でまた火が起きる。火が自分で次の火種をまいていく、という循環です。
これがこの夏、フランスで初めて確認されました。北米やオーストラリアの大規模火災ではかねて知られていたものですが、ヨーロッパでの記録はごくわずかで、フランス国内では初めてになります。
フランス南西部で広がった延焼の規模
火が出たのは7月22日、ボルドーの西に広がるジロンド県のソモ(Saumos)付近でした。松の植林地が続く一帯で、そこから燃え広がった火は、7月30日の県の発表時点で4万2000ヘクタール——420平方キロメートルを焼いています。東京23区の面積の3分の2ほどにあたる広さです。住宅は240戸以上が壊れ、県内では22万人が避難しました。フランスで1949年以降に起きた森林火災としては最大の規模になります。
7月30日の時点で火勢は落ち着き、避難していた14万4000人が自宅のある地区に戻る許可を得ました。ただし「安定化」の段階で、まだ完全に消し止めたわけではありません。消火にあたった消防士は126人が負傷しています。
フランス全体では、今年に入ってからの焼失面積が11万ヘクタールを超えました。内務大臣のロラン・ニュニェス氏は「これまでに見たことのない規模」と述べています。隣のスペインでも1月以降に15万ヘクタール以上が焼け、こちらは前年の6倍です。両国あわせて32万人以上が家を離れました。
火災積乱雲ができる仕組み
これだけ大きな火事になると、地表付近の空気は猛烈に熱せられます。熱せられた空気は軽くなって上へ向かい、煙と灰、そして燃えた植物から出た水蒸気を一緒に持ち上げていきます。煙突の中を煙がまっすぐ昇っていくのと同じ理屈で、火がそのまま煙突の底の役割をしている状態です。
上空へ行くほど気圧は下がり、空気は膨張して冷えます。冷えれば水蒸気は水滴に変わりますが、そのとき凝結の足場になるのが、一緒に持ち上げられた灰や煙の粒です。こうしてできるのが火災積雲(かさいせきうん)——火事が生んだ積雲です。世界気象機関の分類では「熱対流雲」と呼ばれます。
火の勢いが十分に強く、大気の状態も不安定だと、この雲はそこで止まりません。上へ上へと育って、積乱雲——いわゆる入道雲になります。これが火災積乱雲、英語ではパイロキュムロニンバス(pyrocumulonimbus)です。高さは9000〜1万5000メートルに達することがあり、旅客機が飛ぶ高度を超えて、対流圏を突き抜け成層圏の下部にまで頭を出す場合もあります。てっぺんが横に広がって、かなとこ形になるところも普通の積乱雲と同じです。見分けがつく違いは、雲底のあたりが煙で茶色く濁っていることくらいです。

ジロンドの火災では、火が出て2日後の7月24日午後6時20分ごろ、県の消防救助局が火災積乱雲の発生を確認しました。この雲は夜になって湿度が上がると弱まりましたが、その後も何度も現れています。
雷が生む次の火
積乱雲になったということは、雷を落とす力を持ったということです。雲の中で氷の粒がぶつかり合って電気を帯び、たまった電気が地上へ放電される。夏の夕立と同じ仕組みで、火事の煙からできた雲がそれをやります。
やっかいなのは、この雷が乾いていることです。積乱雲は雨も降らせますが、そのころには雲は風に流されて火災現場の風下へ移動しています。雨は燃えている場所の外に落ち、火の上には雷だけが落ちる。しかも落ちる先は、まだ焼けていない乾いた森です。

