ブラックホールをわずか8.7年で一周する星「S301」——相対性理論の検証に新たな切り札

科学・宇宙
スポンサーリンク

天の川銀河の中心にある巨大ブラックホールを、わずか8.7年で一周してしまう星が見つかった——そんな報告が2026年7月に発表されました。星の名前はS301。最も近づく瞬間には光速の8%を超える速さで駆け抜け、1周まわるたびに軌道の向きが約2度ずつずれていくという、教科書の想像をはるかに超える動きをしています。この星は、アインシュタインの一般相対性理論を「これまでで最も過酷な条件」で試すための、絶好の実験台になりそうです。

銀河中心のブラックホールと「S星」

天の川銀河の中心には、いて座A*(エースター)と呼ばれる超大質量ブラックホールがあります。質量は太陽の約430万倍。地球から最も近い巨大ブラックホールで、そのまわりには「S星」と呼ばれる星の一団がひしめいています。

S星たちは、いて座A*の強い重力を直接感じながら回っているため、重力の性質を調べる「テスト粒子」として長年観測されてきました。代表格は約16年周期で回るS2という星で、この星の動きからは、重力による光の波長の伸び(重力赤方偏移)や、軌道がゆっくり回転していく歳差(さいさ)運動といった、一般相対性理論が予言する効果がすでに確認されています。銀河中心の研究はノーベル物理学賞(2020年)の対象にもなった分野です。

ただ、これまでのS星で見えていた相対論効果は、いわば「入り口」の部分でした。もっと速く、もっと近くを回る星が見つかれば、その先にある、より深い効果に手が届く——研究者たちはそういう星を探し続けてきました。

最短周期の星S301の発見

今回、ラインハルト・ゲンツェル氏やシュテファン・ギレッセン氏ら、銀河中心の観測を長年リードしてきた国際チームが報告したのが、S301です。論文によれば、公転周期は8.7年。これまで確認されてきたS星の中で最短だとしています。S2の16年と比べても、およそ半分の時間で1周してしまう計算です。

S301自体は特別な星ではありません。太陽よりやや重い程度の、ごくふつうの主系列星(水素を燃やして光る、太陽と同じ段階の星)です。ただし軌道が極端でした。細長くつぶれた楕円軌道を描いていて、最接近時には秒速約2万5千km——光速の8%を超える速さに達します。人類がこれまで軌道を追えた星の中で、最も「相対論的な」星ということになります。

太陽系に置き換えた場合の距離感

「ブラックホールのすぐそば」と言っても、どのくらい近いのか。Universe Todayの解説が、太陽系に置き換えた分かりやすい比較をしています。仮にいて座A*を太陽系の中心に置くと、その事象の地平面(ブラックホールの表面にあたる境界)は水星軌道の内側に収まります。そしてS301は、最接近時に約24天文単位——天王星と海王星の軌道の間あたりまで迫ってくるのです。

太陽の430万倍という桁外れの質量のかたまりに、惑星スケールの距離まで近づく。この近さと質量の組み合わせが、光速の8%という速度を生んでいます。

1公転あたり2度の軌道のずれ

ここからが本題です。一般相対性理論によれば、強い重力のそばを回る天体の楕円軌道は、同じ場所を回り続けず、楕円の向きが少しずつ回転していきます。これが歳差運動で、太陽系では水星の軌道に現れることが古くから知られていました。アインシュタインの理論が最初に通過した「古典的テスト」のひとつです。

ただし水星のずれは、100年間積み重ねてもわずか約43秒角。角度にして1度の80分の1ほどにしかなりません。それに対してS301は、たった1公転——8.7年——で約2度も軌道の向きがずれます。水星が100年かけて動く量の、100倍以上のずれが、10年足らずで起きている計算です。地上の精密実験や太陽系の観測でようやく捉えてきた効果が、この星のまわりでは「見れば分かる」レベルで自然に起きているわけです。

ブラックホールの自転検証への道

この発見が研究者を沸かせている理由は、もうひとつ先にあります。それが、ブラックホールの自転(スピン)の検証です。

これまでS星で確認されてきた重力赤方偏移や歳差運動は、速度を光速で割った値(v/c)の2乗に比例する効果です。一方、ブラックホールが自転していると、そのまわりの時空自体が引きずられて回り、軌道にさらに小さな補正が加わります。こちらは(v/c)の3乗に比例する、いわば「次のケタ」の効果。速度が光速に近いほど効いてくるため、光速の8%で飛ぶS301は、この効果を捉えるのにうってつけなのです。論文のタイトルが「いて座A*のスピンに感度を持つ星の発見」となっているのは、まさにこの点を指しています。

チームの見立てでは、現在の近赤外線干渉観測の精度と、建設中の超大型望遠鏡による将来の分光観測を組み合わせれば、S301の動きからいて座A*の自転の影響を直接測れる可能性があるとのこと。ブラックホールの自転が星の軌道に及ぼす影響を測定できれば、一般相対性理論のさらに深い検証になるだけでなく、重力と量子論の統一を目指す種々の理論——極端な条件でだけ一般相対性理論と食い違う——をふるいにかける手がかりにもなりえます。

極端な軌道の由来

ところで、なぜS301はこんな極端な軌道を回っているのでしょうか。論文は、この星の離心率(軌道のつぶれ具合)の高さから、「ヒルズ機構」と呼ばれるシナリオを示唆しています。

もともとS301は、2つの星がペアで回る連星の片割れだったと考えられます。その連星が、たまたまいて座A*のすぐそばを通りかかったとき、強烈な重力でペアが引き裂かれた。片方は猛スピードで銀河の外へ弾き飛ばされ、もう片方——S301——はブラックホールに捕まって、細長い楕円軌道に閉じ込められた。そういう筋書きです。銀河から高速で飛び出していく「超高速度星」が実際に見つかっていることとも、つじつまが合います。

観測上の課題

とはいえ、S301の観測は簡単ではありません。銀河の中心方向は濃いガスと塵(ちり)に覆われていて、可視光では見通せず、観測は赤外線頼みになります。ところがS301は太陽と似たようなふつうの星なので、赤外線でもかなり暗い。現状では位置の動きを追うのが精いっぱいで、スピン検証の決め手になる詳しい分光データはまだ取れていません。次世代の超大型望遠鏡の登場が待たれるところです。

解釈上の留意点

いくつか注意しておきたい点があります。まず、この論文はNature誌への掲載が決まっていますが(アクセプト済み)、現時点で読めるのはarXiv上のプレプリント版です。最終的な掲載版で細部の数値や表現が変わる可能性はあります。また、「S星の中で最短の公転周期」という位置づけは今回のチームの報告にもとづくもので、銀河中心では過去にも短周期天体の候補が報告されては検証にかけられてきた経緯があります。そして肝心のスピン測定そのものは「これからできるはず」という段階であって、まだ実現していません。今回の成果はあくまで「その検証を可能にする星が見つかった」ことです。

出典

元論文(Nature掲載予定・arXivプレプリント):K. Abd El Dayem et al., “Discovery of a star sensitive to the spin of Sgr A*”, arXiv:2607.12664

紹介記事:A Star Orbiting Our Galaxy’s Supermassive Black Hole Tests the Limits of Relativity(Universe Today・Brian Koberlein)

コメント

タイトルとURLをコピーしました