小惑星のふりをした彗星——軌道のずれが暴いた「1998 SH2」の正体

科学・宇宙
スポンサーリンク

30年近く「小惑星」として記録されてきた天体が、じつはこっそりガスを噴く彗星だった——そんな研究が、NASAジェット推進研究所(JPL)のチームから発表されました。決め手になったのは、見た目ではなく「動き」。予測した軌道から不自然にずれていたことが、正体を見抜く手がかりになりました。軌道の乱れから「これは彗星では」と予言し、あとから望遠鏡で尾を見つけて裏づけた、史上初のケースだといいます。

レーダー観測から消えた小惑星

主役は「1998 SH2」という天体です。名前のとおり1998年に発見され、直径は約380メートル。東京タワーより少し大きいくらいの岩のかたまりで、約4年半かけて太陽のまわりを回っています。発見からずっと小惑星として登録され、軌道も精密に計算されてきました。

2025年8月28日、この天体は地球から約300万キロのところを通過しました。月までの距離の8倍ほどで、地球にとってはまったく安全な距離です。研究者たちにとっては、久しぶりに間近で観測できる好機。NASAの深宇宙ネットワークにある直径70メートルの巨大アンテナ(ゴールドストーンのDSS-14)を使って、レーダーで詳しく調べる計画が立てられました。

ところが、アンテナを向けた先に天体がいません。過去の観測データから重力の影響を織り込んで位置を計算してあったのに、レーダーには何も映らなかったのです。

予測から190キロのずれ

行方不明になった1998 SH2は、8月31日にブラジルのSONEAR天文台がとらえ直しました。見つかった場所は、計算上いるはずの位置から約190キロも離れたところ。地図でいえば東京から静岡あたりまでの距離です。宇宙のスケールでは小さく聞こえますが、天体の位置計算としてはかなり大きな誤差で、レーダーが空振りしたのも納得のずれ幅でした。

天体の軌道は、太陽や惑星の重力でほぼ決まります。ただし重力以外にも、軌道をわずかに変える要因が知られています。代表が「ヤルコフスキー効果」。太陽で温められた天体が熱を宇宙に逃がすとき、そのわずかな反動で軌道が少しずつ変わる、という現象です。

研究チームが発見以来のすべての観測データを解析したところ、1998 SH2の軌道のずれは、この天体のサイズでヤルコフスキー効果が生み出せる最大値の10倍もありました。つまり、ふつうの小惑星では起こりえない動きをしていたことになります。

軌道の乱れが示した正体

では何が軌道を乱したのか。チームが立てた仮説は「ガス噴出」でした。天体の内部に氷が混じっていれば、太陽に温められた氷が気体になって噴き出します。このとき噴出の反動が小さなロケットのように働いて、天体を予定のコースから押しずらす——彗星ではおなじみの現象です。

ただ、ふつうの彗星ならガスと塵が明るい尾やコマ(核を包むもや)をつくるので、ひと目で彗星だと分かります。1998 SH2にはそれが見えていませんでした。噴き出す量がごく少なければ、尾もコマも暗すぎてほとんどの望遠鏡には映らない。見た目は小惑星のまま、動きだけが彗星——そういう天体なのではないか、というわけです。

この仮説を確かめるため、チームは強力な望遠鏡に観測を依頼しました。ハワイ・マウナケア山のカナダ・フランス・ハワイ望遠鏡(CFHT、口径3.6メートル)、チリのヨーロッパ南天天文台にあるデンマーク望遠鏡(口径1.5メートル)、そして同じくチリの超大型望遠鏡VLT(口径8.2メートル)です。長時間露光の画像を何枚も重ねて暗い光をあぶり出したところ、核から約20秒角——満月の見かけの直径の90分の1ほどの範囲に、かすかに伸びる尾が浮かび上がりました。

弱いながらもはっきりした尾。つまり1998 SH2は、小惑星の名で呼ばれてきた彗星だったのです。この結果を受けて、天体には彗星としての符号「P/1998 SH2」も付けられることになりました。動きの異常から彗星活動を予言し、それを観測で証明したのは今回が初めてです。

尾の分析からは、塵の粒の大きさが約400マイクロメートル(0.4ミリ、砂粒ほど)で、2025年8月29日から9月7日にかけて放出されたことも分かりました。興味深いのは、活動のピークが太陽に最接近したときではなく、その数週間後だったこと。熱が内部までじわじわ伝わるのに時間がかかったと考えると、ガスのもとになる氷は表面ではなく地下深くに埋まっている可能性が高そうです。

ダークコメットという存在

今回の発見は、「ダークコメット(暗い彗星)」と呼ばれる謎の天体たちともつながっています。ダークコメットは、軌道が彗星のように乱れているのに、尾もコマもいっさい見えない天体のこと。2016年に最初の1つが見つかって以来、これまでに10個あまりが確認されています。木星族彗星に似た軌道を持つ大きめのグループと、太陽の近くを回る小さめのグループに分かれることも分かってきました。

1998 SH2はまさに、大きめのダークコメットと同じような軌道と振る舞いを見せていた天体です。それが深い観測でついに尾を見せた。研究チームは、同じタイプのダークコメットの多くも、強力な望遠鏡で好条件のときに観測すれば、実はかすかな尾を持つふつうの彗星だと判明するかもしれない、とみています。ダークコメットの「暗さ」は、活動がないからではなく、活動が弱すぎて見えていないだけ——その可能性を、実例で示した形です。

惑星防衛への意味

この研究が強調しているのは、地球に近づく天体を追いかけ続けることの大切さです。念のため書いておくと、1998 SH2が地球に危険という話ではありません。ポイントは「予測が難しい天体がある」という事実のほうです。

惑星の重力やヤルコフスキー効果は、シミュレーションでかなり正確に再現できます。ところがガス噴出は、いつ・どこから・どれだけ噴くかが天体内部の氷の分布しだいで、外からはほぼ分かりません。地球接近天体のうち、彗星に似た軌道を持ちながら「潜在的に危険な小惑星」に分類されている天体は約285個あるとされます。もしその中に1998 SH2のようにガスを噴くものが混じっていれば、軌道予測が思わぬ形で狂うかもしれない、というわけです。

だからこそ、位置の精密な追跡が効いてきます。今回のように「予測とのずれ」を検出できれば、見た目では分からない彗星活動をあぶり出せるからです。ファルノッキア氏も、軌道の乱れの検出は、どの天体が実は彗星なのか、その軌道がどう変わり、地球への衝突リスクにどう影響するのかを理解するための重要な診断ツールになる、と述べています。NASAが打ち上げを準備している赤外線宇宙望遠鏡「NEOサーベイヤー」も、こうした見つけにくい暗い天体の探索を担う予定です。

小惑星と彗星の境界は、教科書が描くほどくっきりしていない——1998 SH2は、そのことを動きで教えてくれた天体でした。

出典

NASA「NASA Study Finds Near-Earth Asteroid Is Actually Comet」
Farnocchia et al., Nature Astronomy(元論文)
Universe Today「Astronomers Catch a “Dark Comet” Red-Handed」

コメント

タイトルとURLをコピーしました