コルシカ大学で森林火災を研究するジャン=バティスト・フィリッピ氏は、この雲を斜めに傾いた柱にたとえています。柱が空気を吸い上げながら火の粉を前方へ飛ばし、同時に雷も落とす。つまり火は、火の粉と雷という二通りのやり方で、自分の進む先に新しい火をつくっていきます。雷雨を人の手で止められないのと同じように、ここまで育った火災も止めようがない、というのが同氏の見立てです。
さらに、雲から吹き下ろす強い下降気流が地表にぶつかると、突風になって四方へ走ります。風向きは急に変わり、条件がそろえば炎をともなう渦——火災旋風が生まれることもあります。ジロンド県の消防本部を率いるマルク・ヴェルムーラン氏は、この状況をハリケーンに向き合っているようなものだと表現しました。
消防が直面した限界
火が天気をつくり始めると、消火の前提が崩れます。風向きが読めなければ、退路がいつ塞がるか分かりません。火が広がる速さが避難の速さを上回ることもあります。上空では乱気流が発生し、水を落とす航空機の運用も難しくなります。
フランス全国消防連盟のエリック・ブロカルディ氏は、消火の作戦そのものが成り立たない段階に達したと述べ、押し返すのではなく退いて人命を守る判断が必要になる、と説明しています。ジロンドには2500人を超える消防士と20機以上の航空機が投入され、他のヨーロッパ諸国からも応援が入りました。それでも火勢が弱まったのは、夜のあいだに小雨が降り、気温が下がってからのことです。
ヨーロッパでの観測記録
火災積乱雲そのものは、珍しいけれども未知の現象ではありません。アメリカ、カナダ、オーストラリアでは以前から記録されていて、2019年から2020年にかけてのオーストラリアの大規模火災では20を超える火災嵐が確認されました。2021年にはカナダのブリティッシュコロンビア州で、16万平方キロメートル——日本の国土の4割ほどにあたる範囲に広がる巨大なものが観測されました。研究者のあいだで「パイロキュムロニンバス」という言葉が広く使われるようになったのは2004年ごろからで、比較的新しい言葉です。
一方、ヨーロッパでの記録はほとんどありません。2017年にポルトガルのペドロガン・グランデで起きた火災と、2025年のスペインの火災シーズンに例があるくらいです。今回フランスで確認されたことについて、タスマニア大学で山火事を研究するデイヴィッド・ボウマン氏は、きわめて深刻な節目だと受け止めています。現象としては興味深いが、これ以上増えてほしいものではない、とも語っています。
日本の林野火災との比較
日本で火災積乱雲が発生したという記録は、少なくとも広く報じられた形では見当たりません。理由のひとつは、火災の規模です。2025年2月に岩手県大船渡市で起きた林野火災は、鎮火まで41日かかり、2900ヘクタールを焼きました。焼損面積としては過去60年で最大です。それでも、ジロンドの4万2000ヘクタールとは14倍以上の開きがあります。
ただ、日本の林野火災が小さいままかというと、そう言い切れる状況でもありません。焼損面積が100ヘクタールを超える林野火災は、以前は年に0〜1件程度でしたが、2024年に3件、2025年は4月半ばの時点ですでに5件が発生しています。2024年12月から2025年2月にかけての降水量が全国的に平年を下回っていたことが、この背景にあると見られています。
解釈上の留意点
この記事の数字は、現在進行中の災害の途中経過です。焼失面積も避難者数も日々動くので、最新の状況はフランス内務省やジロンド県、EUの欧州森林火災情報システム(EFFIS)の発表で確認できます。
もうひとつ、火災積乱雲を温暖化と一本の線で結ぶ書き方には注意が必要です。火がつくきっかけ自体は、フランスでも日本でも人の活動によるものが大半を占めます。今回のジロンドの火災についても、出火原因の調査は続いています。気候の変化が効いてくるのは、その火が燃え広がるかどうかを左右する側——植生や土壌がどれだけ乾いているか、気温がどこまで上がるか、という条件のほうです。
そのうえで、条件の側は確かに変わってきています。ヨーロッパは世界平均のおよそ2倍の速さで気温が上がっている地域です。スペインのレイダ大学で森林の研究をしているビクトル・レスコ・デ・ディオス氏は、消すことのできない火の時代に入ったと述べ、数十万ヘクタール規模の火災を今後は想定から外せなくなる、という見方を示しています。専門家の見立てとして紹介しておきます。
出典・もっと知りたい人へ
Smithsonian Magazine(2026年7月30日):Dangerous ‘Fire Clouds’ Are Making France’s Wildfires Even More Destructive
火災積乱雲の解説(EarthSky):Pyrocumulonimbus clouds are thunderheads spawned by fires
フランスの火災状況(France 24):France battles new wildfire in south of France as Fontainebleau fire flares up again
大船渡市林野火災の被害(林野庁):岩手県大船渡市の林野火災に関する情報
ヨーロッパの火災状況(EFFIS):European Forest Fire Information System


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