ブラックホール情報パラドックスに新提案——蒸発は最後で止まり「残骸」が残る

科学・宇宙
スポンサーリンク

ブラックホールは、抱え込んだものを二度と外に出さない天体として知られています。そのブラックホールが、寿命の最後の最後で蒸発を止め、飲み込んだ情報をすべて抱えたまま「微小な残骸」を残す——そんな理論提案が発表されました。しかも、その背後にある7次元の幾何が、素粒子がなぜ重さを持つのかという別の大問題にもつながっているかもしれない、という話です。

物理学で半世紀ものあいだ決着のつかない「ブラックホール情報パラドックス」に、一つの答えを出そうとする研究です。まだ理論段階の話ですが、筋の通し方がおもしろいので、順を追って見ていきます。

情報が消えるという長年の謎

話の出発点は、1970年代にスティーブン・ホーキングが示した「ホーキング放射」です。ブラックホールは完全な黒ではなく、ごくわずかに粒子や光をにじみ出させています。この放射で少しずつエネルギーを失い、長い時間をかけて小さくなり、最後には消えてしまう——これが「蒸発」です。

ここで困ったことが起きます。量子力学には「情報は消えない」という大原則(ユニタリ性)があります。ところがブラックホールが完全に蒸発しきると、飲み込んだものの情報も一緒に消え去るように見える。原則と現象が真っ向からぶつかる。これが情報パラドックスです。

論文の筆頭著者リチャード・ピンチャーク氏は、本を燃やす場面でこれを説明しています。本を火にくべると本そのものは失われますが、原理的には煙や灰、熱を調べれば一字一句を復元できる。情報は「散らばる」だけで「消える」わけではない、というわけです。ところがブラックホールの蒸発では、その灰にあたるものまで消えてしまうように見える。そこが半世紀ものあいだ物理学者を悩ませてきました。

蒸発を止める7次元のねじれ

今回の提案は、この宇宙が私たちの知る4次元(空間3つと時間1つ)だけでできているのではなく、そこに極めて小さく折りたたまれた3つの隠れた次元が加わった「7次元」でできている、という前提から始まります。折り紙で、紙の折り方によって最終的な形やできることが変わるように、この隠れた次元の折りたたみ方が世界のふるまいを決める、というイメージです。その折りたたみ方を決めているのが、G₂幾何と呼ばれる特殊な対称性の高い構造で、M理論など先端的な理論でも登場するものです。

この幾何から生まれるのが「トーション(ねじれ)」です。ふつうの一般相対性理論では、時空は質量によって「曲がる」だけでした。今回の枠組み(アインシュタイン=カルタン理論)では、時空は曲がるだけでなく「ねじれる」こともできます。

研究チームの計算では、このねじれが極端に小さなスケールで反発力を生みます。ブラックホールが蒸発でどんどん縮んでいくと、最後の最後でこの反発力がブレーキとして効いてくる。潰れきる直前で踏みとどまり、完全には消えない——というのが今回の核心です。

情報を抱えたまま残る微小天体

消えずに残るこの「残骸」は、とてつもなく小さな天体です。質量はおよそ9×10⁻⁴¹キログラム。これは電子1個のおよそ100億分の1という、想像しづらいほどの軽さです。

大事なのは、この小さな残骸が、かつてブラックホールに落ちていった情報を保持できるという点です。情報は、残骸の微妙な振動(準正規モード=天体が持つ固有の揺れ)に刻み込まれる、と研究チームは考えています。試算では、太陽と同じ重さのブラックホールから生まれた残骸なら、およそ1.515×10⁷⁷量子ビットぶんの情報を蓄えられるとされ、パラドックスを解消するのに十分な量だといいます。

つまり、ブラックホールが消えても情報は残骸のなかに残り続ける。だとすれば量子力学の「情報は消えない」という原則を書き換える必要はない——というのが、この提案の言いたいところです。

素粒子の質量との思わぬ接点

この研究がおもしろいのは、話がブラックホールだけで終わらないところです。同じ7次元の幾何が、素粒子物理学のまったく別の謎にも顔を出します。

隠れた3つの次元とねじれの組み合わせが、素粒子に質量を与える「ヒッグス機構」とよく似た構造を生み出す、というのです。ピンチャーク氏によれば、このねじれの場がつくるエネルギーの地形は、弱い力を伝えるW粒子・Z粒子に質量を与えているものと形が同じだといいます。7次元の幾何を私たちの4次元に折りたたむと、素粒子物理でおなじみのエネルギースケール(電弱スケール、約246ギガ電子ボルト)が自然に出てくる、とも報告されています。

ブラックホールの情報問題と、素粒子がなぜ重さを持つのかという問題。まったく無関係に見えた二つが、同じ7次元の構造から説明できるかもしれない。この見通しの良さが、この提案の魅力になっています。残骸そのものが、宇宙に散らばる正体不明のダークマターの一部になっている可能性にも触れられています。

検証の見通しと限界

ただし、ここは冷静に見ておく必要があります。この研究は査読を経て学術誌に掲載された正式な論文ですが、あくまで理論の提案であって、実験や観測で確かめられたわけではありません。

研究チーム自身も限界を認めています。ブラックホールの蒸発を扱う従来の計算(半古典近似)は、プランクスケールと呼ばれる極微の世界に近づくと通用しなくなります。そこでは重力と量子効果の両方が強く効き、完全な量子重力の理論が必要になりますが、その理論はまだ完成していません。今回の研究は、その手前で「新しい物理がこう働きうる」という具体的な仕組みを一つ示した、という位置づけです。

直接の検証も簡単ではありません。関係するエネルギーは、いまの加速器では到底届かない領域にあります。それでもピンチャーク氏は、この模型が具体的で反証可能な予言を出せる点を強調しています。模型が間違っているなら間違っていると示せる、だからこそ科学だ、という立場です。将来のガンマ線望遠鏡や重力波観測が、蒸発の最終段階や初期宇宙にできた小さなブラックホールの手がかりから、間接的な証拠を与えてくれるかもしれません。宇宙マイクロ波背景放射や原始重力波に痕跡が残っている可能性も指摘されています。

長年の難問に一つの筋道を示した、意欲的な提案です。これが正しいかどうかは、これからの検証にかかっています。物理の深いところで、ブラックホール・情報・隠れた次元・素粒子の質量が一本につながるとしたら——その絵を描いて見せた、という段階の話として受け止めておくのがよさそうです。

出典

元論文:Richard Pinčák, Alexander Pigazzini, Michal Pudlák, Erik Bartoš,「Geometric origin of a stable black hole remnant from torsion in G₂-manifold geometry」General Relativity and Gravitation, 58(3), 2026年3月掲載. DOI: 10.1007/s10714-026-03528-z

解説記事:ScienceDailyLive Science(研究者への取材コメントを掲載)

コメント

タイトルとURLをコピーしました