オーストラリアの洞窟に残された、2万5千年続いた呪術の記録

考古学
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オーストラリア南東部にある洞窟の床から、2万5千年ものあいだ続いた儀式の跡が見つかりました。先住民グナイクルナイの人々と考古学者が一緒に堆積物を調べたところ、特定の草がわざわざ洞窟に運び込まれ、繰り返し燃やされていたことが分かったのです。決め手になったのは、目に見えないほど小さな「植物の化石」でした。

クロッグス洞窟という場所

舞台はクロッグス洞窟。オーストラリア南東部、メルボルンから東へ約300km離れた、グナイクルナイ(GunaiKurnai)の人々の土地にあります。グナイクルナイはこの一帯(ギップスランド地方から南部のビクトリア・アルプスにかけて)の伝統的な管理者として知られる先住民の集団で、この洞窟は彼らにとって特別な意味を持つ場所です。

19世紀の民族誌の記録や、口伝えで受け継がれてきた文化の中では、こうした洞窟が「ムラ・ムラング(mulla-mullung)」と呼ばれる力を持つ人々の儀式の場だったと伝えられてきました。ムラ・ムラングは治癒・呪い・成人儀礼などを担う霊的な指導者で、女性も男性もいたとされます。今回の研究は、その言い伝えを裏づける物証を、洞窟の地面そのものから掘り出したことになります。

クロッグス洞窟は1970年代のはじめに一度発掘されていますが、そのときは土地の本来の持ち主であるグナイクルナイの許可を得ないまま行われました。近年になって研究者とグナイクルナイの組織(GunaiKurnai Land and Waters Corporation)が協力して調査を進めるようになり、今回の発掘もこの組織からの依頼で2019年と2020年に実施されたものです。調査の設計から現地作業、解釈、発表まで、グナイクルナイの人々が加わっています。

草の灰から儀式を読み取る手法

研究チームが手がかりにしたのは「ケイ酸体(phytolith=プラント・オパール)」です。これは植物の細胞にたまるガラス質(ケイ素)の微粒子で、植物そのものが枯れて分解したあとも、その形を保ったまま残ります。いわば植物の骨のようなもので、種類ごとに形が違うため、あとから「どんな植物がそこにあったか」をたどることができます。

ケイ酸体が儀式の証拠として効いてくるのには理由があります。光の届かない洞窟の中では植物は育ちません。つまり、洞窟内で見つかるケイ酸体は、外から持ち込まれたものということになります。運び手の候補は人か、あるいは毛や糞に付けて入ってくる動物(フクロギツネなど)です。そこで研究チームは、焼けた跡のあるケイ酸体に注目しました。半分焦げたようなケイ酸体は、火を使う人間が持ち込んだと考えるのが自然だからです。

持ち込まれていたのは選ばれた草

洞窟の2か所に掘った発掘坑(深さ1.5mと2.3m)から、数千個ものケイ酸体が集められました。分類してみると全部で29種類あり、その約97%が草でした。木や草本(そうほん=木ではない草の仲間)由来のものはごくわずかです。しかも草のケイ酸体は、茎・葉・花・根と、植物のいろいろな部分から見つかりました。これは食べられる部分だけでなく、草を丸ごと運び込んでいたことを示しています。

草の選び方にも特徴がありました。洞窟の周りには、川べりの森や開けた林にさまざまな種類の植物が生えていたはずですが、人々はそれらを避け、洞窟の入り口から少し行ったところで手に入る特定の草を狙って集めていました。つまり、手当たり次第ではなく、目的に合った草を意図して選んでいたわけです。

そして、全体のおよそ18%(最大で5分の1近く)のケイ酸体が、焼けたり溶けたりしていました。この焦げた痕は年代の異なる層を通してまんべんなく見つかっており、草を持ち込んで燃やす営みが、2万5千年という長い時間にわたって続いていたことを物語っています。

灰の層に埋もれていた立石

掘り出された堆積物の上のほうには、人の手で積み重ねられた薄い灰の層が73枚重なっていました。年代を測ると、およそ4,400年前から1,600年前にかけて敷かれたものです。この時期は灰の層が洞窟の床いっぱいに広がり、儀式がとりわけ盛んに行われていたと見られます。

その灰の層の中から、思いがけないものが出てきました。高さ28cmの、立てて据えられた石です。調べてみると、約2千年前に儀式のために洞窟に立てられたものでした。石の周りでは草が繰り返し燃やされており、その営みが数百年にわたって続いていたことも分かっています。つまり、灰の層は単なる焚き火の跡ではなく、立石を囲んで営まれた儀式の痕跡だったのです。

物証と言い伝えが重なる意味

グナイクルナイの文化では、燃やした植物の灰を使う儀式が語り継がれてきました。ムラ・ムラングは灰を治癒や呪いといった儀式に用い、成人儀礼「ジェレイル(jeraeil)」でも使ったとされます。灰を敷いた床は、近くに潜むとされる危険な精霊(洞窟に住むという「ナーガン」など)の足跡をたどるのにも役立ったと伝えられています。今回見つかった草の灰の層は、こうした言い伝えの内容とぴたりと合っていました。

この洞窟からは以前にも、動物や人の脂を塗り、儀式に使われたとみられる木の棒(カジュアリナという木の枝を使ったもの)が、より深く古い層から見つかっています。草だけでなく、木を使った別の儀式も行われていたことがうかがえます。

口伝えの文化と、地面に残された物証。この二つがきれいに重なったこと、そして先住民コミュニティ自身が調査に加わって自分たちの歴史を掘り起こしたこと。それがこの研究のいちばんの読みどころだと思います。氷河期の終わりごろから現在に近い時代まで、同じ場所で同じ営みが続いていたと分かった例は、そう多くありません。

解釈上の留意点

焼けたケイ酸体は「人が草を運び込んで燃やした」ことを強く示しますが、一つひとつの儀式が具体的に何のために行われたのか(治癒なのか、呪いなのか、成人儀礼なのか)までを地層から直接読み取れるわけではありません。儀式の中身は、19世紀の民族誌やグナイクルナイに受け継がれてきた文化的な知識と照らし合わせて解釈されています。物証と言い伝えが整合しているのが今回の強みですが、それぞれの層で何が起きたかを断定できるわけではない、という点は押さえておきたいところです。また、最も古い層についてはさらに古い年代を示すサンプルも見つかっていますが、研究チームはその年代の確からしさには慎重な見方をしています。

出典・もっと知りたい人へ

論文は査読を経て学術誌『Frontiers in Environmental Archaeology』に掲載されています(Grono ほか、責任著者は豪ANUの Elle Grono、発掘は Monash大の Bruno David とグナイクルナイの長老 Russell Mullett らが主導)。オープンアクセスで全文が読めます。

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